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夢幻の果て  作者: 大田牛二
第四章 天秤傾く
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本性

遅くなりました。

 孟嘗君もうしょうくんは斉に戻るとすぐさま、宰相の地位に復権し、対秦の意思を表明。韓、魏、趙、宋の四カ国へ合従軍の結成を呼びかけた。


 一番、この合従に参加しなそうな趙に対して、孟嘗君は蘇代そだい蘇厲それいを派遣することにした。


「二人共、念の為に趙の主父が答えを明確にしなかった時のためにこう言ってくれ、『中山への侵攻に対して、我が国は介入しないことを約束する』と、いいな?」


「わかりました伝えましょう」


「これでだいぶ交渉はしやすくなっただろうね」


「そう願うよ」


 孟嘗君はそう言って、二人を見送った。


 屋敷に戻ると客人が来ていると報告を受けた。


「会おう。呼んでくれ」


 孟嘗君は部屋に入り、客人を待つと客人がやって来た。


「中山の楽毅がくきです」


「久しいな。さあ座りなさい」


 彼は楽毅に座るように言うと使用人に簡単な食事を出すよう指示を出した。


「さて、どのようなご用かな?」


「ご真意を確かめに参りました」


「真意とは?」


 楽毅は以前会ったような孟嘗君の優しさを感じないまま言った。


「対秦への合従軍についてです」


「ふむ、何か問題でもあるかな?」


「問題は趙を入れることです」


 思わず、楽毅は声を荒らげた。


 確かにこの合従が成立することは斉と趙の関係修復ということになり、趙に斉、魏と結ぶことで対抗していた中山は一瞬にして、外交的孤立を招くことになる。


 それを独断で進めていることに楽毅は意見を申し出に来たのである。


「秦と打ち破るには趙の力もいるという判断を下したまでだ」


「中山を見捨てると申されるのですか」


「そう取ってもらっても構わない」


 楽毅は拳を床に叩きつける。


「そのような傲慢な考えが通るとお思いか。それで良いとお思いか」


「ならば、問う」


 孟嘗君は彼に指を差した。


「君の国に秦との戦いに有効な力を持っているかい。韓、魏、趙、宋と並ぶほどの国力が力があると言えるかい。君の国は幼君が立ち、碌な治世も行えない。そんな国を強大なる秦と戦う仲間として加えることができるかい。計算できるかい。無いだろう。力の無い国を頼ることは私はしない」


「ならば、何故以前、中山を助けたのですか。助ける求める手を振り払うと言うのですか?」


 楽毅はなおも食い下がる。


「以前の私ならば、ここでそのような言葉を君に語りかけただろう」


 孟嘗君は目を細める。


「はっきり言おう。あの時、君たちを助けたのは趙への牽制でしかない」


「わかっていたことでしたが、あなたがおっしゃられるとは思っておりませんでした」


 楽毅はそう呟いた。


「あの時、我が国を助けようとしてくれたあなたはそのようなことをおっしゃられることはなかったでしょう」


「そうだろう」


 孟嘗君は彼の指摘に笑う。そのとおりだからである。


「以前の私ならば断るのであっても綺麗な言葉を持って答えていたことだろう」


 彼は寂しそうにそう言った。


「私は自国に、他国に、そして……友に裏切られた。それを理解した時、私は自分の中の抑えきれない怒りを知ることとなった。そして、自分はその怒りの中でいることに心地よささえ感じている」


 その言葉に楽毅は何も言えなかった。


(この人は……)


「わかりました。もうこれ以上、申すことはありません」


 楽毅は頭を下げると立ち上がった。


「亡命する時は全力を持って守る。これは約束しておくとしよう」


「ありがたいお言葉です」


 楽毅はそう言って、孟嘗君の元を去った。その後、一人部屋に残る孟嘗君は呟く。


「ああ、私も変わったものだ。本当に……」


(いや、本当の私は元々そうなのではないか?)


 ふと、孫臏そんぴんのことを思い出した。そう初めて会った時のことである。


 じっと彼は自分を見ていた。そして、にやりと笑ったのを覚えている。


『孫臏先生は何故、私を父上と会わせようとするのですか?』


 かつて孫臏に言った言葉である。この人に会わなければ、斉に行くことはなかっただろう。


『さあね。なんでだろうねぇ』


 彼はくすくすと笑う。


『最初はあまり理由はなかったね。でもさ、面白さを感じてさ』


『面白さですか?』


『そう、なんというのかな』


 孫臏は両手を合わせて言った。


『一つの芸術作品を残すような感覚さ』


 その時の意味を完全に理解することはなかった。今でも理解できていない。


 だが、最後に孫臏が自分に言った言葉のことは理解できていた。あの時、死を前にして孫臏は全てを語ったわけではなかったのだ。


 孟嘗君の前に孫臏の亡霊のようなものが見える。


『恐らく君は(私のような)たくさんの者を殺す存在となります』


「そういうことだったのでしょう孫臏先生……」


『(本当の自分を認めて)大志を胸に存分に生きなさい』


 孫臏は自分の歪みを見抜いていた。それ上で彼は自分の兵術を授けた。


「私はなりたかったのだ。良い人というものに、そんなことはできもしないのに……」


 孟軻もうかや彼を通じて知った聖人たちのような人々のように……


『言ったでしょう』


 孫臏は彼の肩に手を置く。


『「兵術はたくさんの人々をどのように効率よく殺し、自軍は殺さないかを極めるものです。あなたが私から学んだものはそう言ったものだということを理解しなさい」と、それを学んだ君が良い人になどなれようがないではありませんか』


「ええ……そうですね……」


 孟嘗君が呟くとくすくすという声が聞こえて、そのまま消えていった。





孟嘗君は前作も含めてメンタルで最弱クラス。

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