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夢幻の果て  作者: 大田牛二
第四章 天秤傾く
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名将の軍略、王者の軍略

 楚が斉から離れて秦と同盟した。


 楚出身である魏冄ぎぜんらが権力を握ったことによって、楚は外交方針を変えたのである。

 

 秦の昭襄王しょうじょうおうは即位したばかりであったことから、楚に厚賂を贈った。楚は秦に使者を送って婦人を迎え入れ、秦も楚に来て婦人を迎えた。双方共に婦人を娶ったのである。

 

 これに何度も反対した屈原くつげんであったが結局、聞き入れられなかった。

 

 紀元前304年


 昭襄王と楚の懐王かいおうが黄棘で会盟し、秦は楚に上庸を還した。

 

 楚の吾得が軍を率いて秦と共に韓を攻め、綸氏を包囲した。魏の翟章が軍を援けるため、南屈に駐軍した。

 

 紀元前303年

 

 秦が魏の蒲阪(または「蒲反」)、陽晋(または「晋陽」)、封陵(または「封谷」)を取り、かつて韓に渡した武遂を取った。

 

 楚が合従を裏切って秦と命を結んだため、斉、韓、魏が共に楚を攻めた。

 

 懐王は太子・横を質(人質)にして秦に救援を請うた。これに答え、秦の客卿・通が楚を援けたため、三国は兵を退いた。

 

 

 







 趙が中山を攻めた。


 趙軍は順調に中山の領地を進行し続けた。


「あまりにも中山が弱いと狩りとしての面白さすらない」


 趙の武霊王ぶれいおうは面白くなさそうにそう言った。


「ええ、中山には我らの敵となる者はいませんね」


 周りの諸将もそう思った。


 何かが弾く音が聞こえた。


 その時、先鋒の馬に乗っている諸将が吹っ飛んだ。頭には矢が刺さっている。続けて、矢が別の諸将に向かって放たれた。


「どうした」


 先鋒の方が慌ただしくなったため、武霊王はそう言うが、その間にも先鋒の諸将、兵が射殺されていく。


「何をしているさっさと盾を構えろ」


 武霊王はそう命じた。


 この時の趙軍にはある意味、ちょっとした悪癖が出ていた。武霊王の意思統一され過ぎて、応用力に欠けていた。


 彼の命令に従い、先鋒の兵たちは盾を構え、矢を防ぐが、ある一つの矢はあまりにも威力が大きく、盾を吹き飛ばされる者もいた。






「はあ、駄目だ」


 弓を持っている男がため息をつく。


「はあ、盾を貫けない」


 彼は矢を構え射抜くが盾を弾くに留まる。


「十分です。紀昌きしょう殿」


 楽毅がくきは後ろから励ます。


 彼と紀昌が出会ったのは、中山が趙に惨敗してからすぐのことである。たまたま弓術の鍛錬をしているところを見かけ、自分の食客としたのである。


「次は馬を狙ってください。盾と言えども人も馬も全て守れない」


 彼は紀昌を始め、彼に鍛えられた弓術隊に趙軍へ射掛けさせる。






「王、今度は馬を狙われています」


 兵が武霊王が尋ねる。


「我らの機動力を削ごうというわけか」


 先ず、弓で行軍の足を止め、盾を構えたところで機動力の権化である馬を始末していく。


「王、矢を射かけているのはあそこの小高い丘です」


 諸将がそう言うと盾を構えながら丘を制圧に動く。それを見た中山軍は後退していく。


「このまま騎馬隊で突撃をかければ、小賢しい連中を打ち破れます」


(無理だな)


 武霊王はそう思った。相手はこちらの機動力を削ごうと動こうとしている。


(その相手があっさりと丘にいるところをあっさりと受け渡す動きをする。その意味は?)


 丘に登るとその下に中山軍がいた。そこに騎馬隊が丘を下っていくが、そこに、


「縄を張れ」


 楽毅が叫ぶ。すると駆け下りていく途中で、縄がピンと伸ばされる。そこに勢いがついていた騎馬隊はそれに引っかかり、馬から兵たちから落とされていく。


 そこへ中山兵が落ちた趙兵をタコ殴りにしていく。


「やはり罠があったか」


 武霊王は目を細める。


「馬から降りろ。慎重に相手と戦え」


 彼はそう指示を出す。


「敵は森の中に入ってきます」


「罠で警戒しながら進め」


 武霊王の指示に従い、趙兵が進む。しかし、森の中には落とし穴など罠が多く、中々進むことができない。


「兵を退かせてから燃やせ、森を焼き払うのだ」


 そう武霊王が指示を出した瞬間、森から火があがった。


「どういうことですか」


「中山の将は手早いということだ」


 森の中にあった趙兵が燃やされていく。


「見事だ。こちらの強みを尽く潰しにかかっている。兵の質だけでの勝負に持っていかないようにしている」


 中山と戦ってきたが、このような戦い方をする者はいなかった。


(小国に名将有りか)


