第121話.作戦会議
第121話.作戦会議
それから数日。
住民の避難は無事に完了した。
土地を追われ財産の殆どを失う事になってしまった者達が「無事」であると言えるか。それは別として、ともかくルシヤの略奪を許す前に物資は処分し住民は退避した。
同時に雑居地からの民間人の引き上げが始まった。札幌周辺の民間人、特に内地に頼る者がある人間については順次、船便で避難する事となったのだ。
それに伴って、札幌周辺は軍事施設の色が濃くなっていった。防衛線に張り巡らされた鉄条網と塹壕。ところどころに据えられた堡塁。
札幌は北部雑居地における日本の拠点であり、この地を抑えられれば我々は手を挙げる他ない。
だからこそ、この街にはルシヤの侵入を許すわけにはいかないのであり、敵は必ずこの地を占拠するために向かってくる。
雑居地の北部からは次々と前線に出ていた兵隊が帰還した。彼らはルシヤの利になるものは徹底的に排除した後に撤収した。橋は落とし、線路は取り除いた。井戸は埋めて家や物資は焼き払った。インフラというインフラは全て破壊した。
これで、迫り来るルシヤ兵は全て自前で用意する必要がある。現地調達が物理的に許されないからだ。
したがって追撃の手は緩み、彼奴等の侵攻速度は遅くなった。多大なる犠牲を払ったが、ここまでは目論見通りという事になる。
……
山間部にこさえた簡単な陣地で、初めて大隊長らと首長が顔を合わせた。私が間を取り持つように適当に紹介をしてから会議に入る。
「ルシヤに手を出すなという事だが、このまま何もせずに手をこまねいているだけで良いのか」
ニタイの首長が言った。彼らには敵輸送部隊を、夜間に攻撃するように指示している。補給の物資を焼くためだ。敵の兵隊とは極力交戦を避けるように、足の遅い車輪の付いたモノだけを襲撃させている。
「良い。今まで通り夜襲を散発的に仕掛けるだけで十分だ。夜目が効き、弓の名手であるニタイの民にしかできん任務だ。継続して行いたい」
長大な補給線を全て防御するのは不可能である、移動を行っている兵站部隊というのは必ず脆弱な側面を晒す事になる。自国内であれば問題は無いが、敵国深くまで侵攻するとなると必ずそれは現出する。
ニタイの民の戦士達は火薬を使わない。宵闇に紛れて、音もなく忍び寄って暗殺し物資に火をつける。まるでニンジャである。
「しかし。いくら飯を焼いたとて、殆ど敵の戦士は無傷で残るではないか」
「戦争で勇士が技術と力で争う時代は終わった。今の戦争では何を、どこへ、どのように運ぶか、これが重要なのだ」
「タカ殿がそこまで言うならば、従おう」
平成の世程ではないが、この明而においてもそれははっきりしている。火砲も、機関銃も、少数の人間が戦局を左右するような兵器が登場し、それを運用する事が求められるようになった。
それらの兵器は、それ自体が個人の力では運用できないものであるし、行使するためには大量の弾薬や部品が必要である。
英雄の存在は重要ではない、組織と計画が重要なのだ。
「防衛大隊には両隊とも物資の集積所の破壊と、通信の切断を任せたいが、どうか」
今度は大隊長に言った。
道の駅のようにルシヤは道中いくつかの物資集積所を作り、物を集め、そこから更に分配している。
これも予想通りだ。通信が無ければ、何がいくつどこに必要なのかそれが伝わらない。情報と物資を集約するポイントが必ず必要になる。
「やれるだろうが、敵の守りも厚い。相応に犠牲を出すことになるやもしれん。それだけの価値があるのか」
「ある。ルシヤの拠点から札幌までは遠すぎる。心臓が一つでは血液が毛細血管まで回らないのだろう。それで心臓を増やしたのだ」
手を開いて、握りしめるジェスチャーをする。
「集積所を潰せば、毛細血管は壊死する。腐った末端は、他の健康な組織にも影響を及ぼす事となる」
そう言うと、大隊長らは理解を示した。彼らならばきっとやり遂げてくれるだろう。
「私を含む狙撃隊は敵射程外から狙撃を仕掛け、特に火砲を引いている輓獣と荷車を行動不能にせしめる。牽引力を低下させて、火砲や銃弾の運送を阻害する」
皆が黙って頷いた。
眼帯の中の目も見開いて、皆に聞こえる大きさで私は続ける。
「我々の任務は敵兵力の遅延と減殺である。ここでの兵力というのは人間だけではない、兵器、物資全て含めての兵力である事を念頭に入れて貰いたい。考えるべきは、札幌に我が軍の防衛線を突破しうる兵力をルシヤ側に整わせない事だ。札幌が陥落すれば、我々がどうなろうが敗北となる」
視線が私の顔に集まった。
「逆に、敵がそれを成し得ない場合。我々の勝利となるだろう。この地は我々の手に返ってくる」
防衛大隊長とニタイの首長を交互に見て、言った。通信が整備されておらず、連絡が弱い我々には、個人の奮闘が期待される。
気持ちを揃えて戦うのだ。
「日本皇国と、雑居地。ニタイの民の未来のために!」
「「おぉ!」」
声が揃った。
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