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夢幻の果て  作者: 大田牛二
第五章 名将協奏曲
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宋の滅亡

 宋の康王こうおうは諸国との戦いを行ってから、血を入れた韋囊(皮の袋)を高い所に吊るし、それを的として矢を放った。


 矢が刺さると彼は、


「天を射た」


 と称した。また、地を笞で打ったり、社稷(土地と穀物の神)を破壊して焼き払った。これらの奇行は鬼神も威服させたという姿を示すためであるという。

 

 更に康王は浴びるほどに酒を飲み、そのことを群臣が諫言するとすぐに矢を射て追い払った。

 

 宮殿で長夜の宴を開いた時には、室内の者が万歳を唱えると堂上の全ての人がそれに応じて万歳を唱え、堂下の人々もそれに応じ、門外の人々も応じ、万歳の声が国中に響き渡るほどであった。


「まさに絶景だ」


 康王は後ろにいる史官に向かって言う。


「そうですなあ」


 史官はそう答えると康王は振り向いて言った。


「いつまで猫をかぶっているつもりだ盗跖とうせきよ」


 思わず、盗跖は服に仕込んでいた小剣を構えようとする。


「ふふ、私はお前に感謝しているつもりだ」


 康王は笑う。


「見よ。私に平服する者たちを」


 彼は手を挙げる。


「お前が私に天啓を与えた。故にこのような光景が生まれたのだ」


「けっ」


 盗跖は吐き捨てるように言った。


「あれはお前に心服していると思っているならあんた頭可笑しいぞ。ありゃあんたを恐れているんだ」

 

 そう国民は康王を恐れているために万歳を唱えるのである。


「ふふ、それで良い」


 康王はそう言ってから盗跖に向かって言った。


「何も名を残さずに死ぬよりはずっとずっとマシだ」


 その言葉を聞いて、盗跖は舌打ちする。


「なんという糞な王か」


「褒め言葉だ」


 康王は笑う。


「私はお前が羨ましい」


「はあ?」


「お前の名は、「盗跖」は死なぬ不滅だ。そうだろう?」


 その言葉を聞いて、盗跖はへっと笑うと暗闇に包み込まれるように消えていった。


「さあ、私の名を永遠なものにするとしよう」





 

 天下の人々は康王を「桀宋」と呼び、古の暴君と準えその暴虐さを宣伝した。

 

 諸侯は、


「宋が紂王の悪行を恢復した。誅殺しなければならない」


 と言って斉に訴えた。もちろんそのように諸侯に訴えるように手回しを行った。主に宰相の孟嘗君もうしょうくんの手腕によるものである。

 

 諸侯から請われたことで気をよくした斉の湣王びんおうは兵を起こして宋を討伐を行うことを宣言した。


 孟嘗君は蘇代そだい蘇厲それいを招いた。


「蘇代よ。秦に不穏な動きを見せる可能性がある。君にその説得を任せる。蘇厲は楚と魏に共に宋への侵攻を行うための説得を頼む」


「承知しました」


 二人はそう答えるとそれぞれ言われた国に向かった。

 

 斉が宋を討伐すると聞き、秦の昭襄王しょうじょうおうが怒って言った。


「私は新城や陽晋を愛すように宋を愛している。韓聶(斉の将軍)は私とは友人にも関わらず、なぜ私が愛する宋を攻めるつもりなのか」

 

 蘇代はいえいえと手を振りながら答えた。


「韓聶が宋を攻めるのは王のためです。強大な斉に宋を併合できれば、楚・魏が必ずや斉を恐れて西の秦に仕えることになりましょう。その結果、王は一兵を煩わせることなく、一士を傷つけることもなく、事を起こさずに安邑(魏の旧都)を割譲させることができるのです。これは韓聶が王のために願っていることというべきでしょう」

 

「斉の動向を予測できないのが心配である。合従をしたかと思えば連衡しているが、これをどう解釈するのか?」


 斉の外交に不誠実さがあると言うのである。

 

