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良くある戦闘

 夜の海、と言うのは、酷く不気味だ。ましてや、月のすっかり沈んでしまったこの時間になると、星明かりしか目印が無く、不可視の『装甲』に風が遮られているせいもあって不安をかき立てられる。

 水平線寄りな北極星を斜め右に、自分の『嗅覚』に従って敵のいる筈の場所へ速度三十ノットで向かう。海面を滑る両足から伝わって来る、良く凪いだ海面の周期的な波に混じった『異物』が、状況を教えてくれる。背後の『椚』と、それを守る不安そうな『茂木』。そして、私に狙いを付けた『敵』の増速。

 近頃の『特種兵』はこの『異物』に気付けないと噂で聞いたことがあるが、それは流石に間抜けに過ぎるので嘘だと思いたい。

 思考の一部を脱線させつつ、パッシブで走査していた電探が敵の反応を捉えた。距離五万メートル。零時の方向ドンピシャだ。

「こちら『鈴鹿』。『敵』との距離五万! これより交戦する!」

 『椚』に無線で連絡を入れる。ブリトンから技術提供されたこのヘッドセットは耳栓も兼用しており、砲撃音で鼓膜が破れるのも防いでくれる。

 『敵』が『駆逐艦型』なこととジャブジャブと白波を立てて速度を上げていることを考えると、恐らく、距離一万になったら、速度三十ノット前後で雷撃が来る。『駆逐艦型』は雷撃の際船腹を見せる必要があるので、一時的にこちらに接近してくる速度が落ちる。そこが狙い目だ。定石通りなら、雷跡の傾きから『敵』の回頭方向を予測して敵船尾側に回避した後、速度を上げて接近し、砲撃戦を挑むだろう。私はしないが。

 雷撃が来なければ、敵は砲主体の雑魚だ。距離一万五千辺りから撃たれるだろうが、気にする必要は無い。どうせ当たるのは距離五千辺りからだし、私の『装甲』ではどのみち当たれば死ぬ。

 距離二万メートル。『敵』は目と鼻の先だ。ここまで来ると、星明かりを背景に『敵』がよく見える。出来損ないのクジラに、無理矢理左右に砲や機銃を取り付けたような影。潮のように噴き出す煙は黒く夜空を汚している。正式名称『甲種敵性存在:通称エネミー()』だ。

 強くなればなるほど人型に近付いていく『敵』の中でも、このクジラ型の『敵』は『駆逐艦型』とひとまとめにされており、私達『ヤマト軍第十五艦隊』の相手と()()()()()()()中では最も強敵だ。

 距離一万二千になっても横腹を見せない『敵』にやきもきしていると、距離一万になってようやく『敵』は右舷に回頭し、横腹を見せた。足元に四発の魚雷の感覚を感じる。

「良し!」

 この距離なら、三分もしないで敵の魚雷が来るが、距離は五千まで縮められる。私は三十ノットを維持したまま、回避行動を取らず『敵』へと直進する。直ぐさま海面に四条の白い線が現れる。扇形に放たれた魚雷の群れは、このままなら私を粉微塵に吹き飛ばすだろう。敵もそう思っているのか、砲撃のひとつもして来ない。

 私はその油断に感謝し、魚雷が足元を通過する瞬間を狙って『推進部』に回すエネルギィを三倍にし。


 空中に飛び上がった。


 『推進部』は、海面との間に反発するエネルギィを発している装置だ。それを一瞬だけ過負荷をかけてやると、反発する力が強すぎて跳ね上がってしまう。初心者『特種兵』が良くやる失敗であると同時に、『ウサギ跳び』等『特種兵』に必須とされる技能の基礎だ。

 海面に叩きつけられた、九十キログラムの重量を二メートルも跳ね上げる力は海中に金槌を叩きつけられた金床のように浸透し、その圧力に負けた魚雷が爆発を起こし、水柱を上げる。私は今度は『推進部』に回すエネルギィを二倍にして水柱を両足で蹴り、勢い良く『敵』へと飛び出す。

 『壁蹴り』と呼ばれる技能だ。『敵』との戦争が始まったばかりの『あの時代』の生き残りの『特種兵』なら誰でも出来る技能であり、カタナしか使えない『特種兵』は多様する技能だ。中には、わざと自分の足元に『爆雷』を落として『壁蹴り』を行う変態もいる。

 多用されるだけあってこの技能は非常に優秀であり、『敵』は私を撃破したものだと思い込んで悠々と進路を『椚』の方へと向けている。

(かかった!)

 内心歓喜し、私は両足を揃えて滑るように着水した後、左腰の上のカタナを抜き、最大船速七十ノットで敵へ向かって突撃する。

 今更になって慌てた『敵』は、船尾に一門だけある砲塔をこちらに向けるも、私の速さに着いて来られず、少し左舷へ曲がる私を見失って背後に一発だけ撃ち込むのが精々だった。

 一分少しで敵のすぐ左へ出た私に向かって、『敵』は必死に対空機銃をばらまいてくる。だが。

「遅い!」

 私はカタナを中段に構え、『敵』の目玉らしき物体の少し後ろへと、逃げる『敵』を追いかけるように斜め後ろからぶちかます。

 『装甲』が対空機銃を弾く中、カタナは鍔まで『敵』に突き刺さり、『敵』はぶるりと震えて動きを止めた。

「ふう」

 刺さったカタナをひねって確実にトドメを刺し、マイクの電源を入れて『椚』に連絡を取る。

「こちら『鈴鹿』。『敵』の撃破を確認。当方の損傷無し」

『『椚』より『鈴鹿』。これより『回収』に向かう。警戒に当たられたし』

「『鈴鹿』了解」

 『椚』が近付いてくる感触を感じる。

「ふー……」

 私は、三十分に満たない戦闘の緊張を少しだけ解き、『おかわり』が来ても大丈夫なよう『電探』に集中した。

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