第1話 対価
蒸し暑さと、何とも言えない息苦しさに俺は目を覚ました。エアコンをつけずに寝てしまっていたことを思い出す。部屋の温度を確認すると、優に30℃を越えていた。これはまずい。もう少しで死ぬところだった。
にしてもここ最近、起床時の気分が非常に悪い。恐らくだが、独り暮らしを始めた頃から見ている、あの気味の悪い夢のせいだろう。まあ、独り暮らしを始めた頃からとは言っても、施設を出てまだ一ヶ月程しか経っていない。
というのも、この俺、片桐統弥は、以前は「とある」施設にお世話になっていた。「とある」のようなあやふやな表現を使う理由だが、俺自身、この施設の詳細を知らないのだ。そもそも、この施設に引き取られた頃の記憶が全くない。どうやら俺は小学生の頃、両親と車に乗っている最中に、交通事故に合い重症を負ったらしい。命が助かったのは俺だけで、両親は即死だったそうだ。その事故のショックで過去のことを全て忘れてしまっている、と施設の人間は言っている。どうして俺を引き取ってくれたのかは、俺の父親が生前、その施設で働いていたことが関係しているようだ。当然、そのことに関しても全く記憶にないのだが。いずれにせよ、身寄りのなかった俺を温かく迎え入れてくれた彼らは、命の恩人に変わりない。それどころか、今となっては親のような存在だ。しかし、施設と言うだけあってか、身寄りを失くした子供たちが次々と入ってくるわけで。これ以上居座って迷惑を掛けるわけにもいかないということで、俺は施設を出て独り暮らしを始めることにした。
という感じで過去のことを振り返っていると少しは気が紛れるかと思ったが、そんなことはなかった。連日見るあの夢のことが気になって仕方ない。真っ暗な部屋に二人の少年が居て、、、それで?やっぱりだ。俺はこの夢に関して、「一部分」しか記憶していない。それはいつも同じだ。真っ暗な部屋に二人の少年が居ること。覚えているのはそれだけだ。その他のことはすっぽりと、綺麗に頭から抜けてしまっていた。まるで、意図的に切り取られたかのように。なんて、長々と夢に対してつまらない思惟をしている場合じゃなかった。今日から新しい生活が始まるのだ。俺の、輝かしき青春と恋愛の満ち溢れた高校生活が!、、、中学時代ろくに友達もつくれなかった俺には随分と高尚な期待だが、まあ問題ないだろう、、、うん。問題ない。そんなことを片手間に考えながら、俺は急いで身支度を済まし、玄関へ向かった。ドアノブを握ると、ひんやりと冷たくて心地が良かった。額にはすでに大量の汗が滲んでいる。いってきます。誰もいない部屋にひと声掛け、俺は家を後にした。
当たり前だと思っていた この日常が この平凡な日々が これからも続いていくと俺は思っていたんだ どこで間違えた 何を間違えた
俺の人生の歯車は、この日を境に狂い始めた
不定期になってしまいますが、これからも頑張って時間をつくり投稿していこうと思っておりますので、よろしくお願いします。