「報告します。敵軍はこれより先の地に敵が陣を構えております」


 武霊王は目配せして、兵に地図を出させる。


「この先は入口が小さく、守りやすく攻めづらい地になっています」


「徹底しているな」


 敵の手腕が確かであることを武霊王は関心する。


「下手に戦わないように兵たちに指示を出せ良いな」


「しかし、それは敵に思うツボでは?」


「仕方ない。今はこれが最善だ」


 武霊王は目を細める。


「それにお前たちは視野が狭すぎる。もっと広い視野を持たなければならない」


 彼はそう言った。










「趙軍の足止めには成功したか」


 数十日、趙軍と中山軍は睨み合っていたまま膠着状態となっていた。


 趙軍の脅威は胡服騎射による機動力とそれを維持したまま行われる弓術である。


「元々この国は堅牢な地の利がある。それを行かせて相手の機動力を削ぐ」


 楽毅はそれを徹底的にそれを行った。


「時間を稼いで、相手の食料を失えば相手は遠征軍は退くしかなくなる」


 それが彼が考えた戦略であった。


「はあ、そう上手くいくかな?」


 紀昌はため息をつきながらそう言った。


「現にこうして、上手くいっているでしょう?」


「しかし、よく見てごらん。敵軍の軍勢に違和感を感じない?」


 楽毅は趙軍を見た。最初は彼の言う違和感を感じることはなかった。だが、しばらくして気づいた。


「軍勢が減っている」


「はあ、いつの間にかああなっている」












 武霊王は数十日間にわたり、楽毅の軍勢とにらみ合いながら少しずつ兵を軍勢から切り離し、別の道から中山に地域制圧へ動かせていた。


「目の前にいる将は名将だ。我が名にかけて誓っても良い」


 彼は笑う。


「では、あそこで叩かなくとも良いのですか?」


 諸将は武霊王に訪ねた。それほどの男をここで打ち破れば良いのではないか?


「私がもし、この国の王であり、この国の軍事を担う者ならば、あの者がここで時間を稼ぎをしているときに私ならば三つ行う」


 彼は指を三本上げて言った。


「一つ、軍の連携を持って我が軍を打ち破る。二つ、この間に完全なる防御陣を築いて、侵攻を阻止させる。三つ、時間稼ぎを行っている途中で外交的交渉を行う。または他国との外交を持って我が国に侵攻させる。この三つを私は行う」


 彼は指を曲げると続けて言った。


「だが、この戦において一切、そのような動きは見当たらなかった。つまり、あの軍と他の軍、政府が連携を行えていないことを示唆している」


 連携していないとわかれば、その隙を突けば良い。


「このような連携を取れていない以上、いつまでもあれと付き合うことはない。我は王ぞ。小物と付き合う暇は無い」


 こうして進みづらい道を通りながら、趙軍は楽毅の軍を無視して侵攻した。









「目の前で軍を動かしていることに気づかないとは……」


 なんという失態だろうか。楽毅は拳を握り締め、体を震わす。


「はあ、困ったものですね。さて、どうなさるのですかね?」


 紀昌がそう言うと楽毅は葉を噛み締めながら考え始める。


(下手に動けば、目の前の軍に侵攻を許すことになる。しかし、このままにらみ合ったままでは、あの軍から別れた軍によって我が国は荒らされる)


「厳しいな」


「はあ、あなたよりも趙王の方が上手だったということですな」


「それだけで済むならば、戦も簡単なのですがね」


 この状況を打開し、国の危機を救うにはと考え彼は兵たちを見る。中山の侵攻に何もできなかったことから必死に鍛え上げてきた兵である。これから行う戦は彼等を多く失うかもしれない。


「国を救わなければ」


「この国に救う価値はあるのかい?」


 紀昌はそう言った。


「救う価値など関係無い。私はこの国の軍人。軍人としての本分を全うするだけだ」


 楽毅は指示を出した。


「これより、前方の敵に突撃を持って打ち破り、反転して首都に迫る軍を破る」













「つまらんな」


 楽毅の軍を避けてからあまり強い軍にあたることなく中山への侵攻を進めていた。


「我が軍を強くしすぎたかな?」


 あまりにも戦の実力に差がある。


「もう少しあの軍と遊んでおけば良かっただろうか?」


 武霊王はそう呟いた。面白みの無い戦を前にあの時の相手との戦を思ったのである。


「だが、それではこの国を制圧するのに時間が掛かりすぎる」


 国の長としては必要以上、国を空けることは好まれない。


 その時、武霊王は寒気を覚えた。


「報告します。後方より血まみれになった敵軍が迫ってきてます」


 武霊王は後方を見た。


 血まみれになっている軍が見えた。


「あの軍だな。目の前の軍を突き破ってここまで来たのか」


 武霊王は笑った。


「敵軍を率いる将の名を知っている者はいるか?」


「楽毅だそうです」


「そうか楽毅か。良かろう、認めよう楽毅よ。お前はこの王たる私に挑む資格がある。全軍に告ぐ。目の前の軍を無視し、後方より迫る敵軍に備えよ。敵は強敵なり、全力を尽くせ」


 武霊王は笑う。


「これほどにも戦とは楽しいものであったか」


 その時、兵がやって来た。その報告を受け、武霊王は目を細めた。











「趙軍だ」


 血まみれになりながら楽毅は呟いた。ここにたどり着くまでに激戦を繰り広げてやって来た。疲労の方が大きいが、そうは言ってられない。


「前方の敵軍に突撃ぃ」


 手を振り下ろそうとした。その時、使者が駆け寄ってきた。


「中山と趙の間で和睦交渉が行われます。これ以上の戦闘の継続を認めない。これは王命である」


(王命……だと)


 楽毅は振り下ろそうとした手を震わせる。


(ここまで来て、必死に鍛えた兵を失って、それにも関わらず王命だと)


 彼は手を振り下ろそうとした。


「楽毅殿、それはこの国の軍人たる本分か?」


 紀昌がそう言った。


 その言葉に楽毅は歯を噛み締める。


「王命に従う」


 楽毅は天を仰いだ。













 こうして中山と趙のこの度の戦は終わった。


 趙は中山の領地の受け渡し及び楽毅の軍勢の解散を条件とされ、中山はそれを受け入れた。





 

 

 

 

 

 

 


 


 

 


 

 

 

 

 

 




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