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【第二部】第13話.積荷

【第二部】第13話.積荷


穂高が狙撃してきた方向へ視線を送る。しかし、目を凝らせどどこにも射手らしき影は見えない。

倒れている男から拳銃を奪って反撃に出るべきか。一瞬そう考えるも、計画は実行前に破綻した。穂高と倒れている男の間に、二の矢が放たれたからだ。甲高い音を一つ立てて、ほんの一メートル先の地面が煙を吹いた。


「ずいぶん自信がある!」


誰にでもなくそう叫ぶと、踵を返して無人の校舎へ向けて走り出した。一発目と二発目、弾道ははっきり見えた。困ったのは二つの弾道の源が、大きく離れていたことだ。

そうなると狙撃者は少なくとも二人。それぞれ別の場所から狙ってきたことになる。

背中に何者かの視線を感じながら、疾風のように走った。


「玄関からか、いや」


彼は錠前で閉ざされた正面玄関を大きく通り過ぎ去った。そしてその勢いのまま、一階の硝子窓(ガラスまど)を突き破って、暗く沈んだ校舎の中へ飛び込んだ。ごろりと一回転、外から見えぬ位置まで姿勢を低くして移動する。

一つ二つ三つ。ひとまず呼吸を整えると、軍服(せいふく)に付着した硝子(ガラス)の破片を払いおとした。板張りの廊下に手をつくと、ひやりとした感触が返ってくる。

そのまま四つ這いの態勢で、手近な教室に入りこんだ。


「追ってくるか。それとも」


尾行の男が二人、狙撃者が二人、それにこちらは丸腰である。もし追ってくるならば、少なくとも四名を同時に相手にしなければならない。

奴らは何者だ、そして何が目的なのか。

顔を確認できた二人はアジア人風であったが、日本人とは少し顔つきが違った。清国か、朝鮮か。少なくともヨーロッパ人ではない。


「どちらにせよ、私を狙ってくるという事は」


誰かから個人的な恨みを買った覚えはない。だとすると、トリィの情報がなんらかの形で第三者に漏れたのだろう。

トリィとベア。ルシヤから逃げてきた識者であると自ら名乗ったが、こうなると信憑性が出てくる。この皇国で、私に発砲してまでどうこうしようと言うのだから。

ジッと、息を潜めて気配を窺う。しばらくの間を置いて、ぎしり、ぎしりと木板の軋む音が聞こえてきた。どうやら追ってきたようである。


静まり返った夜の校舎に、足音だけが鮮明に響いている。おそらく四つ、どうやら校舎の中を巡回して私を探しているらしい、穂高はそう読み取った。


穂高は静かに硝子窓(ガラスまど)を砕いた時にできた破片に手拭いを巻いて、即席のナイフを作りあげた。こんなものがはたして武器として役に立つのかは不明であるが、何も持たないよりは余程良い。


「ほおら、穂高さぁん出てきて下さいヨ!」


唐突に、聞き覚えのある声が響き渡った。清国の識者、司馬伟(スーマーウェイ)の声である。これで清国が関与していることは明らかとなった。


「どこに居るんですかぁー?聞きたいことがあるだけです、命を取ろうとは思っていませんよ。出てきて下さぁい」


穂高は、廊下で大きな声をあげているその男を静かに確認する。いつか見たあの男に、拳銃(ピストル)で武装した男が三人随伴して歩いている。

しらみつぶしに教室を調べているようだ、穂高が潜む場所まで来るのも時間の問題だろう。逃げるべきか、それとも。


「そこで足を止めろ!」


穂高は、距離を詰められる前に廊下に躍り出た。三つの銃口が一斉にこちらを向く。距離はおよそ十数メートル。


「話を聞いてやる。そこで止まれ」

「はははははっ!そうこなくては!」


にたりと口を歪めて、司馬はそう言った。同時に自身の部下であろう男たちに、手振りで銃を下ろすように指示をする。


司馬伟(スーマーウェイ)なぜ私を狙う!」

「これはまた異な事を言う!穂高さんが僕の部下を殴りつけるから、彼らは驚いて発砲してしまったんですよ。私はただ穂高さんが仕事の終わった時にでも、お会いしようと思っていただけです」

「勝手な事を、拳銃(ピストル)を持って人を付け狙う男らが、まともな人間であるとどうして思えるのか」

「付け狙った、というのが誤解だと言うのです。何か勘違いしているのではないですか」


ぎしり、と木の軋む音が鳴った。


「それで、話を聞いてくれるんですよね。穂高さん」

「まずはその物騒な拳銃(モノ)を床に置け。そんなものを握りしめている人間と話などできるものか」

「成る程、もっともですねぇ」


そう言うと、司馬伟(スーマーウェイ)は三名の部下全てに拳銃を床に置くように指示した。男たちは本当に良いのか、と多少戸惑ったようであるが指示には従った。


「これで良いですか?」

「ああ」

「では、質問をさせて頂きます」


細い目の奥で、ぎょろりと真っ黒な黒目が(うごめ)いた。


「穂高さん、最近ルシヤから何かを受け取りましたね?」

「何か、とは何の事だ」

「何だったかなぁ、穂高さんが受け取った筈なんですがねェ。ともかく最近、あのギャング風の男から何か受け取ったでしょう」

「この辺りにギャングがいるとは聞いたことがない。しかし舶来の製品は品質が良いから良く利用するよ。ひょっとすると、この間のコーヒーミルがルシヤ製だったのかね」

「そうですか」


司馬はちろりと先の割れた舌を出して、自らの唇を舐めた。


「では聞き方を変えましょう。吉野という元軍人の男から、ルシヤの船の積荷を何か受け取りましたね?」

「吉野がギャング風の男と認識されているのは面白い事実だな」

「質問に答えて下さいよぉ」

「吉野は旧友であるから、たまには何かを受け取るという事もある。私にはそれがルシヤ製品かどうかなど判断が付かんよ」


穂高はのらりくらりとはぐらかしながら、彼らの様子を観察する。質問の仕方が回りくどい、恐らく司馬伟(スーマーウェイ)はトリィの存在を知らぬのだ。しかし、何か重要なモノがルシヤから日本皇国へ持ち込まれたのは把握しているのだろう。


「もう一度聞きますよ、吉野という元軍人の男から、ルシヤの船の積荷を何か受け取りましたね?」

「何か、と言ってもわからん」

「答えは、イエスかノーかで答えて下さい。穂高さんの認識で良いですよ。吉野さんから、ルシヤの積荷と認識した上で何かを受け取った。そうですね」

「ノーだ」


返答を聞いた司馬伟(スーマーウェイ)は、ふぅんと鼻で笑うように息を一つ吐いた。


「嘘をついていますね」

「何?」

「僕の読み通りです。その事実さえわかれば、あとは本当の事を話せるようにさせれば良いだけです!」


司馬伟(スーマーウェイ)がそう言うと同時に、男らは拳銃を拾った。

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