【第二部】第12話.侵入者
【第二部】第12話.侵入者
太陽が本日の営業を終わろうとしている時、ちょうど穂高も仕事を終えようとしていた。校舎の中はすっかりと静かになって、ピカピカに拭きあげられた硝子窓は鏡の代わりをしている。彼は扉の鍵がかかっている事を確認すると、小さな金属製の鍵束をポケットにしまった。
校舎の戸締まりは持ち回りで行なっており、今日は彼の当番であった。
聞こえるのは虫の声だけ。そんな静かな夜に不釣り合いな男が二人、彼の動きを監視していた。ハンチング帽を被った商人風の男達だ。
その時、何かに気がついたような顔で穂高が虚空を見た。その視線の先を、二人の男も追いかける。薄紫の空の下、ぽつぽつとガス灯の暖かな光が揺れている。
「……アッ」
男達が視線を戻した時、穂高がその視界から忽然と消えていた。そんな馬鹿な、と付近を観察するも影も形もない。
見失いましたでは、すまされない仕事である。二人は意を決して、北部方面総合学校の門に近づいてゆく。
一歩、二歩。
何気ない風を装いながら、開いたままの門の前まで歩いた。しかし、そこには何もいない。二人の男が目線で語り合った。その瞬間、監視者の片割れの肩が叩かれる。
「私に何か用があるのか?」
男らの思惑の外側から、まんまと現れた穂高がそう声をかけた。
「なっ!?」
「おいおい、何を驚いているんだ。他人の職場の前で出待ちしている男が、声をかけられて驚く道理があるのか」
肩に置いた手を振り払って、男は言った。
「ちょっとまってくれ。俺たちは偶然この近くを通っただけだ。お前の事など知らない」
「そうだ、初めてみる顔だ。言いがかりはやめてくれ」
「ふん、そうかい」
穂高は、じろりと彼らの顔を交互にみる。
「しかし不思議だな、私はお前達の顔を知っているぞ。左のお前は後ろの首筋に二つ黒子があるだろう」
「なに?」
指摘された男が首筋を指で確認するが、自分で気がつくような場所ではない。
「出鱈目をいうな」
「デタラメかどうか、隣の男に聞いてみろ」
そう言われると、隣の男に首筋を確認させた。どこだ、どこだと腕を伸ばしてほくろを探す。そうして伸びた洋服の腹の部分に、うっすらと膨らみをみとめた。
男は腹に拳銃を所持している、腹巻にでも巻いているのだろう。それをめざとく穂高は見ていた。
「無いぞ。ほくろなど、無い」
「ほら見ろ、お前の見間違いではないか」
「そうか。きっとそうだと思ったんだがな」
ほら見た事か自分達は通りすがりだ、などと話す男たちを尻目に、穂高は一歩後ろに下がる。
「どちらにせよ怪しいな」
そう言いながら穂高はさらに一歩、二歩。後ろに下がった。
「まてまて、本当に何もない。勘違いをするなよ」
ホクロを指摘された男が、彼を追って足を踏み出した。その瞬間、穂高の口元が歪んだ。
「侵入したな。拘束する」
足元をみると、一歩。その一歩によって、男は北部方面総合学校の敷地内に足を踏み入れていた。
「なんだと?」
「この学校施設は皇国陸軍の敷地である。当施設への許可の無い立ち入りは禁止されており、我々には侵入者を拘束する権利がある」
穂高がそう言い放った瞬間、男は右手を自身の腹部に伸ばした。腕を伸ばせば相手に届く距離、この至近距離においてなお、腹に隠した拳銃に執着していたのだ。
穂高はその右手を上から抑えると同時に、上がった顎を握り拳で撃ち抜いた。その一発で、大きく頭部を振られた男はその場に倒れ込んだ。
「抵抗するな、と言うのが遅かったかな」
穂高は倒れた男に意識がないのを確認すると、もう一人の男に視線を移した。
「お前はどうする。抵抗するか、投降するか」
どちらでもない、一人残された男はくるりと背中を見せた、逃げる気か。逃さんと心の中で声を出してそれを追いかけようとしたところで、キラキラと光る一本の線が見えた。
「狙撃だと!?」
その線を身を引いて回避する。遅れて銃声と衝撃が走った。一瞬前まで穂高の立っていたその石畳を、大きくえぐるような穴が開いた。