表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢幻の果て  作者: 大田牛二
第四章 天秤傾く

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

69/186

趙と中山の戦い

 紀元前306年

 

 楚が韓の雍氏を攻めた。

 

 秦が楚を丹陽で破った時(紀元前312年)、韓が楚を援けなかったため、楚の懐王かいおうは韓を怨んでいた。そこで雍氏を攻めたのである。

 

 韓は公仲侈を秦に派遣して急を告げた。

 

 しかし当時の秦は昭襄王しょうじょうおうが即位したばかりで、政治の実権を握っている宣太后は楚人であるため、韓を援けようとしなかった。

 

 そこで公仲侈は個人的な付き合いがある甘茂かんぼうを通して援けを請うた。

 

 甘茂が昭襄王に言った。


「公仲侈は秦の救援を得られると信じているからこそ、楚に対抗しているのです。雍氏が包囲されたにも関わらず、秦軍が殽山を下らなければ、彼は首を仰がせて入朝しなくなり(秦に対して恭順ではなくなり)、韓の公叔も国を挙げて南の楚と同盟することでしょう。楚と韓が一つになれば、魏も従わざるを得なくなりますので、秦を攻撃する形が作られてしまいます。坐して人に攻撃されるのを待つのと、自ら人を攻撃するのとでは、どちらに利がありましょうか?」

 

 昭襄王は、


「善し」


 と言って兵を発し、殽山を下って韓を援けさせた。それを受けて楚は兵を還した。

 

 昭襄王は向寿を送って宜陽を按撫させ、樗里子と甘茂に魏を攻撃させた。

 

 樗里子が蒲と皮氏を攻める中、 甘茂が昭襄王に対して武遂を韓に還すように進言した。

 

 武遂は元々韓の地で、七十里離れた平陽には韓の先王の陵墓がある。前年、甘茂が宜陽を攻略した時、秦は武遂に城を築いていた。


 彼は韓との関係修復を図ろうとしていたためである。

 

 向寿と公孫奭は甘茂に韓を贔屓にしている反対したが、昭襄王は甘茂に従って武遂を韓に返した。

 

 二人は甘茂を怨んで讒言するようになった。


「どうすれば良いだろうか」


 昭襄王は魏冄ぎぜんに相談した。


「話しは単純です。甘茂は他国への贔屓がある。その者をどうするべきかということです」


「お前たちは楚への贔屓がある……そうではないか?」


 昭襄王の言葉に魏冄は目を細めた。


(この王は馬鹿ではないか)


 傀儡とするには難しい。だが、馬鹿であることよりは好ましい。魏冄はそう考えた。


「否定はしません。ですが、今の秦は魏、韓を攻めるというのが国の方針です。それを乱す真似を一国の将軍が行っている。その事実をどう捉えるかです」


 魏冄は決して、昭襄王を操ろうというわけではなかった。あくまでも昭襄王が判断を行うことを大切にしていた。


「わかった。考えることにしよう」

 

 この時、甘茂は魏の蒲阪を攻撃していたが、讒言の禍いを恐れ、蒲阪攻略をあきらめて亡命してしまった。

 

 樗里子も魏と講和して兵を退いた。








 その頃、 趙の武霊王ぶれいおうが中山の地に進攻した。


 その報告を受けて、中山は慌てて、軍を派遣したが、


「趙軍がいないだと」


 派遣された軍を率いていた楽毅がくきは現地での報告を受け、驚いた。


「趙軍はここ寧葭(または「蔓葭」)に至りましたが、その後、西に向かいました」


「西には林胡(儋林ともいい、胡人の部族)の地があるが……」


 趙の動きの意図がわからない。楽毅は趙の動きに不気味さを覚えながら、国境の警戒を強めるよう進言を行うことにした。


 趙軍は胡地に入って楡中に至り、林胡の軍勢と戦った。この戦は趙にとっては大事な戦であった。胡服騎射を行ってから初めての実戦なのである。初めての実戦を胡族にぶつけてくるところに武霊王の大した自信であると言って良いであろう。


 そして、十分に彼の期待に趙軍は答えた。林胡の軍を大いに破って見せたのである。

 

 林胡王は恐れて、馬を献上して和を求めた。


「良かろう」


 武霊王はあっさり同意すると帰国した。


 そして、楼緩を秦に、仇液を韓に、王賁を楚に、富丁を魏に、趙爵を斉に派遣した。また、代相・趙固に林胡の胡人を指揮させ、胡兵を集めさせた。


「さて、中山と戦うとするか」


 紀元前305年

 

 彗星が現れた。

 

 彗星は掃星(ほうき星)とも呼ばれ、それが現れると戦が起きると言われており、また、旧を除いて新に変えるという意味もある。

 

 趙が中山に侵攻した。


 趙袑が右軍を、許鈞が左軍を、公子・章が中軍を率い、武霊王が三軍を統率した。牛翦が車騎(戦車と騎兵)の将となり、趙希が胡と代の兵を指揮した。

 

 趙希が率いる胡・代の兵は隘路を通って曲陽で趙の諸軍と合流し、丹丘、爽陽(または「華陽」)、鴻之塞(または「鴟之塞」。関所)を取った。

 

 王軍は鄗、石邑(古城)、封龍(一名「飛龍山」)、東垣を占領した。


「あまりにも兵としての質が違い過ぎる」


 前線で戦う将の一人であった楽毅は趙軍の動きを見ながらそう呟いた。


「胡服騎射か」


 中山ではこれを行うのは無理であろうと楽毅は苦笑した。


「どうしたものかな」


 中山と趙の差はあまりにも大きい。それに趙は外交的にも中山を潰しにかかっている。


「戦略的に可能性を潰され、兵の質でも圧倒的。無理だな」


 理性的に考えれば、中山は趙に滅ぼされる。


「それでも父の愛した国だ……」


 愛した国ならば、守らなければならない。

 

 中山は四邑を趙に献上して和を求めた。


「良かろう」


 武霊王は同意して兵を還した。


「狩りはじっくりやるものだ」


 彼は笑った。

 

 

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