【第二部】第16話.抗議
【第二部】第16話.抗議
皇国は清国に対して、抗議を行った。
陸軍の施設となる北部方面総合学校に侵入し、職員に対して発砲、負傷させたという事件での抗議だ。そして、その襲撃にあたった人物は、清国の軍人である司馬伟もその一人であると言うものだった。
それに対して清国からの大まかな返答はこうだ。
当該の司馬伟という人物は、清国の軍には居ない。また取り抑えられた者達は、清国でも危険集団として警戒していた集団であり、取り調べのために身柄を引き渡して欲しい。と言う事である。
「それで、この件はどうなるのでしょうか」
「どうにかなるものなら良いが、これはどうにもならんな」
校長室で、穂高と赤石校長が向かい合って座っていた。話題は当然、例の襲撃事件の話である。
「ああ。君が痛めつけた三名は、命は助かったそうだ」
「そうですか」
「治療が終わり次第、清国に送還するという事だ」
学校とはいえ、軍の施設に外国の人間が拳銃を持って乗り込んで来たのだ。それに対する対応としては弱気すぎる。清国に頭が上がらないのはわかるが、さすがに。
「赤石校長、今回の……」
「言うな」
穂高が何か言おうとしたところを、校長は言葉で制した。
「清国側からは校舎の修繕費だと言って、金を積まれたと。つまりはそういうことだ」
「……」
皇国としても、清国と揉める事は避けたい。特に今はそうだ。
前戦争。
つまりルシヤと日本の戦争に置いて初めて、この歴史で識者という存在が表舞台に登場し、そして活躍した。
識者は、前世の記憶という場違いな部品を持った人間達。それが特定の一人ではなく、何人もいるという事が判明したのだ。各国ともに自国内の識者を探し出し、研究した。それによって技術と、そして仕組みや構造に革新をもたらしたのだ。
もし今戦争が起これば、史実における第一次世界大戦を超える武器や兵器が使用され、それを超える被害が出る事が予想される。有力な力を持つ各国は、それを理解した。
優れた知識を得たのは自国だけでない。他国もそうだ、いやひょっとすると他国はもう1世代先の技術を、識者を通して得ているかもしれない。
大袈裟な話をすれば、レシプロ戦闘機を開発して制空権を得るのは間違いないと思っているところ、隣の国は原潜から核ミサイルを発射する準備が整っているかもしれないのだ。
まぁそこまでの極端な事は起こらないにしても、自国における技術が世界の最高である、そう胸をはって言える国は存在しないのである。
そしてそんな疑心暗鬼の中、それぞれが牽制しあって表面上の安定を得ている。それが、ただ今現在というところなのだ。
「今回の件は、本当に清国で一部の集団が暴走してそうなったのかもしれんし、そうでないのかもしれん。どちらにせよ真実は闇の中だ」
校長はそう言いながら、灰皿に煙草の火を押し付ける。そして机の中から何かを取り出した。ごとり、と鈍い音を立てて机の上にそれが置かれる。
「これは?」
言わずもがな、これは拳銃である。金属でできた携帯用の武器だ。
「進一君、私は事態は呑み込めておらん。つまり今回の彼奴等の凶行が、何を狙ったものなのかわからんのだ。陸軍を狙ったものなのか、それとも君を狙ってのものなのかそれすらもだ」
「はい」
「今日からこれを携帯しなさい。許可は取ってある」
「了解しました」
敬礼を一つ、穂高は銃を手に取った。