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夢幻の果て  作者: 大田牛二
第四章 天秤傾く
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乱世の風景

二日も投稿できず申し訳ありません

 趙軍が中山へ侵攻した。


 強兵と言うべき、趙の兵を前に中山の兵は何もできないまま敗れていくだだけであった。


「何もできないですな」


 紀昌きしょうが弓を引きながら楽毅がくきにそう言った。


「仕方ありません。今の私は武官ではありませんから」


「はあ、国に仕えるとはかくも面倒なことでございますなあ」


「ええ」


 紀昌は矢を放った。矢は勢いよく真っ直ぐ行き、的を射抜いた。


「お見事」


 楽毅は素直に称賛した。


「紀昌殿の弓術はお見事としか言うほかありませんな。どのようにして、それほどの腕前を?」


「毎日、弓を射ることですよ」


「なるほど」


 どのような妙技であろうとも小さな鍛錬によって得ることができるものだ。


「近道などないか」


 それが現実であり、だからこそ人は努力するのである。


 中山を攻めた趙では恵后が死んだ。


 恵后は趙の武霊王ぶれいおうの最初の后で、太子・しょうの母である。恵后が死んだため、武霊王は以前から寵愛をしている呉娃(孟姚。娃嬴)を正室にした。

 

 武霊王は周袑に胡服を着させ、王子・何(孟姚の子)の傅(教育官)に任命した。








 

 

 

 この年、楚では大事件が起きていた。

 

 斉・韓・魏の三国が垂沙で楚を大破した頃、荘蹻起義が起きたのである。起義とは民衆が政府に対して叛旗を翻すことである。


 荘蹻はその民衆たちの指導者である。


『荀子(議兵篇)』においてこの事件のことをこう書き記している。


「楚は兵が垂沙で敗れ、唐蔑が死に、荘蹻が挙兵して、その国土が三四に分裂することになった』

 

 挙兵した荘蹻の声勢は非常に大きかったため、楚の官吏は鎮圧ができなかったのである。


 更に『韓非子(喩老篇)』では、


「荘蹻が境内で盗(反乱軍)となり、吏はこれを禁じることができなかった。これは政治の乱れとしか言いようがないだろう』


 と述べている。

 

 更に荘蹻は楚を三四に分裂させただけでなく、楚都・鄢郢にも攻め入った。彼の暴虐はあまりにも凄まじく、『呂氏春秋』において彼の暴虐を長平の戦いと同列としているほどである。


 荘蹻は首都を襲撃した後も楚の領内を暴れまわった。更には彼は後世の記録において時期の混乱があるものの、王を名乗ったと言われている。


 楚は彼の暴虐さに手を焼き、楚はとんでもない申し入れを彼にした。それは楚の将軍にするというものである。


 荘蹻はこれを受け入れ、楚の将軍となった。


「国を散々に乱し、国民を殺した男が一転、国を守る将軍か」


 荘周そうしゅうは荒れ果てた楚の村々を見ながら呟く。


「不思議だね」


 その隣で笑うのは黄石こうせきである。


「たくさん殺せば、将軍になるのかなあ」


「さあな」


 二人は互いに目を合わせずに話す。


「正に乱世だね」


 黄石がそう言うと荘周は笑いながら言った。


「まだまだ、これから起こることこそが乱世というものさ」











 紀元前300年


 秦の華陽君・羋戎(秦の宣太后の弟)が荘蹻によって荒らされた楚へ侵攻した。


「兄上に預かったあの男を使って、功績を挙げてやるとしよう。白起はくき


「はい」


 羋戎は白銀の鎧を着ている白起を呼ぶ。


「楚の罪深き者を殺してこい」


「承知しました。天上におわす主上のために、参りましょう」


 そう言うやいなや、白起は軍から飛び立つと秦軍を阻むための軍に向かって駆け出した。


 白起の凄まじき武勇もあり、楚軍・三万人は殺され、楚軍の大将・景缺も白起に斬り殺された。更に秦軍は襄城を陥落させた。


「正に乱世ここに極まりかな」


 荘周は呟く。その後ろでは黄石が震えている。


「怖いか?」


 荘周は黄石にそう問いかけた。


「あれは何ですか?」


 黄石は視線の先を指差す。その先にいたのは白起と彼よって殺された村人たちの死体が折り重なっている。


「助けてくだせぇ。私らが何をしたというのですかぁ」


 村人が必死に白起に命乞いをしている。それを見ながら白起は優しそうな表情を浮かべている。


「嘆くことはない」


 白起は村人の肩に手を置く。


「これは主上による救いなのです」


 彼は静かに剣を上げる。


「さあ、主上への賛美を歌いなさい。そして、称賛を、救いを求めるのです」


「た、す、け、て……」


 白起は村人の首を飛ばした。


「あれは人ですか」


 黄石は震える。目の前の男が人であるとは思えなかった。


「人さ」


 荘周は静かに言う。


「あれもまた、人の形の一つさ」


 その時、白起は荘周と黄石の方に目を向けた。そして、そのまま間髪入れずに剣を投げてきた。


 黄石は逃げようとするが、それを荘周は止めた。剣は彼の右腕を少し掠り、そのまま剣は木に刺さった。


「可笑しいですね。確実にあたるように投げたのですが……」


 白起は腰につけていたもう一つの剣を抜いて、二人の元へ歩いていく。一方、荘周は血の出ている右腕を抑える。


「やれやれ未だ木鶏に足り得ずか」


 木鶏とは闘鶏における最強の状態のことで木彫の鳥のように何事にも動じないことを言う。


 かつて紀悄子という鶏を育てる名人がおり、闘鶏が好きな王が闘鶏のための鶏を彼に鶏を預けた王は、十日ほど経過した時点で仕上がり具合について下問した。すると紀悄子は、


『まだ空威張りしており、闘争心があり過ぎますのでいけません』


 と答えた。


 更に十日ほど経過して再度、王が下問すると


『まだいけません。他の闘鶏の声や姿を見ただけでいきり立ちます』


 と答えた。


 更に十日経過しても、


『目を尖らせ、己の強さを誇示していますので、話になりません』


 と答えた。


 さらに十日経過して王が下問すると、


『もう良いでしょう。他の闘鶏が鳴こうとも、全く相手にせず、まるで木鶏のように泰然自若としています。その徳の前に、かなう闘鶏はいないことでしょう』


 と答えたという。


「あれほどの人を虐殺しておいて、まだ足りないというのか」


 荘周は白起に向かって言う。


「これはこれは心外です。私のは虐殺ではありません」


 白起は首を振り、足を踏み抜き荘周へ剣を突き出す。


「慈悲です」


 荘周に向かって、放たれた剣先を間一髪で荘周は黄石を抱えながら転がるように避ける。


「かくも人とは……」


 荘周は笑う。


「可笑しきものだ」


 白起は更に追撃をかける。荘周は黄石をそのへんの茂みに投げ込むと胸元から布を取り出す。その布は大きくなり、白起の目の前を覆う。


 剣でその布を切り裂くがそこには荘周も黄石もいなかった。


「奇術の類か」


 白起は主上へ一旦、祈るとそのまま立ち去った。


「やれやれ、行ってくれたか」


 荘周は林の中で呟く。


「人というものは怖いですね」


 黄石はそう呟いた。


「だからこそ、人とはかくも面白きものなのだ」


 荘周は秦軍によって壊滅した村々を見ながら言った。











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