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夢幻の果て  作者: 大田牛二
第五章 名将協奏曲

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旗を掲げよ

大変遅くなりました。

 紀元前285年

 

 秦の昭襄王しょうじょうおうが楚の頃襄王けいじょうおうと宛で会い、和親を結び、その後、趙の恵文王けいぶんおうと中陽で会った。


 恵文王を通じて、昭襄王は斉が乱れ始めていることを知り、蒙武もうぶに斉を攻めさせ、九城を取らせた。


 彼の父は蒙驁もうごうと言い。斉の出身である。そのため斉の地理に詳しかった。彼は既に老いていたため、今回、息子の蒙武を起用したのである。


 さて、斉の湣王びんおうは宋を滅ぼしてから驕慢になり、南は楚を侵し、西は三晋を侵し、二周を併合して天子になろうとしていた。

 

 それを狐咺が言を正して諫言したため檀衢(檀台に通じる大通り)で斬られ、陳挙も直言して東閭(東門)で殺されるなど、彼はもはや諫言さえ聞き入れなくなっていた。

 

「斉はもはや乱れているな」


 燕の昭王しょうおうはそう言った。今、楽毅がくきの方針に従って、魏、韓、趙、秦との合従を目指して動いていた。


 蘇代そだい蘇厲それいが趙と秦へ、楽毅は魏の孟嘗君の元に出向いていた。


「あなた様のお力を貸していただきたい」


「構わないよ」


 楽毅が頭を下げるのに孟嘗君はそう答えた。


「五カ国合従か。まとめるのは難しいぞ」


「わかっています。しかし、やらねばなりません。燕が斉に勝つにはこれしかない」


「そうだな。わかった。魏、韓は私に任せてもらう」


「感謝します」


 楽毅が魏から燕に戻ると蘇代と蘇厲の二人がいた。


「概ね趙、秦は同意したよ」


「そうか。流石はお二人ですね」


「そう言えば、楚は誘わないのですか?」


 蘇代がそう聞くと楽毅はこう答えた。


「楚は国の中で親秦派と親斉派の両派に別れており、どっちに転ぶかわからない状況です。今は秦とのつながりで私たちに従っても親斉派は斉が滅びることを容認できないでしょう」


 楚からすれば自分たちの行いは外交的に見れば、選択肢を狭めるだけなのである。


「ですから楚を合従相手として期待するのは危険です」


「なるほどそのとおりですね」


 蘇代は頷く。


「取り敢えず、楚の動向には注意しなければなりません。楚の動向を探るのと斉の地図をお二人に入手してもらいたいのですが」


「承知しました」


 二人は拝礼を持って答えた。


「趙に行った時、趙王が楽毅殿とお会いしていと言ってましたよ」


 蘇厲の言葉に楽毅は眉をひそめつつも、


「わかりました。趙に向かいましょう。王には軍備の準備を進めてもらえることをお伝えください」


 と頷いて趙に向かった。


 楽毅が趙に着くと、宮中に招かれた。


「お久しぶりでございます。趙王」


「ああ、楽毅も壮健なようでなにより」


 恵文王は微笑みながらそう言った。


「あなたと会いたかったのはあるものをあなたにさずけようと思ったためです」


「あるものですか?」


 楽毅が首を傾げると恵文王の臣下がやって来た。その手にあったものは、


「これを燕の軍を率いるあなたに」


 相国の印であった。これを与えるということは趙の将兵を自由に動かす権利を与えるという意味がある。


「これほどのものを……」


 楽毅は感動した。恵文王の仁愛を感じたのである。


「あなたの大志を、あなたの生きる場所を見つけたのでしょう」


 恵文王は優しそうに行った。


「存分に我が国の兵を使うといい」


「感謝します」


 楽毅は拝礼して答えた。


 紀元前284年

 

 ついに燕は軍を編成し、斉討伐を行うことにした。率いるのは楽毅である。昭王は彼を上将軍に任命した。因みに上将軍は春秋時代では元帥の地位にあたる。


 それを受け、秦は尉・斯離を将軍として、派遣し、それに合わせるように魏、韓、趙も出陣した。


「何故、私を出陣させてくれないのですか」


 白起はくき魏冄ぎぜんにそう直談判した。


「お前は呂礼を勝手に殺しに行こうとしため、謹慎中の身だ」


「しかし、五カ国合従ですよ。秦の将軍として、主上の救済を与えるためにも私が適任なはずです。それが主上の意思でもある」


「ならん。主上の意思であろうともお前の独断は目に余る。おとなしくしておれ、今回の戦でどこまでいけるのかはわからぬのだからな」


 燕は天下に無名な楽毅を総大将としている。その彼がどこまで五カ国合従を使えこなせるというのか。


「ああ、わかっておりませんなあ」


 白起はため息をついた。


「この戦いは主上の愛を注ぐ。絶好の機会であるというのに……」


 燕主導の五カ国合従軍による斉侵攻がどこまでの結果を残すのか。天下のほとんどが期待してなかった。


 そのためこの時、楽毅が天下を震わすことになると思っていたのは、燕の昭王。趙の恵文王。そして、秦の白起と数少なかった。









 燕の将兵が並んでいる。


「ついにこの時が来た」


「ええ、そのとおりです」


 将兵が並ぶ中、昭王と楽毅は話している。


「必ずや結果を出して見せます」


「期待しているぞ。楽毅殿」


 楽毅にそう言葉をかけてから昭王は将兵に向かって言った。


「かつて我が国は滅亡の危機にあった」


 将兵は神妙な面持ちで見守る。


「それは愚かな男によってもたらされたものであった」


 あの時の愚かな自分を思いながら昭王は離す。


「しかし、その時の斉はあまりにも非道であった。数多の民が、同志が斉によって殺された」


 昭王は力いっぱいに言った。


「あの時の私は……彼等の死に意味を与えることができないでいた。国のために、家族のために、友人のために、正義のために、平和のために、死んだのだと、胸を張って言わせることができなかった」


 悲痛な想いであった。


(死に意味をか……)


 昭王の言葉に楽毅は思う。


(確かにそれを中山も与えることができなかった)


 中山と燕の差は言えば、前者はそのことに至ることはなく、後者はそれを悔いていたことであろう。


「しかし今、私たちはついにその意味を与えることができる時が来たのだ。死んでいったものたちの想いに意味をもたらすことができる時が今、来たのだ」


 将兵たちは足踏みを行い、地が震える。


「その意味を本当のものにするには、斉との戦いに勝つしかない。そして、諸君はその勝利を得るために斉へ進軍する。その勝利を掴みに行く」


 昭王は拳を挙げた。


「正義は我らに有り」


「「「「正義は我らに有り」」」」


 将兵たちも一斉に叫ぶ。昭王のため、国のために勝利をもぎ取るために。


「旗を掲げよ」


 楽毅が叫んだ。すると将兵たちは一斉に燕の旗を掲げる。


(ああ、旗が)


 昭王はそれを見て、泣きそうになった。


 かつて正義の意味も理解せずに正義の旗を振り回していた男がいた。


 現実を、自分の犯した罪を知り、その正義の旗がずたずたにされた男がいた。


 それでもその男は正義という旗を、継ぎ接ぎだらけの旗を掲げ続けた。


 今、その正義の旗が掲げられた。


(正義の旗が掲げられていく)


「全軍、出陣」


 楽毅は既に移動しており、彼は馬に乗っていた。


 燕の旗がゆれながら、大望の進軍が始まった。


 天下を震わす戦が始まる。




白起を出さないのは何故ということを考えないといけなくなっている今日この頃。

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