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おまけ「ウナと戦争」

おまけ「ウナと戦争」


実質、第141.5話になります。



穂高とソコロフ将軍の決着の数日前。

ウナと数名のニタイの民によるグループはルシヤのとある部隊の様子を窺っていた。


それは全員が小銃で武装しており、遠巻きに眺めているだけでも規律があるのが見て取れた。

今まで見てきた輜重(しちょう)卒とは練度が明らかに違う。斥候を四方に散らせ、警戒しながらまとまって動くさまは、何かを守っているようにも見える。


そう(ナニ)かを。

ウナは、それを毒ガス兵器であると踏んだ。

確証は無かった、ただ、ウナの直感が彼奴等こそがルシヤの毒ガス部隊であると告げていたのだ。


「既に動き出している筈だ」と、連絡員を通じて穂高からそう聞いていた(ウナ)は、この他大勢と全く足並みを揃えない一つの集団がどうしても気にかかったのだ。毒ガス兵器は故郷の仇であるからそう思ったのだろうか。いや、それだけではない。何かがある。

警戒されぬように、ルシヤ兵の意識の外より遥か遠い位置から観察する。


文明の灯を横目に、山と共に生きることを選んだニタイの民らは揃って視力が良く、夜目が利いた。雑居地の山林の中にあって、彼らより先に敵方を認識するのは不可能に近い。

それこそ未来でも見えていない限り……。


「……ナ。……ウナ。おい」


心ここに在らずといった表情のウナに、側についていた男が声をかけた。弓を左手に握って、いつでも駆け出せるような姿勢である。


「どうした。どこを見ている」

「あぁ、ごめん叔父さん。なんでもない」


ウナは軽く頭を振って、正面のルシヤ兵らの動きに注目する。隣の男は彼の叔父にあたる人物だ。長年首長の隣で戦士として戦ってきた人であるが、今はウナの隣にいる。


「首長が心配か」

「……」

「あれはお前を後継にすると言った。そのお前がそんなでは、皆はついてこれん」

「わかってる」


首長は先日の戦闘でルシヤの反撃によって俘虜となった。彼らの独擅場(どくせんじょう)とも言える夜間での奇襲だったにもかかわらず失敗した。それはルフィナ・ソコロワの仕業であった。

ウナはショックを受けた。戦場の只中にありつつも、「自分達は大丈夫だろう」と、どこか楽観視していた気持ちがあった。

その気持ちが綺麗に打ち砕かれたのだ。そして、そんな思いが皆に見透かされているようで恥ずかしかった。若者特有の、浅い万能感を振りかざしていたに過ぎないのだと教えられたようで……。


「しっかりしろ、お前がニタイの民を纏めるのだ。戦士としての意気を見せろ」

「わかってる!」


ウナの口調が荒くなるが、叔父は全く冷静だ。


「……我らが首長だ。あれもすぐに処刑とはならぬだろう。ここが片付けば助け出せば良い。お前が助けるのだ」

「うん」

「しっかりしろよ」

「叔父さん、ありがとう」


ウナは叔父の言葉を素直に受け取った。その言葉が彼を安心させるための口先だけのモノだとしても。

その時、ルシヤの部隊に動きがあった。小休止のためか停止していたが、再び移動するようだ。


「動き出したな。追跡するか?」

「ちがう、先回りだ。先回りして待ち伏せをかけよう」

「ほお」


大げさに、感心したというような口ぶりで叔父は返事をした。そんな彼に心の中で感謝しながら、ウナは続けた。


「このまま沢に沿って下れば崖に出る。かと言って尾根に向かえば見通しが良すぎる。そうすると、あいつらが使えるルートは限られてるから」

「うむ」

「だからルシヤが通る道に兵を伏せておいて、通り過ぎた所を後ろからいこう」

「そうか、わかった。潜むのに長けた者を何名か見繕っておく」


口の端だけでニッと笑顔を見せると、叔父は他の者に連絡を取るために藪に消えていった。



……



太陽が山の向こうへ消えゆき、山際(やまぎは)が夕日に濡れる。ニタイの男たちは、その時を山中に掘った身を隠す穴ぐらでジッと待っていた。顔の前を脚の沢山生えたのような虫が這おうが、じっとりと湿った土から泥水が垂れて来ようが、一言も発さずに。


そして、ついに待っていた音を捉えた。

姿は見えないが、地面を通じて確かに感じる足音。その揃わない軍靴の音が、彼奴等にも余裕が無いことを物語っている。

目と鼻の先を、ルシヤの男達が伏せているウナに気がつかずに通りすぎて行った。今か今かと飛び出すタイミングを窺っている男たちを諌めながら、ウナはその時を待つ。

慌ててはいけない、慌てて噛み付いてトカゲの尻尾だけ切り落としてもしようがない。一撃で全て持っていく覚悟でないと、無為に終わる可能性がある。


息を殺して、最後の一兵らしき男が通り過ぎたのを見ると、一斉に飛び出して弓をいかけた。一本の矢はひゅうっと風をきって、背嚢を避けて首筋に突き刺さった!


