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【第二部】第17話.銀腕ト銃剣

【第二部】第17話.銀腕ト銃剣


「おい、ずいぶん暴れてくれたそうだな」

「岩木教諭」


職員のために与えられている詰所いわゆる職員室で、穂高が机に向かっているところに声がかけられた。声の主は岩木教諭だ。学生時代に銃剣先生と呼んでいたその男であるが、それが同僚となるのだから人生面白い。

あの頃からその眼光は衰えておらず、心身ともに健在である。


「校舎の中で、あのでかいのを撃ち込んでやったと聞いたぞ」

「はい」


クックックと笑い出すのを堪えながら、岩木教諭は続ける。彼は軍人としては真っ当に指導するのだが、人としては一般からちょっとズレている節がある。


「いや、結構。それで忍び込んだ阿呆はどこの阿呆だったんだ?」

「清国人だったようです」

「ほう、露助(ルスケ)ではないのか。清国の盆暗(ボンクラ)が何の用だ。ちゃんと殺してやったんだろうな」

「彼奴等の了見はわかりかねます。それに殺してはいません、上は治療しだい国に送り帰す段取りのようです」


返答が気に入らなかったのか、岩木は唇をへの字に曲げて不機嫌な顔をする。


「ふん、舐められたものだな。おい、次にやる時は俺も呼べよ。しっかり露助(ルスケ)に銃剣の冷たさを教えてやるから」

「いや、清国人でした。ルシヤ人ではなく」

「細かな事にこだわる男だな貴様」

「事実ですから」


岩木と穂高がそう話ているところへ、もう一人見知った顔が入って来た。


「穂高、負傷は良いのか」


顔の色が半分違う、片腕が義手の男。サイボーグのようなその男は、高尾教諭だ。彼も穂高が学生の頃に世話になった一人である。

あの雪山合宿での事故で大きなダメージを負ったものの、精神も身体も滅入る事なく仕事を続けている。


「大丈夫です。少し傷口がまだ突っ張りますが、それ以外には何も」

「そうか、良かったな。おい岩木、一本くれんか。ちょうど切らせてしまったのだ」


高尾教諭はそう言いながら、煙草を吸うジェスチャーをする。岩木教諭は黙って煙草を一本突き出した。彼はそれを生身の方の手で受け取ると、口に咥えた。

高尾教諭は、懐からマッチ箱を取り出して、器用に人差し指と中指で一本抜き取るとそのまま片手で着火した。彼は片手しか使えないためにこのように扱うのだ。

実は、この姿を見た学生がこぞって真似をしたという。そんな一種の流行が起こったこともあるらしい。世の中、何が流行るかわからない。

教諭はふぅ、と一つ煙を吹き出した後に言った。


「なぁ穂高よ、貴様には借りがある。命を救われた、雪山合宿の事だ」

「私は何も。他の者が私の立場であっても同じ事をしたはずです」

「まぁ聞け」


高尾教諭は、うまく動かない鋼の手で、自らの側頭部を掻きながら静かに言った。


「何事かわからんが、何事かが起こっているというのはわかる。それが北部方面総合学校を狙ったものなのか、それとも。穂高、貴様を狙ったものなのか」

「それは」


何を言うべきか、穂高が何事か口にしようとしたところで、高尾教諭が言葉をかぶせる。


「返答の必要はない。どちらにせよ、俺は貴様に手を貸すつもりでいる。それだけを了解していれば良い」

「……了解しました」

「それで良い」


高尾教諭は、切った張ったの銃撃戦があったばかりのその渦中にいるだろう男に手を貸すつもりだとそう言った。穂高に理があるとは限らぬのにもかかわらず、そこまで首を突っ込むとは随分度胸のある事である。

穂高の胸中は、なんとも言えぬものに埋められて、ぐっと押さえられたような気持ちにあった。


「おい、何かあれば俺にも知らせろよ」


黙って話を聞いていた岩木教諭が、そこで話に入ってきた。高尾教諭はちらりとそちらに視線を送る。


「こいつは暴れたいだけだ、真に受けるなよ」

「なんだと、貴様はいつも……」


両教諭が漫才を始めようしたところを、遮るように穂高が言う。


「岩木教諭、高尾教諭。お気遣いありがとうございます。この件は、私にも何がどういうつもりで来たのかも把握できておらんのです」


煙草を加えた高尾教諭と、腕を組んで仁王立ちの岩木教諭。


「力をお借りしたい時には、お願いに参ります。どうかよろしくお願いします」


二人の男は、白い歯を見せて承知を示した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 懐かしい面々ですね。 マッチを片手で扱う手つき、真似するのはなかなかハードル高そう
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