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夢幻の果て  作者: 大田牛二
第四章 天秤傾く

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膠着

遅くなりました。

 紀元前297年


 五カ国合従軍を率いる孟嘗君もうしょうくんと函谷関に篭る白起はくきの戦は膠着状態に陥っているが、その舞台を一旦、別のところに向ける。


 秦に拘留されていた楚の懐王かいおうは逃走を図った。

 

 懐王の逃走を知った秦は楚に通じる道を封鎖したため、懐王は間道を通って趙に向かった。

 

 この時、趙の主父・武霊王ぶれいおうは新地(趙が中山から奪った地)に行き、代を出て、その後、西進して西河で楼煩王に会い、その兵を収めてから代に戻っており、主父の子・恵文王けいぶんおうが首都で政務を取っていた。


「楚王が……」


 恵文王は悲しそうな表情を浮かべつつも懐王かいおうの受け入れを拒否した。


(秦と五カ国合従軍の戦の勝敗が完全についていない以上、下手なことはできない)


 恵文王の外交感覚と言うべき判断であろう。

 

 趙から拒否された懐王は魏に向かおうとしたが、そこで秦人の追手に捕まって秦に送り返された。

 

 その後、懐王は秦で病にかかった。


 翌年、紀元前296年に懐王はそのまま秦で死んだ。

 

 秦は懐王の喪(霊柩)を楚に送った。楚の人々はこのことを知るとまるで親戚を失ったように悲しみ、諸侯が秦を批判した。

 

 懐王の生涯は後世から見ると喜劇に近いのだが、彼の死によって楚の秦に対する恨みはとても深いものとなり、秦が天下を統一してからも反秦勢力の中心になったのは楚出身者たちであったことを思えば、彼の死は意味のあるものであったというべきであろう。


 さて、舞台を孟嘗君と白起が篭る函谷関に戻す。


「様々な手段を用いて、内部に侵入し、工作を仕掛けようとするのですが、直ぐに察知されてしまい。工作を行うことができません」


 食客たちは孟嘗君にそう言って、頭を下げる。


「先生方のせいではありません。相手がただただ上手であったということです」


 孟嘗君は力攻めによる被害の拡大を防ぐため、内部工作を行おうと様々な手を凝らしているが、結果が出ることはなかった。


 単純に様々な小道などの侵入経路を使おうとすると必ず、白銀の鎧の男が現れ、斬りかかってくる。最近はそれ以外の者たちらしいが、満足に侵入することができないでいるのは同じことである。


 また、秦の言葉が多彩な男を秦兵のふりをさせて侵入を図ったが、


「我が同志であることを偽るとは何事か」


 と、白銀の鎧の男に一発で見抜かれ切り殺されてしまう。


 次に時間が掛かっても穴を掘って侵入しようとすると、水や煙で撃退されてしまう。


「力攻めしかない」


 そう言って、力攻めを行っても難攻不落で有名な函谷関を中々攻略できない。


「打つ手を尽く潰されるか……」


 孟嘗君はそう呟いた。








 一方、白起の方も五カ国合従軍の猛攻を受けながらも固く守りを固めて耐え続けていた。しかし、白起も相手への決めてに欠けていた。


(まあ良い。罪深き者たちよ。主上は寛容な心で許しているのだ)


 一刻も早く罪深き者への救済を行いたい。そう思う白起だが、我慢した。


(私は同じ過ちは犯さないのだ)


 彼は孟嘗君を取り逃がしたことを深く悔いていた。


『お許し下さい。主上。私の力不足であの罪深き者たちを扇動する悪しき者を撃ち漏らしました』


 そう何度も懺悔の言葉を口にする白起はある日、ふとこんなことを思った。


『私が二人いたら救済を行えただろうか?』


 自分が二人いるなどありえないことであるが、彼はそう思った。そして、閃いた。


『そうだ。同志たちが皆、主上の意思を反映することができるようになれば良いのだ』


 まさに天啓とばかりにそう思った頃、この戦いが始まった。そして、彼は自ら函谷関の将となることを志願した。


「将軍、合従軍は力攻めを仕掛けてきました」


 白起はこの報告に頷くと力強く言った。


「同志諸君、罪深き者たちは主上と天より(主上の)愛を受けし我が国の輝きを畏敬することなく、我が国に剣を向けようとしている。諸君、これを許せるであろうか。否である。さあ、同志諸君の愛の強さを見せつける時は今ぞ」


