第0話「紅透明録」
暗い。
黒、黒、黒、黒。四方八方に今にも吸い込まれそうな程の深い闇が広がっていた。
灯り一つない部屋だった。
「部屋」と言い切れるのは、視界に三つ、扉のようなものが確認できたから。
俺はその部屋で一人、目前に展開されている異様な光景を静かに眺めていた。白髪の少年が、黒髪の少年を押さえつけている。暗くて表情は微かにしか読み取れないが、二人の少年は見た感じ、俺と同じくらいの歳のようだ。
正直なところ、目に飛び込んでくる情報量の多さにかなり混乱していた。が、白髪の少年が呟いた言葉が、俺の思考対象を一気にそちらへ傾かせた。
「あの場所に行くべきではない。思い出してはいけない。」
言葉の意味が全く理解出来ない。行くべきではない?思い出してはいけない?そもそも「あの場所」とは?
思考を再び張り巡らせていると、黒髪の少年が口を開いた。その声色は、繊細ながらもしっかりとした白髪の少年のそれとは異なる、他者を嘲るような、歪んだものだった。
「やっとオレに返す気になったか?」
気味の悪い嗤い声が部屋に響いた。
「黙れ」
白髪の少年は強く言い放つと、押さえつける力を強くした。うっ、と黒髪の少年から短い声が漏れる。そして、戒めるように白髪の少年は再び呟く。
「決して思い出してはいけない。罪は一生、消えないんだから」
「思い出せよ。思い出して楽になればいい。」
黒髪の少年はそう言って嗤う。
瞬間、あるはずのない記憶が脳裏をかすめた。断片的ではあったが、そこに映ったもののあまりの悲惨さを前に、俺は強烈な目眩に襲われその場に倒れこんだ。身体が何かに押し潰される感覚に陥る。視界が狭まり、遠退いていく意識のなかで最後に見えたのは、白髪の少年の、悲しげな目だった。
これが最後の警告だったのかも、しれない。