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夢幻の果て  作者: 大田牛二
第四章 天秤傾く
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鶏鳴狗盗

荘周そうしゅう先生、何故ここに?」


 孟嘗君もうしょうくん田文でんぶんはそう訪ねた。


「そんなことはどうでも良い」


 荘周は手を振る。


「ですが……そうですね……先生はこの状況に虚があるとおっしゃられました。それはどういう意味でしょうか?」


「物事には必ず意味がある。お前を捕らえるだけならば、もしくは殺すだけならばもっと強引な手を使っても良いはずだ。しかし、それを行おうとしていない。それは何故か?」


「私を捕らえようという意思はあるが、穏便にしたい。もしくは迷いがある」


 孟嘗君の言葉に荘周は頷く。


「そうだ。これを主導している者に、いや者たちに考え方の一致が無いと思うべきであろうな」


 彼の言うとおり、秦の昭襄王しょうじょうおうは楼緩の言葉に従い、孟嘗君を捕らえようとしたが、殺そうとまでは考えなかった。いや決断できなかった。孟嘗君の名声を恐れたのである。


 孟嘗君は狗盗を見る。


「秦王は好色であるとのことだ。秦王の幸姫に助けを求めることはできるだろうか?」


「お任せあれ、これでも侵入するということにおいて、私より右に出る者はいません」


 狗盗はそう言うと密かに屋敷の包囲を脱出し、秦の後宮に侵入した。


 天下に名高い孟嘗君からの頼みということで、その姫は願いを叶えようとした。しかし、そこに条件をつけた。


「狐白裘(狐の腋の皮で作った高価な大衣)が欲しいと言うのか」

 

 孟嘗君は頭を抱えた。確かに狐白裘を以前は持っていた。しかし、それは昭襄王に謁見した時に献上してしまっていた。


「無い物を渡すことはできない」


 その言葉に荘周は言った。


「無から有を作る訳では無いにも関わらず、何故、悩むのだ」


「しかし、先生……」


「孟嘗君、私にお任せよ。私が狐白裘を渡してみせます」


 狗盗はそういった。


「どうやって渡すのか?」


「狐白裘のある場所は既にわかっております」


 孟嘗君は説明を求める。


「狐白裘を秦の蔵から盗み、それを姫に渡せば良いのです」


「なるほど、そう言うことか。では、頼めるか?」


「お任せあれ」


 狗盗は再び、包囲から抜け出すと素早く秦の蔵に忍び込み、狐白裘を盗み出すとそれを姫に献上した。


「これがあの狐白裘なのですね」


 姫は約束通り、寝室で昭襄王に孟嘗君の命乞いを行った。


「孟嘗君は何も罪を犯していないのです。そのような方を捕らえてしまえば、王様の評判はとても悪くなりますわ」


 彼女の言葉に昭襄王は心動かされ、孟嘗君の屋敷の包囲をやめるよう通知した。


「助かった」


 孟嘗君は安堵する。


「まだだ。まだ、完全には危機を脱していない」


 荘周がそうたしなめる。


「そうですね。早く、秦を脱出しよう。秦王の気が変わらぬうちにな」


 孟嘗君は食客たちと協力して、秦から脱出を行うことにした。その時、ある一人の食客が姿を消していた。












「孟嘗君が逃げると言うのか……」


 その食客は楼緩の元に行き、孟嘗君たちが脱出を図っていることを伝えた。

 