 蘇代はこう答えた。


「天下の国状を全て斉に理解させることができるものでしょうか。斉もまた秦の動向を理解できてはいません。しかし、斉が宋を攻めたことに関しては、斉が宋を占領してから秦に仕えればそれが万乗の国(秦)の援けとなり、秦と協力しなければ、宋の政治が不安定になることを知っています。中国(中原。秦・斉以外の諸国)の白頭游敖(遊説)の士は知恵を絞って斉・秦の交りを裂き、車を西に走らせている者は一人として斉を善く言うことがなく、車を東に走らせている者は一人として秦を善く言うことはございません。これはなぜでしょうか。皆、斉と秦の同盟を欲していないからです。なぜ三晋・楚には智があるのに、斉・秦は愚なのでしょう。三晋・楚が同盟すれば必ず斉・秦を謀り、斉・秦が同盟すれば必ず三晋・楚を謀るようになります。晋・楚に隙を見せないためにも、斉と秦が対立するべきではありません。このことを善く考えて事を決してください」

 

 昭襄王は、


「わかった」


 と同意した。

 

 秦の横入りの心配が無くなったため斉、魏、楚による連合軍が結成され宋討伐が開始された。康王の暴虐さに嫌気が差していた宋の民は離散し、城も守りを棄てた。


 それでも康王は連合軍との戦いを望み最後まで抵抗した。


「けっ、一人でやってやがれ」


 盗跖は手下たちと共に宋の宮中の中にいた。宋の宝を横取りするためである。


 その時、二人の男の姿が見えた。


「あれは……」


「お前が盗跖か?」


 二人のうちの一人がそう言った。


「そうだと言ったら?」


「何故、「盗跖」を名乗る?」


 その言葉に盗跖は笑う。


「そんなことを言う必要があるか?」


「「盗跖」は滅んだはずだ」


 その言葉に盗跖は鼻で笑った。


「はっ、「盗跖」はそんな簡単に滅ぶことはないさ」


 彼は手を広げる。


「「盗跖」という名はな。概念なのさ。もはや人の名ではないのさ」


 そこで一息をついて、


「だから薛を襲った時にあんたら孟嘗君の食客を始末しておきたかったよ」


 そう言うと二人の男が手を振り、男たちが現れる。


「おめぇらずらかるぞ。生き残ることを優先しな」


 盗跖は手下たちにそう言うと二人の男に向かって、小剣を投げつける。それを二人の男……鶏鳴と狗盗はあっさりと弾く。


(流石に手下とあっちの差が激しいな)


 所詮は俺たちは盗賊だからなと思いながら盗跖は逃げる。それを鶏鳴と狗盗が追いかける。


「あの時、三代目の……盗跖の手下だったものたちを殺そうとしたのだな」


「ああ、そうさ。あんたらの存在は「盗跖」を人の名に戻してしまう可能性があるからなあ」


 鶏鳴は小剣を盗跖に向かって投げつけた。それを盗跖は剣で弾くがそこへ狗盗が潜り込み、剣で切りつける。


 間一髪でよけるが更に鶏鳴が追撃をかける。


 二人との剣戟を前に追い詰められる盗跖であったが、そこに手下たちが助けに入る。


「お頭」


 だが、鶏鳴と狗盗の二人に手下たちが斬り殺されてしまう。


 盗跖は舌打ちしつつ遺体に変わった手下を鶏鳴と狗盗に向かって蹴り飛ばし、その隙に逃げようとする。


「くそ」


 鶏鳴が苦し紛れに放った小剣は盗跖の右肩に刺さった。


「ぐっ」


 痛みに耐えながらも何とかその場を逃れた。









 康王は連合軍と最後まで戦いつつ温に逃れた。


「私の名は暴君として残るだろう」


 康王は笑った。


「だが、良い。それで良い」


 こうして康王は戦いの中で死に、宋は滅んだ。

 

 斉は宋を魏と楚と切り分けることになったのだが、湣王は領地を分けることを拒んだ。


 更に孟嘗君の反対を押し切り、湣王は南進して楚の淮北を割き、西を侵して三晋を攻めた。あげくに周室を併呑して天子になろうとまでした。


 これには孟嘗君が猛反対を行い、それを実現することはなかったが、湣王による恫喝に近い外交によって、泗上の諸侯である鄒・魯の国君は皆、斉に対して臣と称し、この斉の勢いは諸侯を恐れさせ、大いに警戒心を強めた。


 更に宋を滅ぼしたことで傲慢さを増した湣王と孟嘗君の関係は修復不可能になり始め、湣王は彼に宰相の座を降りるように命じた。









 

 

 



 


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