「「「「応」」」」


 兵たちの士気は彼の言葉を受け、一気に高揚し、五カ国合従の攻撃を耐え続ける。


「右に悪しき軍が来る。直ぐに援護を行え、それが主上の意思である」


 白起は敵軍の攻撃に対して、的確な指示を出していく。


 そして、合従軍の攻撃が止むと秦兵たちは歓声を上げる。


「白将軍、白将軍、白将軍」


 兵たちは一斉に白起を称える。


「いっそのこと出陣して敵軍を破りましょう」


 興奮したままそう言う彼等に白起は首を振る。


「諸君の罪深き者を討ち果たしたい強い気持ちはわかる」


(皆、主上のご意志を汲み取ろうとしているのだ。胸が熱くなる思いだ)


「しかし、あの者らはずる賢い者たちだ。下手な出陣によってもたらされる結果に私は恐れているのだ」


 白起は胸に手を当て言う。


「私(本当は主上と言いたい)は同志たちの命がそのために失うことを恐れる」


「将軍……」


 兵たちは一斉に白起に拝礼など頭を下げる。中には涙を流す者さえいた。


(ああ、主上のご意志を理解しているのだな。素晴らしい信仰だ)


 それを見ながら白起は頷いた。










「白将軍って、変わった人だよな」


「ああ、なんか変な言葉ばかり並べていうしな」


 秦兵たちはよくそんなことを話していた。


「主上ってなんだ?」


「さあ?」


 白起が函谷関に着任した時、兵たちに主上の意思とその素晴らしさを語ったが、聞く秦兵の誰もが唖然としたまま聞いていた。


(なんか変なやつが来たぞ)


 それが秦兵たちの第一印象であった。


 一方、白起はそんな彼等に主上の意思を自分の口下手で伝わらないのだと反省していた。


「でもよお」


 すると白起の姿が見えた。慌てて秦兵たちは敬礼する。白起は戦の最中、ほぼ毎日、巡回を行っていた。


「怪我はありませんか?」


 白起は秦兵たちに優しく話しかける。


「ありません」


「そうですか良いことです」


 そう言うと白起は巡回の続きを行った。もし、怪我をしている者を見つけると白起は自ら治療にあたった。彼の部下たちはそういった行動に将と兵のメリハリが無くなると諌めたが、白起はこう答えた。


「同志が苦難にいる時に何故、同志と苦難を共にしないのか」


 そう言って彼は改めることはなかった。


 今までの将軍とは違う。秦兵たちはそう思うようになった。また、最初の頃の夜に数人の秦兵を呼ぶと函谷関周りの地図にいくつかの印のあるところを指さした。

 

「主上の意思はここにあります。罪深き者がここから侵入しようとします。故に我々はここに行き、侵入を防がなければなりません」


 まさかそんなところからと思う秦兵は多く、最初は白起の言葉に半信半疑であったが、合従軍の兵が現れると白起が斬りかかるところを見て、白起の言うとおりであったことを皆、知った。


 それからも白起の指示は的確で敵軍のやることを潰していく。次第に皆、白起の言葉を信じ、信頼するようになった。


(白将軍の言葉を信じなければならない)


(あの方に従えば良いのだ)


 秦兵たちは白起を大いに敬愛するようになった。


「変なことを言うけど、良い将軍だ」


「そうだ。それだけで俺らは戦える」


 彼等の白起への敬愛によってここの軍は常に士気が高い軍となった。


 この軍こそ、後に天下を震撼させることになる白起の率いる秦最強の軍となるのである。








 白起は上から五カ国合従軍を見ている。


(相手の軍の守りは硬い。これを破るのは用意ではないし、陣形を変える速さは脅威だ)


 白起は主上などを抜きにして、孟嘗君の軍を見た。


(付け入る隙が無い)


 もしここの秦兵を鍛えずに野戦をすれば敗れていた可能性の方が高いであろう。


「慌てることはない。罪深き者への救済はいつでもできるのだ」


 白起はそう呟いた。







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