「良く伝えてくれた。褒美を取らそう」


 楼緩は内心では舌打ちしながらその食客に褒美を与えた。


「秦王め甘い男だ。おのれ孟嘗君、逃がしてたまるか」


 彼は趙の武霊王ぶれいおうから送られてきた刺客たちを使うことにした。


 孟嘗君は馬車に乗り、急いで暗い秦の都の市場を走っていた。


「孟嘗君、もうすぐ門です。ここを抜けて関所を抜ければ、追っ手が来たとしても追いかけることはできないでしょう」


「ああ、そうだな急ぐぞ」


 孟嘗君はそう指示を出しながらもため息をつく。


「しかし、何故、秦は心変わりをしたのか」


「お前は持ちすぎたのだ」


 荘周がそう言った。


「持ちすぎですか?」


「ああ、そうだ食客も名声も地位も何もかもをお前は持ちすぎている。だからその反発が起こっている。秦だけだと思っていると足元を掬われるぞ」


 そう言いながら荘周は周囲をキョロキョロと見渡す。


 孟嘗君一行が門に向かっているとそこに黒装束の男たちがやって来た。


「追っ手か」


 食客たちは一斉に剣を抜くと黒装束の男たちも剣を抜き、襲いかかってきた。


「こいつら訓練された連中だ」


 狗盗が剣で戦いながらそう言う。それに鶏鳴が同意する・


「ああ、そうだな。しかし、こいつら変だぞ」


「変って何が」


「こいつらの言葉に趙の言葉が混じってやがる」


 鶏鳴は耳がずば抜けて良い。そのため微かな黒装束の声から聞き取ったのである。


「孟嘗君、こいつら趙人かもしれません」


「なるほど、確か秦の宰相は趙人であったはずだ。そいつの手のものだな」


 その時、黒装束の男の一人が孟嘗君の乗る馬車に飛びかかった。


「覚悟」


 黒装束の男は剣を振り下ろす。それを孟嘗君は剣で受け止めようとした時、


「違う」


 荘周が叫び、孟嘗君の左袖を掴むとそのまま馬車から引きずり下ろした。


「先生っ」


 孟嘗君はぎょっとしながら勢いよく馬車から落ち、転げるように馬車から離れて立ち上がると荘周を見る。


「何をなさるのか」


 そう叫んだ時、彼の目の前で異様な光景が見えた。先ほど、飛びかかってきた黒装束の男を白銀の鎧の男が胴体を横一線に切り裂かれている光景である。


「後ろから私を切り殺そうとしていた者がいたのか」


 いつの間に後ろにいたのかと孟嘗君が思っている中、白銀の鎧の男は近くの黒装束の男と食客を瞬く間に切り殺した。


「なんだこいつは」


 孟嘗君が唖然とする中、白銀の男は孟嘗君を見た。


「ああ、愚かなる罪深き者よ。罪深き者の罪を知りながら、それを助長させている大罪人・孟嘗君、汝に慈悲など無い。主上の慈悲も許しも汝には与えられるべきではない。誅さなければならない」


 白銀の男、白起は孟嘗君を見据えながら、孟嘗君に向かって踏み込んだ。すると彼と孟嘗君の間に荘周が割って入り、ふた振りの剣で白起の剣を受け止めた。


「奇術師」


「やあ、久しいな」


 白起は荘周から距離を取る。


「罪を増長させるものを守るとは……なんと罪深いことか」


「罪などというものは立場の違いで変わるものだ」


 荘周は孟嘗君の方へ振り向く。


「これの相手は任せろ。これは人の手には余る」


 荘周がそう言うとすぐさまに白起は彼に向かって、剣を振るう。それを荘周はふた振りの剣で防ぐ。


「早く行け」


「わかりました」


 孟嘗君は頷き、食客たちと共に趙の刺客と戦いながら、秦の都を脱出した。

 

 孟嘗君一行は大急ぎで秦都を出て函谷関まで来ることができたが、夜遅くであるため函谷関の門は閉じられていた。


 秦の法では鶏が鳴かなければ関門してはならないことになっている。もうすぐ日の出の頃であろうが、鶏は鳴いていない。その間にも追手は迫っている。


「どうするべきか」


 すると鶏鳴が言った。


「私にお任せあれ」

 

 彼は孟嘗君の前に立つと彼は鶏を真似て声を上げた。すると野鶏たちが次々に鳴き始めた。


「うん、もう朝か」


 函谷関を守っている兵は欠伸をしながら門を開けた。


「良し」


 孟嘗君一行はこの隙を突いて、秦から脱出した。


「荘周先生……どうかご無事で……」


 彼は遠ざかる函谷関を見ながらそう呟いた。













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