甘味屋にて語らう
咸臨に案内された、彼の正面の席へ座ると、何か質問をしようとしていた茂木が慌てて私の左隣の席に座る。四人掛けの机は、これでほぼ埋まった。
お冷やを持ってきた新人らしき接客係に、いつもの、と言いかけて止める。
「……濃いめの緑茶を急須ごとととヨウカンをひとつずつ頼む」
「かしこまりました」
ニコリとして接客係の若い女性は茂木にも注文を聞くが、茂木はお品書きに目移りしていて決められない。
「うー……。どれも美味そうっす。鈴鹿のお薦めは何っすか?」
「ヨウカン」
「高くて無理っす」
確かに、ヨウカンは一皿四きれで三千円もする。商船相手に浪費した茂木では、注文は出来ても後が辛くなるだろう。まあ、軍の食堂で出される定食で良ければ食事はタダなのだが。嗜好品が無いのは辛いのだ。
「……ならヨモギダンゴがお薦めだ。ここのヨモギは専門の農家が栽培しているからな」
「……わざわざヨモギを育てるとか、凄いっすねー」
絶句気味の茂木は、うんうん唸った後結局こう注文した。
「……ヨモギダンゴを四つお願いするっす。飲み物は緑茶で」
「かしこまりました」
ニコリとして、接客係の女性は店の奥へ行く。それを何となく見届けている間に、茂木が咸臨に質問を始める。
「ところで、『歩兵』って何っすか? 将棋の駒じゃないっすよね?」
「あー……。今じゃ使わんか。カタナ主体で戦う『特種兵』のことをそう言うんだよ。俺と鈴鹿が教官やってた十期生までは少なくとも使ってた言葉なんだがなあ……」
「十六年前と今は事情が違う。仕方ないだろう」
時の流れに落ち込む咸臨に苦笑し、冷やを一口飲む。よく冷えたお冷やのグラスには水滴が付き始めており、手が少し濡れた。
「今の『特種兵』は尖って無いもんなあ。当然の流れか」
咸臨はダンゴの串を二つダンゴの残る皿に置く。串だけで六本とは。相変わらずの健啖家のようで。
「尖ってる、って、性格っすか?」
「いんや、性能」
説明の体勢に入った咸臨に、多分抜けがあるだろうと昔からの癖で構え、話を聞く。
「十期までは『特種兵』個人個人の特性に合わせて『機関』の調整がされてたからな。カタナが得意な奴とか、魚雷が得意な奴とか、そんな風に性能別に分かれてたんだよ」
「付け加えると、『砲』が実戦投入されたのは七期生からの話でな。そもそも『敵』に効果がある武器がカタナ、爆雷、魚雷しか無かったんだよ。しかも、技術面の問題でどれかひとつしか積めないと来た。だからひとりひとりの特性ごとに特化してたんだ」
ほへー、と、気の抜けた返事をする茂木は、その声とは裏腹にとても楽しそうで。質問を続けて来た。
「じゃ、他にもあるんすか!? 『桂馬』とか『金将』とか」
「あるぞ。『香車』が魚雷主体、『桂馬』が爆雷主体だな。『金将』は砲主体で、結局万能型の『銀将』は俺らの時代にゃ居なかったんだよな」
「だな。十一期でも八人しか居なかったらしい」
六人じゃなかったか? とわざとらしく呆ける咸臨に笑っていると、茂木が首を傾げた。
「『金将』と『銀将』は逆な気がするんすが」
「あー」
「それはなあ……」
どう説明したものか、と二人して頭を悩ませ、視線のやり取りに負けた私が説明する。
「……当時、砲の『弾薬』は馬鹿みたく高くてな。一発で魚雷が三十発は作れる程だったんだ。だから、緊急時しか動けないから『金将』って訳だ」
「……滅茶苦茶皮肉っすね。分かりにくいっすが」
そう言って茂木はお冷やを口にする。
「でも、八期にゃ凄い奴がいてな。仕様上は距離一万五千しか飛ばない砲使って距離一万八千で『重巡洋艦型』仕留めるような奴でな」
「又鬼か。そう言えば、あいつ結婚したらしいな?」
「ああ、半年前にな。何なら、そろそろ出産してる筈だ」
「確か三十二歳だろ? 良くデキたな」
「『特種兵』は老化が遅いからな」
又鬼は前線を退き、教官となった後は、ヤマトに二つしかない『不動島』のうち、小さな方のヌ島に住んでいる。母港がアワジ島のフクラ港な私では、どうも情報が遅れていけない。
「オムツでも送るか」
「それが良いな。今度ヌ島に行く予定があるから、渡しとこうか?」
「頼む」
「今日のこの後の予定は決定だな」
そう笑う咸臨に「有り難い」と軽く頭を下げると、置いてけぼりにされた茂木が感心した様子でこちらを見ていた。
「本当仲良いっすね」
「戦友ならこんなものだろ?」
「そうっすか? 私の同期だと仲悪いんっすよ」
茂木はそう残念がった。
「六年前だと、『甲種』と『乙種』が分かれた年か。なら仕方ないな」
「あれは軍令部のやり方が悪かったわ」
私と咸臨は、慰める訳でもなく事実を言う。私達は慰めるのが苦手なのだ。
「そうっすよー。訓練も半分終わってから、「お前達を『甲種』と『乙種』に分ける」って。成績だけなら私の方が優秀だったっすのに、上官共は『甲種』の連中ばっか可愛がりやがって。……まあ、同期の『甲種』は皆死んだんっすがね」
茂木ら第二十期生は、その全員が『タネガ島作戦』に投入された。実戦経験の無い彼女らが、タネガ島に集結していた『敵』の物量を前に壊滅したのは、市井でも知られる有名な話だ。当時の軍令部の首が揃って飛び、咸臨が准将に任命される切欠となった戦いで、私はこの陽動作戦の『ツ島作戦』に参加していたので、良く覚えている。