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夢幻の果て  作者: 大田牛二
第四章 天秤傾く

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秦王死す

 大変遅れました。

 紀元前307年

 

 正月、趙の武霊王ぶれいおうが信宮で大朝(盛大な朝会)を催し、肥義ひぎを召して天下の事を議論させた。

 

 大会は五日にわたって開かれたという。

 

 

 





 この頃、秦の甘茂かんぼうが韓の宜陽を攻めていたが、五カ月経っても攻略できないでいた。

 

 そのため秦では樗里子や公孫奭が甘茂を批難し始めた。

 

 これを受けて、秦の武王ぶおうは甘茂を呼び戻して撤兵させようとした。しかし甘茂が、


「息壤は今もあの地にございます」


 と伝えた。あそこで行った約束をあなたは破るのかという意味である。


 武王は、


「その通りだ」


 と言って新たに大軍を動員した。

 

 援軍を得た甘茂は韓軍六万を斬首し、宜陽を攻略した。

 

 韓の宰相・公仲侈は秦に赴いて謝罪し、和を請うた。

 

 これで韓の大邑を落として良い気分になった武王は樗里子に魏へ侵攻するように命じて、自身は周に向かった。


 武王は力戯(力比べ)を好んだため、力士の任鄙、烏獲、孟説を大官に就かせていた。

 

 武王は周を窺うことが願いであったため、周に出向くと周王室に九鼎を出すように脅した。


 九鼎とは天子であることを象徴するものである。かつて春秋時代、楚の荘王そうおうが鼎の軽重を問うたことがあった時の鼎がこの九鼎である。


 その時は王孫満おうそんまんによってその九鼎が荘王の前に出てくることはなかったが、彼のような男はもう周にはいない。


 その九鼎であろう鼎が武王の前に出された。そうとう大きく重そうであったが、面白いことにこの鼎は複数あったようである。


 彼は自身も力自慢のため、この鼎で力比べをしようと言い出した。


 先ず、烏獲が鼎を持ち上げた。しかし、あまりにも大きかったためか中々持ち上げず、彼の両目から出血し始めた。


「ふん、言うほどではないな」


 孟説がそう言うと彼は鼎を持ち上げた。


「おお、流石だ。私も負けぬぞ」


 武王は思いっきり、鼎を持ち上げた。すると、瞬時に大きな力を出したためか。すぐさまに重いものを持ったためか。


 彼の血管が切れたため、出血して鼎に押しつぶされてしまった。

 

 慌てた孟説は武王の遺体を収めると帰国した。











「それで王は死んでしまったのか」


 使者を受け、彼を迎え入れたのは魏冄ぎぜんであった。


「そうだ」


 魏冄は目を細め言った。


「それで……王の死は現在、韓を攻めている甘茂将軍、樗里子将軍には伝えたのか?」


「いいえ、それはまだです」


「そうか……」


 孟説の言葉を聞いた魏冄は後ろに控えている男を見た。白銀の鎧を纏った青年である。


「この者は罪深き者である」


 彼はその青年にそう言った。傍にいた魏冄の弟の向寿はぎょっとした表情をする。すると青年は進み出た。


「罪深き者には天上に居られる主上のために救済を」


 青年が歩いていくのを見て、向寿は兄を見る。


「兄上」


 しかし、魏冄は何も言わない。青年は彼の隣を過ぎると剣を抜いた。


「何をされるおつもりか」


 孟説は叫ぶ。青年は答えた。


「救済を」


 青年は孟説の腕を飛ばした。孟説は叫び声を上げる。


「ああ、実に素晴らしき声だ。歌だ。さあ天上に居られる主上に捧げる称賛を、賛美を上げられよ」


 青年は笑う。


「きさまら何を」


白起はくき


「はい」


 白起と呼ばれた青年は魏冄の方を向いた。


「その者は王を殺した。大罪の者である。一族を含めな」


「貴様何を言うか」


 孟説が叫ぶのを邪魔するように白起は両手を伸ばした。


「それはそれは、実に罪深い。主上へ捧げ、すぐさまに救済を与えなければ」


 白起は孟説の首を飛ばした。


「同志を一部、お借りします」


「ああ」


 魏冄が頷くと彼は血しぶきが飛ぶ中、そのまま歩き去っていった。孟説の一族を皆殺しにするためである。

 

 ここまでの流れを見て唖然としている向寿はやっと口を開いた。


「兄上、何をされるのか。相手は王の寵臣だったのですよ」


「そうだ。寵臣を殺せば、我らは本来裁かれる。だが、裁く存在である王はもういない」


 魏冄は続けてこう言った。


「そして、王には子がいない」


 武王は魏の娘を娶って后にしていたが、子ができないでいた。


「次代の王は王の兄弟から選ばれることになる」


「つまり、兄上は」


「そうだ姉上の子、公子・稷を即位させる」


 彼等の姉は羋八子である。羋は楚の国族の姓。


 漢代は秦の制度を受け継いだため、漢制から秦の姫妃の名称を知ることもできる。漢代の姫妃の筆頭は皇后で戦国時代は王后である。


 その後に夫人、美人、良人、八子、七子、長使、少使と続く。美人は二千石とみなされ、少上造に匹敵し、八子は千石で中更に匹敵する。


「他の公子を立てれば、我らは排除される可能性が高い。ただでさえ姉上は先君の寵愛を受けていたからな。嫉妬する者も多い。例えば……」


「恵文太后」


「そうだ」


 恵文王けいぶんおうの王后であった女性である。彼女は誰よりも羋八子への嫉妬心をむき出しにしていた。


「恵文太后の主導によって他の公子が即位すると我々は始末されるということですか?」


「そうだ。そこで我らはそれを防がなければならない」


 恵文太后が自分の意のままになる存在を王位につければ、自分たちへ害を及ぼす。そうなる前に手を打たなければならない。


「しかし、問題があります」


 弟の言葉に魏冄は頷く。


「そうだ。公子・稷は燕にいる」


 秦からあまりにも遠いところに姉の子がいるのである。


「だが、今をおいてことを成さねば、我らに明日はない」


 魏冄は言った。


「お前は私兵を率い、姉上を守り宮中を制圧せよ。白起を用いてでもな」


「しかしながら兄上、それは一歩間違えれば、反乱を起こしたと見なされませんか?」


 向寿はそう言った。彼の言うとおりである。一歩間違えれば、私兵を持って宮中を襲ったとして、処刑されることになるだろう。


「だからこそ、そうならぬために釣り合わせるやり方を考えなければならない」


 宮中を制圧しても反乱と見なされないには、公子・稷を即位させなければならない。即位させるには燕、趙または中山へ送ってもらえるよう要請しなければならない。即位させたとして、それが認められるのか。それも考えなければならない。


(全てが釣り合うものにするためにも)


「弟よ。私は樗里子将軍の元に行く」


「何故、樗里子将軍の元に?」


 向寿がそう言ったが、魏冄は答えようとしない。


「我らのためだ。白起の使い方はわかるな?」


「我らに逆らう者は罪深き者である。彼等には救済を与えるべし。我らに従う者は主上のために戦わんとする同志である。殺してはならない。これでどうでしょうか?」


「それで良い。白起の使い方を間違えるな。良いな」


「はい」


「ここからはどこまで早く、正確に事を進めるかだ」


 魏冄の決断が突然に訪れた秦に危機を未然に防ぐことになるのである。







 


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