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夢幻の果て  作者: 大田牛二
第四章 天秤傾く

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報復

遅れました。

 白起はくきによる対五カ国合従軍への時間稼ぎを行っている間、魏冄ぎぜんは様々な工作を行っていたが、良い成果を上げることはできないでいた。


孟嘗君もうしょうくんを諸国は恐れている」


 秦を相手取り、報復を図っている孟嘗君の矛先が向けられることをどこも恐れているため、もう二年も自国の軍を派遣しておきながらも撤退させるようなことはしなかった。


「塩氏にも工作しているのだが……」


 元々秦の領域であった塩氏で、しかも最近に取ったばかりであるため、攻略できるだろうと考えていたのだが、反乱の類などを起こせずにいた。孟嘗君の治世が完璧であるためである。


「打つ手が無いな」


 白起もいつもであれば、動いているにも関わらず、大人しい。彼も決めてに欠けているのだろう。


(だが、この時間稼ぎによってある程度は我が軍の損害を取り戻すことができている)


 その冷静な判断を下せている白起を称えつつ、孟嘗君側も決めてに欠けていることは見て取れた。


「しかし、これ以上の戦は割には合わない」


 多少、釣り合いの取れない交渉になるとも講話の道を探るべきであろう。彼はそう判断すると自ら孟嘗君の元に向かった。


(孟嘗君は侠の人だ。直接、出向いた方が、印象が良いはず)


 魏冄は自らを危険に晒すという危険性を天秤に載せながらも自ら向かった。


「お久しぶりでございます。孟嘗君」


「ええ、お久しぶりです」


 孟嘗君を見据えながら魏冄は冷や汗をかく。


(初めて会った時とあまりにも印象が違う)


 絶対的畏怖がそこにはあった。


「どのような要件でございましょう」


「孟嘗君のお怒りが重々承知しておりますが、これ以上の戦は無用のことと考えます」


 彼の言葉に孟嘗君は見下すような視線を向けつつ言った。


「秦は私の能力を評価され、宰相として招かれた。しかし、あなた方は私を騙し、私を殺そうとした」


「いえ、それは違います。あなた様を宰相として招きたいという思いは真でした。このような事態を招いたのは、趙の手の者によるものです。私どもの不手際があったことは事実であるのは確かですが、そのことは承知いただきたい」


 魏冄の孟嘗君を宰相に据えたかったというのは本当のことである。


「趙の差金があることはこちらも重々承知している。もし、あなた方がそのようなことを理解できず、自分たちの非を認めないようであれば」


 孟嘗君はすっと自分の首の前をすっと横に指で引いた。


「あなたの首は離れていたことでしょう」


 魏冄は寒気を覚えるのを自覚しながら孟嘗君の言葉を待つ。


「しかし、趙の差金があったことが事実であってもそこに秦王の意思が関与していることもまた、事実。そこについてはどのようにお考えでしょうか?」


「我が王は王位をついでから日が浅く。趙の甘言に心動かされたのです。孟嘗君の寛大なお心を持ってお許しくださればと思います」


「違う。違う」


 孟嘗君は首を振る。


「私は聞いているのは、この事態に対してどのような落としどころをどのようにされるのかをお聞きしているのです」


「我が国の宰相である楼緩を罷免を行い、趙の介入が無いようにし我が国と斉との関係修復の証としたいと思っています。如何でしょうか?」


 魏冄の言葉に孟嘗君は無言である。


「その他にお望みのことがあれば、ご要望に添えるようにしたいと考えております」


「では、韓には武遂を、魏には封陵を返還頂きたい」


 彼の言葉に魏冄は即答した。


「承知しました。直ぐにでもそのようにさせていただきます」


「では、これにより和を結ぶことにしましょう」


 これによって秦と五カ国合従の間で和が結ばれ、戦は終わった。


「函谷関を抜けられることはなかったが、失ったものも多い」


 魏冄としてはため息をつきたくなる事態である。


「まあ良い。とりあえずは戦を終えることができたことを喜ぶとしよう」


 彼は白起を労うため函谷関に向かった。


「魏冄様、戦は終わったようですな」


 白起は自ら出迎えた。


「ああ」


 魏冄は白起の後ろに控えている兵たちの様子を見た。


 一切、乱れなく隊列を組んでいる、その姿は鎧についた血や埃などは気にならないほどに素晴らしかった。


「この兵たちは……」


「あの戦の中、同志たちは大いに成長したのです。次に戦となれば彼等によって罪深き者たちに救済を与えることができることでしょう」


(白起はあの戦いの中、兵を鍛えたというのか)


 相変わらず、この男は驚かせてくる。


(だが、そんな男を私は使っているのだ)


 面白さを感じる魏冄に白起は言った。


「今後、将軍として率いる際に願わくば、彼等を率いたいと思うのですが?」


(全くこやつは……)


 魏冄は彼の言葉に内心、苦笑する。


「良かろう。そのようにする」


「おお、感謝します。主上もお喜びになりましょう」


「ああそうだな」


(やれやれ兵の大規模な配置替えか。そこまでするには……私が宰相にならなければな)


 宰相になることで強力な軍を作れるというのであれば、


「悪くない。彼等で失ったところは十分、取り返せる」


 魏冄は笑った。


 一方、秦と和を結んだ孟嘗君は趙と宋の軍を返した。しかし、韓、魏は返さなかった。あとは帰国するだけだというにも関わらずである。


 ここから孟嘗君はとんでもない動きを見せた。


「燕を攻める」


 なんと韓、魏を率いて燕に侵攻したのである。孟嘗君の報復はまだ、終わっていなかったのである。


「どういうことですか?」


 蘇代そだい蘇厲それいはこの事態にあまりにも驚き、急いで孟嘗君の元に向かった。


「燕を攻める。それだけだよ」


「何故、燕を攻めるのかを聞いているのです」


 蘇代が詰め寄ると孟嘗君は冷めた表情で言った。


「燕を許す理由は無いだろう?」


 その言葉に二人はつばを飲む。


「孟嘗君は私たちが趙への交渉を行った時、許すとおっしゃられたはずです」


 蘇代の言葉に孟嘗君は目を細める。


「うん、言ったね」


「ならば、燕を攻めるなんて言わないでさ」


「そう()()()()()()とは言った」


 二人は彼の言葉に固まる。


「君たちの本来の主である燕王は許さない」


「ま、待って下さい」


「これは私たちは勝手にやったこと燕王は関係ありません」


 二人は孟嘗君に縋るように言った。しかし、孟嘗君は冷めた目で言った。


「臣下が行ったことへの責任を主君が取らないという理屈は無い」


 彼は手で二人を去るように指示する。


「さあ、燕王の元に行って、燕王にこの軍が侵攻しようとしていることを知らせてくるといいよ」


 孟嘗君の言葉に二人は顔を見合わせるとそのまま彼の元から立ち去ると急いで燕に向かった。


「私の報復は終わらない。終わらすわけにはいかない……」


 彼は己の影を見つめながら呟いた。

























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