戦闘の成果
ヤマト軍に今残っている橅型駆逐艦の後部甲板には、クレーン以外何も無い。と言うのも、ヤマト軍第十五艦隊の艦は、ヤマト領海に出没した『敵』との戦闘を考慮していないからだ。前方には念の為の『十センチ高角砲』二基四門が設置されているが、それ以外は『七.七ミリ対空機銃』が六門あるだけという貧弱な火力からも、『敵』との戦闘を考えていないことは見て取れる。
建造当初は、『十センチ高角砲』ではなく『十二.七センチ連装砲』を前後に計三基六門持ち、魚雷発射管も三基九門あり、爆雷投射基に数多の対空機銃まで備えた重武装艦だった橅型も、小型で強力な『敵』との戦争には不向きであり、二十隻建造されたものの今日まで生き残っているのは『橅』『椚』『樫』の三隻だけである。
そんな時代遅れのロートルな橅型だが、建造当初『歴史を変えた』と言われた程の拡張性と居住性、安全性は現在でも健在で、第十五艦隊のような後方任務では重宝されているのである。
そんな第十五艦隊の任務は、領海内を索敵し、『敵』との戦闘を行う『乙種特種兵』を運び、私達『乙種特種兵』が撃破した『敵』の残骸を回収することである。この残骸回収は、各国軍の間で『漁』と呼ばれており、この『漁』によって最前線で戦う『甲種特種兵』が支えられているのだ。
口さがない者は、この『漁』を『死体漁り』と侮辱するが、そういった連中は後方の安全地帯からキャンキャン騒ぐだけなので、新兵以外は気にしていない。何せ、本当に死体漁りなのだから。
クレーンが唸りを上げて、ワイヤーでがんじがらめになったクジラの出来損ないの『敵』を吊り上げる。上を向いている左舷側にカタナの柄が出ていなければ、死んだふりをしただけにしか見えない程綺麗な『敵』の姿は、『ヤマト軍第十五艦隊』において理想とされる倒し方だ。『敵』の損壊が少なければ少ない程、得られる『資源』は多くなるのだ。
「相変わらず凄いっすねえ」
『茂木』が吊り上げられる『敵』から落ちる海水に茶色い目を細めつつ言った。茶色い髪にスタイルの良い彼女は、そんな姿でも絵になる。寸胴体系の私を見て、ついため息を吐き、自分が嫌になる。四十歳も目前だのに、体型にこだわるとは。
現在索敵は『富士』と『十勝』の『水上機母艦型』二隻に任せて、ついさっきまで私と『茂木』は『敵』の残骸にワイヤーをかける仕事をしていたので、服は結構濡れているものの、熱さで乾き始めている。洗濯する前に乾ききってしまうと服が塩で傷むので、個人的には早く艦に上がりたい。
「五メートルはあるっすから、一個空母機動艦隊を二日は動かせるっすね」
「そんなにか?」
私の記憶では、このサイズの『敵』から得られる『燃料』では、『甲種特種兵』の一個空母機動艦隊なら一日ちょっと動かすのが限界だった筈だ。だが、情報通の『茂木』は三回舌打ちをして否定する。
「チッチッチッ。技術は日進月歩っすからね。一カ月前から『甲種』の連中の『機関部』は最新型に更新が始まってるっす。今回の更新じゃ燃費が八割向上したとかで、かなり話題になってるっすよ?」
「……一カ月って、もう『港』を出てるよな? いつも思うんだが、誰から聞いているんだ?」
疑問を口にすると、『茂木』は「商船の連中からっす」と手の内を明かす。
現在この海域に来る商船はごく少数であり、稀に遭遇すると、『交流』と称したちょっとしたお祭り騒ぎになる。隊員達が海上では使い道の無い給料を使い、商船がボッタクリ価格で販売する様々な嗜好品を買うのだ。軍令部もこの行為を推奨しており、恐らく『茂木』は一週間前に遭遇した商船との『交流』の際に、情報を買ったのだ。あの商船には新聞屋がいたので、おかしな話では無い。
「民間にバンバン情報を公開するなんて。全く、古巣は何やってるんすかねえ」
『茂木』はそう愚痴る。元情報部員の彼女からすると、情報の扱いの雑さにひと言ふた言言いたいのだろう。
「『敵』に諜報員がいないことを祈るか」
「そうっすね」
そうしている間に、『敵』の残骸は『椚』の後部甲板に降ろされ、技術士とその手伝いに回された不幸な下士官達がわっと残骸に群がり、大きな残骸を小さくしていく。真っ先に砲塔や対空機銃、魚雷発射管が取り外されたせいで小さなクジラにしか見えなくなった残骸に、巨大な包丁のような刃物を持った技術士がクジラの腹に刃を入れ、捌くと、歓声が上がった。微妙に聞こえて来る声にやきもきしていると、『茂木』が解説してくれる。
「ほとんど『燃料』満タンだったみたいっすね。『弾薬』に至っては発射されたやつ以外丸々残ってるらしいっすよ?」
「それは良かった」
ほっと息を吐く。『漁』の成果が良い程、『甲種』の連中に送ることの出来る物質が増える。二度と最前線に立ちたくない私としては『甲種』の連中には頑張って貰いたいので、これは幸運なことだった。
「『鋼材』も山盛りっすし、そろそろ帰還の交渉を艦長が始めるんじゃないっすかね?」
「二カ月は陸に上がって無いからな」
あの補給艦め、と愚痴ると、『茂木』に笑われた。
本当は、半月前に補給艦と合流していなければ、今頃陸に帰っていた筈なのだ。それをあの連中、補給次いでに『漁』の成果を持って行きやがって。お陰で二カ月以上陸に上がっておらず、燃料の心配の無くなったせいで領海内でも危険な外縁部の哨戒に当たらせられた。こちらとしてはたまったものでは無い。
「ま、もう帰れるっしょ」
気楽な彼女の言葉は、この日の晩、交代の艦が無事担当海域まで来たことで現実となった。