たまの休暇
ヤマトで二つだけの『不動島』のうち、大きな方のアワジ島南部にあるフクラ港は、ヤマトの誇る最大の軍港だ。入り江になっている港を、各『浮遊島』から得られた資源を元に拡張に拡張を重ねられ、周防級戦艦が三十隻は停泊出来る上に、港の外れに石油と製鉄の工場群を抱えている。三万トンクラスの船を建造出来る乾ドックを二つに五千トンクラスの乾ドックを八つ持ち、それらは『浮遊島』からの資源を受けて全力で稼働を続けている。
「戦争特需、か」
馴染みの甘味屋に向かう道中、工員や軍人で溢れかえり、少しでも客を入れようと熱を上げる店々の客引きを躱しつつ、茂木の歩く道を作る。彼女は情報を集めるのは得意なのに、こういったことは苦手なのだ。だから情報部から艦隊に送られて来たのだろうが。
確かに、『敵』との戦争は、現在人類有利で進行している。だが、それはこちら側が無傷だということでは無い。ヤマトだけでも死傷者が出ない日は無いし、毎日世界のどこかで船が沈んでいる。その事実は軍人の心を摩耗させ、刹那的な享楽へと流されていく。この大通りも、少し横道を行けば色街に通じるし、そこから大通りへやって来るだらしない表情をした人達が途切れることも無い。
「だから戦争は嫌なんだ」
需要と供給の問題だとは分かっている。社会的な支援だけでは生活していけない未亡人が娼婦になるなんて珍しくない話だし、四肢に障害を負い、心の壊れた『特種兵』が進んでそういった道へ進んで行くのも多く目にして来た。そして、今戦っている兵士達はそれらの女に群がり、そして死んで未亡人を量産する。全く、救いが無い。
「そりゃ! 戦争が! 好きな! 人は! いないっすよ!」
私の呟きを拾ったのか、茂木が人の波に悪戦苦闘しつつ怒鳴る。
「それ以上はいけない」
私は敗北主義者に捉えかねられない発言を大声でした茂木をたしなめる。近頃は財閥の支援を受けた継戦過激派の連中が幅を利かせているのだ。財閥のお膝元である軍港でこう言った発言を堂々とするのはよろしくない。
だが、茂木は鼻で笑う。
「私は『タネガ島作戦』から戦ってるんすよ? そんな『英雄』に逆らう馬鹿はいないっす。それに、鈴鹿は『ヌ島防衛戦』からの古強者じゃないっすか。元帥だろうが頭上がらないっすよ」
「全く、その通りだったな」
苦笑する。
確かに、私の古びた軍服の左肩には、『ヌ島防衛戦』参加者に配られた徽章がほつれてきている状態で縫い付けられているし、茂木の左肩には『タネガ島作戦』参加者の徽章が、下の部分が千切れた状態で縫い付けてある。
『敵』との戦争初期から戦っている兵士は、その初陣となった作戦の徽章を軍服の左肩に縫い付けっぱなしにしている者が多い。軍紀違反だったらしいが、「士気が上がる」とのことで軍紀が変わったという面白い経緯のあるこの徽章の慣習は、軍港だと一目で戦歴が分かる上に初対面の兵士との話題作りにも役立っている。馬鹿に対する威圧としても。
実際、私達が女だからか、ニタニタと嫌らしい笑顔を浮かべて近付いて来た連中も、徽章を見た途端怯えた表情で離れて行く。ここ五年以内に軍人となった連中と違い、私達は叩き上げの優秀な兵士だ。しかも、『ヌ島防衛戦』も『タネガ島作戦』も、その参加兵力の六割以上が戦死した戦闘だ。そこから生きて帰還しただけで常人では無いし、更に現在まで戦っているとなれば、それは最早狂人の類だ。恐れられるのが当然である。
そんな『狂人』を全く恐れない数少ない人達が経営するのが、馴染みの甘味屋『アワジ屋』なのだ。私の同期も、ここの愛好者が多く、それは自然と軍部の幹部が集まることを意味していた。
「よう、鈴鹿。元気してたか?」
甘味屋に着き、入店するなり食堂の一番手前の位置に座っている男が、ダンゴの串を持つ右手を軽く掲げて挨拶して来る。
「元気が余り過ぎて暇な位だ。咸臨中将、そっちはどうだ?」
「面倒な事務仕事ばかりでつまらんよ」
そう言って咸臨は笑った。
咸臨は、軍の士官学校の卒業を目前に『特種兵』の適性があることが判明し、徴兵された私と共に『第一期特種兵』として訓練を受ける間もなく『ヌ島防衛戦』に当たり、生き残ったという人物だ。当時『特種兵』に士官教育を受けた人材は咸臨しかおらず、以後第五期までの『特種兵』は全員彼の指揮の下戦争を繰り広げていくこととなる。
今は、『第一特種艦隊』の指揮官として働いており、後方にいる、と思われがちだが、実際は『第一特種艦隊』の旗艦の戦艦『周防』で良く前線に出てたまにカタナ片手に戦っているのは、同期の間では良く知れた話だ。
「うはー。マジで咸臨中将と知り合いなんすね」
驚いた様子の茂木に苦笑しつつ、紹介する。
「知り合い、と言うか、戦友、と言うか、腐れ縁だな。咸臨、こいつは茂木少尉。中々見所のあるやつだ」
「お前がそう言う、ってことは、『歩兵』か?」
「ああ。あと二年も揉めば『戦艦級』とも殴り合えるようになるだろう」
「ほう。……『タネガ島作戦』が初陣か。となると、入隊してから六年、ってところか?」
「は、はいっす!」
今更姿勢を整える茂木に噴き出す。茂木の性格も、咸臨の性格も知っているので、どこか滑稽に思えたのだ。
「ハハハ、俺は勤務外だ。そこまで緊張せんで良いよ」
「そ、そうっすか?」
茂木はあっという間に緊張を解いた。この切り替えの良さは、もう一種の才能だな。




