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夢幻の果て  作者: 大田牛二
第四章 天秤傾く

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孟嘗君

この話で四章を終えて、次回から第五章で第二回・小話・裏話を投稿できれば良いなと思っています。

孟嘗君もうしょうくんが率いる軍が我が国に?」


 燕の昭王しょうおうは仮面の中で目を細めながら蘇代そだい蘇厲それいの報告を受けていた。


「はい、申し訳ありません。私たちがやったことが孟嘗君の怒りを買ってしまったようです」


 二人は頭を下げて謝る。


「二人共、それほど謝らなくとも良い」


 昭王は郭隗かくかいを見る。郭隗は言った。


「以前の孟嘗君であればこのようなことをする方ではなかったのですが……」


 彼は以前は食客として孟嘗君の元にいた。その時の印象であれば、孟嘗君はそのようなことをする人ではなかった。


「なんとなくわかる気がします。孟嘗君の悲しみが怒りが……」


 昭王はそう言った。


 孟嘗君は自分に向けられた悪意に誰よりも悲しみ、怒ったのである。そして、そのことで頭いっぱいになってしまっているのではないか?


 彼はそう考えた。


「でも、この国はやっと立ち直り始めたところなのだ。国を荒らされるわけにはいかない」


 人材も多く集まった彼等を使い、孟嘗君と戦おう。


(相手が孟嘗君と言えどもまだ戦えるはずだ)


 その認識は甘かった。


 燕の三軍に対して、孟嘗君はあっさりと完膚なきに叩き潰したのである。しかもこの軍は秦との戦いから休んでいないの状態にも関わらずである。


「将が二人捕まり、軍はほとんど壊滅した……」


 人材を積極的に集め、内政を整え、軍備もしっかり行ってきた。しかし、それを安々と孟嘗君は破ってみせた。


「これほどに斉と燕には差があるというのか……」


 あまりにも大きい差に昭王は愕然とした。しかし、それで悔やんでいる暇は無い。今もなお孟嘗君の軍は侵攻を続けているのである。


「私自ら孟嘗君に会って、和を請う」


「しかし、今の孟嘗君は何をするかわかりませんよ」


「そうです私たちが行きます」


 郭隗も蘇代と蘇厲らも止めたが、昭王は首を振り、直接、孟嘗君の元に出向いた。


「あなたが燕王か」


 孟嘗君はにこやかに彼を出迎えた。


「和を請うために参りました」


「燕王自ら参っていただき感謝します」


 昭王は孟嘗君の言葉に流石に眉をひそめたが、仮面のおかげでそのことは相手にはわからない。


「燕王、あなたとは以前から会いたいと思っていました」


 孟嘗君は続けてそう言った。


「だから今回はこのような形ではあったが、会えて良かった。もしこの段階で来ないようであれば燕の首都までお伺いするところでした」


「何をおっしゃられるのか。あなたはどれだけの被害を私どもに与えているのかわかってのお言葉か」


 思わず、昭王は声を荒げる。


「わかっております。それでもあなたと会うことで余計な勘ぐりをされないためにも、私自身のためにも必要だったのです」


「何をおっしゃられているのかわかりかねます。私は和を請うために来たのです」


「ええ、しかしあなたの大志に関係する話です。聞いてください。そのために斉王に独断で動いたのですからね」


 孟嘗君の言葉に昭王は首を傾げつつも話を聞くことにした。


「私の身に起きたことは燕王もご存知のことでしょう。そのため私は趙、秦、そしてここ燕へ報復を行いました」


 彼は目を細めながらそう言った。


「しかし、私の報復はまだ終わってはいないのです」


「他に報復するべき国があると言うのですか?」


「そうです」


 昭王の言葉に孟嘗君は頷く。


「燕はまだまだ足りないものが多い。そのことは私との戦で大いにわかっていただけたことでしょう」


(嫌味か)


 昭王は不機嫌になる。


「人材も内政も外交も軍事もあまりにもこの国には足りないそうですね」


 孟嘗君の言葉に反論したいが、事実である。昭王は拳を握り締め顔を俯く。


「それでも果たしたい大志がある。そうでしょう?」


「その通りです」


 孟嘗君は笑う。


「その大志と私の報復するべき相手は一致しています」


「何をおっしゃられているのですか?」


 そんなはずは無いのである。それが本当であれば、孟嘗君のやろうとしている報復は大問題である。


「私は自分の報復のためにもあなた方の大志を助けたい」


 昭王は震えた。目の前の男が言っていることの重大さを理解するためである。

 

(この人はありとあらゆる人に対して、報復を行うつもりなのか……)


 孟嘗君。戦国時代を知るものであれば、その名を聞かないことはないだろう。


 戦国四君の筆頭にして、彼の鶏鳴狗盗、狡兎三窟の逸話や彼の外交能力の高く、正に戦国時代の代表と言うべき人物であることも戦国時代について知識のある人は直ぐに理解することだろう。


 しかし、孟嘗君の後世の評価は決して高いと言えない。彼の食客を集めたために斉に人材が集まらなかったという批難を北宋の王安石おうあんせきがしたことは知られている。


 因みに王安石が何故、彼が食客を集めたことで人材が集まらなかった理由として鶏鳴狗盗のような悪人紛いの人物たちも集めたためとしている。


 このように後世から批難されることになる食客集めを行い、食客を活用して称賛されたとする戦国四君とは果たして、名誉ある称賛であったのだろうか?


 戦国四君は皆、国君から猜疑心を持たれている。名声が強すぎたのもあるが、彼等が人材の独占を図っていると思われたところもあるのかもしれない。


 さて、孟嘗君の話に戻る。


 孟嘗君の評価がいまいちである理由の一つに司馬遷しばせんの存在がある。彼は旅をしている頃に孟嘗君の治めていた薛に立ち寄った際にそこにいる住民にひどい目に合わされた過去があり、そのため孟嘗君へどうにも批難的であったことが影響している。

 

 そのため孟嘗君の話の中には嘘の内容も含まれているとしている人たちも多い。


 そうやってみると孟嘗君という人は面白い人であると言える。当時の人々も後世の人々も誰もが彼に感情的な目を向けて、彼へ評価を下そうとする。


 では、そんな孟嘗君とはどういった人であったのだろうか?


 綺麗な英雄像の持ち主ではなく。人間臭さを持ち、そして、自分に向けられた悪意に対して徹底的な報復を図った人ではなかったのか。その報復に数多の国を巻き込み、時代を動かした。


 正に乱世が産んだ巨人と言うべき人と言うべきなのかもしれない。


 その巨人が昭王の大志を助けても良いと言っている。


(だが、孟嘗君は蘇代と蘇厲を出し抜いた男だ。下手なことを言うべきではない)


 ここまで昭王は斉打倒の志をはっきりと伝えていない。それを見て、孟嘗君は目を細める。


「まあ、今回はここまでで良いでしょう。あなた様が信頼できることがわかりましたから」


(試していたのか……)


 自分に会うために戦を仕掛け、多くの将兵を殺した人である孟嘗君の怖さを感じる。


「蘇代と蘇厲にももっと慎重にするようにとお伝えしてください」


「良いでしょう」


 孟嘗君が昭王を帰そうとした時、彼は言った。


「最後に一言だけ。あなたの集めた人材で足りないのは戦略を組み立てることができる人物です。そうですなぁ……」


 孟嘗君は髭を撫でながら言った。


「例えば、中山の楽毅がくきなどをお招きしてみては如何かな?」


「楽毅……」


 昭王はその名を聞いた後、都に戻った。


「中山の楽毅か……」

 

 天下の天秤が傾き始めた。





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