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これもまた日常

 嫌な『臭い』で目が覚めた。

「…………」

 乗船している『母艦』の橅型駆逐艦四番艦『椚』は、三世代前の船とはいえ、ブリトンと共同開発された最新型の缶(ボイラー、と言うのがブリトンでの呼び名らしい)を積んでいる。このブ式二型缶は、重油のみならず石炭も燃料として使えるのが売りであり、『椚』は当然のように現在祖国ヤマトで余り気味の石炭を燃料として運航しているものの、やはり石炭は煙の臭いが酷く、乗員からの受けは悪い。

 その石炭独特の臭いは確かに鼻につくものの、それ以上に臭い『敵』の『臭い』に、私は自然と特種戦闘服を着込み、相方が当直のせいで一人になっている部屋を出て右舷格納庫へ急ぐ。

 カンカンと、特種戦闘服のズボンの裾を入れた鋼の靴の音を鳴らしながら、艦橋の一階部分にある格納庫の右舷側に行くと、整備士の田中和弘兵曹長が私の『艤装』の塗装を塗り直しているところだった。

「どうしました、鈴鹿特務中尉?」

「敵の『臭い』がする」

 それだけで、田中兵曹長は用件を理解した。

「なら艦長に連絡を」

「いや、艦長ならもう……」

 動いているだろう。そう続けようとした瞬間、艦内に第一種戦闘配置の警報が鳴り響いた。

「……艦長と言い特務中尉と言い、嗅覚が鋭すぎやしませんか?」

「でなければ生き残れなかっただけだ」

 田中兵曹長はそれで納得したようだった。軍に徴兵されてはや二十年。『敵』との戦争が始まった当時は酷いものだった。電探なんて便利なものは無く、『敵』にまともに通用する武装はカタナのみ。『あの時代』を生き残った兵士達に、こういった『嗅覚』を持っているものが多いのは、当然の成り行きだろう。

「装備する。手伝ってくれ」

「はっ!」

 自動特種兵器装備装置なんて便利なものの無い『椚』では、人の手によって人類の『剣』たる『特種兵器』を装備していかなければならない。私の場合、重さ二十キログラムになる『機関部』を腰少し上に取り付けるのは、完全に整備士の仕事だ。

「よいしょっ、と!」

 軽々と、までは行かないものの、『機関部』を持ち上げた田中兵曹長に合わせるようにセーラーの上の服を胸の下辺りまで上げ、機械化されている腰少し上の接合部が『機関部』に合うよう微妙に位置を調整する。海が荒れているときは困難な作業も、この凪いだ海域では楽に出来る。

 ガシャン、と音がし、『機関部』が私と結合し、情報が頭の中に流れ込んでくる。重さで転げないよう両手を広げて姿勢を何とか維持している間に、田中兵曹長は『機関部』下部の格納部分に一個五キログラムの『燃料缶』を手早く設置して行く。自分で出来ないこともない作業なのだが、田中兵曹長の場合手を出すと怒られるのだ。

 セーラーが完全にずり落ちた頃、待ち望んでいた声が聞こえる。

「『燃料缶』設置完了!」

 田中兵曹長の怒鳴り声に、私はすかさず告げる。

「『機関部』異常無し! 『鈴鹿』、暖気運転に入る!」

 途端、背後の『機関部』がうなり声を上げ、身体に力が満ちていく。あれ程重たかった『機関部』も、今では羽のようだ。僅かに前傾姿勢を保ったまま、田中兵曹長が運んで来た『推進部』を靴の上に履き、接続。

「『推進部』異常無し!」

 『機関部』の発する熱で暖かくなってきた右舷格納庫の昇降口を田中兵曹長が開けようと制御盤を操作する中、私は艦首側に並べられたカタナを手に取り、二本ずつ左右の腰に差す。

『艦長より右舷格納庫』

 開きつつある昇降口に目を細めつつ、伝声管から入ってきた声に答えるべく田中兵曹長が少し走る。

「こちら右舷格納庫どうぞ」

『現在、『富士』が敵影一を二十二時の方向距離五十万の位置に確認した』

 私は舌打ちをする。かなり近い。おまけに、二十二時の方向だと、左舷側だ。私の出撃する右舷格納庫からだと、少し遠回りする必要がある。その『少し』が致命傷になることを、私は良く知っていた。

『敵は『駆逐艦型』と見られる。艦種は不明』

 この午前二時の暗闇の中で、探照灯無しの旧式の『水上機』しか現在手持ちの無い『富士』では、それだけ情報を集められただけでも十二分だろう。

『『茂木』は『椚』の護衛に残す。鈴鹿特務中尉、行けるか?』

 私は軽く笑って、伝声管に向かって怒鳴る。

「早く戦わせてください!」

 すると、伝声管の向こうから笑い声が聞こえてきた。

『ハハハハ。……よろしい。夜間戦闘になる。索敵重視の装備にしておけ』

「はっ!」

 最適解を示す艦長に格式張った返事をすると、また笑い声が返ってくる。少しすると、真面目な声で告げられる。

『出航は敵との距離十万の地点とする。異論は?』

「ありません!」

『よろしい。艦長以上』

 沈黙した伝声管をよそに、私は艦尾側の装備の棚から『三号三型電探』を取り出し、左肩後ろの『機関部』の煙突の横の台に取り付け、その右肩後ろの部分には念の為の対空兵装『ヴ式十二.七ミリ単装機銃』と『弾倉』を取り付ける。私の主兵装はカタナなので、左肩の方に機銃があるのは何となく嫌なのだ。

 『爆雷』を積むか悩み、重量増加を嫌って結局積まずにいると、伝声管から艦長の出撃命令が出た。


 さて、戦いの時間だ。

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