『……ッ!?』


首を貫通した矢が、喉から突き出たところで哀れなルシヤの兵卒は前方につんのめって倒れ込む。


「いけっ!一人も逃すな!!」

『なんだ!?日本軍の襲撃か!?』


ニタイの民らが弓を捨てて刀を抜いてワッと駆け寄った。敵は小銃を持っているが、この距離では刃物に分がある。

ウナらがルシヤの部隊の最後尾に噛み付いたところで、さらに隊列の前方から銃声。同時に怒号、続いて更に数発の銃声。


「うぉおおおおっ!うおおおおおい!!」


山に響きわたるような威勢の良い掛け声が聞こえてくる。

これはウナの作戦であった。

自ら率いる本隊が敵の後方から攻撃を仕掛けると共に、敵の前方にも少数の伏兵を置き、同時に攻撃する。

前方は手薄だが、鉄砲を持たせてある。そして獣を追い立てて狩る要領で、大声を出して威嚇するのだ。


『挟み撃ちだ!!』

『サーベルだ、銃剣を抜け!白兵になるぞ!!』


挟み撃ちと言っても、かこめる程の人数がいない。しかし大きな音と声で撹乱にはなったようだ。


「おおおおーーっ!」


一番先に飛び出したウナが、大きなルシヤ兵に飛びかかる。目標は一番立派な刀を持つ男だ。

ウナが切り込んでくるのに気がついたルシヤの将校は、驚愕の顔を少し緩めた。なんだ子供か、と。しかしすぐにそれは間違いであったと、命を対価に気付かせられる事になった。威勢よく、長いサーベルを振るおうとしたところで制止がかかる。刃が枝につっかかったのだ。


「うわああああああーッ!」

『ぬうううう!』


サーベルの柄を手放し、徒手空拳に切り替えるももう遅い。眼前に迫ったウナが短刀を腰だめに、身体ごと体当たりするように突き立てる。

大小両極端な二人の兵隊は、その勢いのまま地面を転がった。二回、三回。天地が逆転してぴたりと止まったところで、ウナが馬乗りになる形が出来た。

胸に白刃が突き立ったルシヤの将校が、ごぽりと口から赤い泡を吹く。両の手で短刀を引き抜いて、さらにもう一撃。肋骨の間を通すようにそれを振り下ろした。数度痙攣をすると、すぐに男は事切れた。


殺した。

ウナが刃でもって人を殺したのはこれが初めてであった。しかし、そんな事実にも特別な情を抱く事を状況は許してはくれない。

ウナは感情の宿らない瞳で、短刀を引き抜くと、すぐに立ち上がり次の敵を目掛けて駆け出した。



……



「何人死んだ?」

「十五人死んだ。負傷は十人」

「敵は?」

「四十人程殺した。五人生きている」


ウナの問いに、叔父が淡々と答える。

視線を動かすと、目の前には鉄色の円柱が五つ。おそらくこれが毒ガス兵器だろう。一夜にしてニタイの民の故郷を奪い去った、悪魔の武器。

使った人間が使われた人間の死を見ることもない。一度煙を浴びれば最後、虫のように目を潰されて死んでいく。こんなものは二度と日の目を見ない方が良い。


「弔ってやりたいけど」

「うむ」


他の敵に勘付かれる前に、これを持ち去らなくてはいけない。再び奪取されるわけにはいかないのだ。


「今は、これが先だ」

「そうだな。日本軍に引き渡すまでが我々の役目だ」

「うん、下山しよう。毒ガスは担いで下りるとしても……叔父さん、二人ほど先に伝令として走らせて欲しい」

「わかった」


ウナの言葉に叔父が同意する。二人の視線が交わった。


「しかし」

「なに?」

「似ている。お前の親父と同じ眼だ、戦士の眼だよ」


うんともすんとも返事を返す前に、叔父は背中を向けて行ってしまった。

戦士か。必死で戦った、それでも沢山の仲間が死んだ。誰も彼も、ウナに親しかった者たちだ。名前も顔も知っている、今朝笑顔を見せてくれた者たちだ。


「……父さま。俺は」


ぎゅっと拳を握りしめて、開いた。白くなった手のひらに、赤黒いモノが一粒こびりついていた。


おまけでした。ここまで応援ありがとうございます!


現在第二部の執筆中です!

近日公開予定です。この作品にそのまま付け足すようにしようと思います。

是非是非、そちらの方でも引き続きお楽しみ下さい!

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[良い点] 最高でした! もう何も言うことがありません! 二部も楽しみに待ってます!
[良い点] ウナは周囲の大人達に支えられながら成長していってる感じなんでしょうか。 子供ながら大局的な判断を下せるセンスの持ち主でしたし、将来は傑物になるかも知れませんね。
[良い点] おまけも面白かった。 [気になる点] 毒ガスってどうやってバラ撒くんでしょうね? 二液混合とかかな? 撒いた人も死んじゃう感じで。
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