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夢幻の果て  作者: 大田牛二
第四章 天秤傾く

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甘茂

 紀元前309年

 

 秦が初めて丞相の職を置いた。樗里疾が右丞相に任命され、甘茂を右丞相に任命した。

 

 樗里疾は秦の武王ぶおうの父・恵文王けいぶんおうの弟で、武王の叔父にあたる。因みに樗里疾は渭南の陰郷に住み、そこには大きな樗樹があったため、樗里子と号した。

 

 甘茂は楚の下蔡の人だと言われている。地元で史挙という人物に師事していたという。張儀ちょうぎ魏章ぎしょうの推薦で秦に仕えた人物であるが、武王の信頼を受け、右丞相となった。

 

 この頃、 斉の湣王びんおうは従長(合従の長)になろうとしていた。

 

 湣王は楚と秦が連合することを嫌い、使者を派遣して楚の懐王かいおうに書を送った。因みに使者として行ったのは蘇代そだい蘇厲それいである。


 その書簡にはこう書かれていた。


「私は楚が尊名(王の称号。地位)について深く考慮していないのではないかと心配しております。最近、秦では恵文王が死に、武王が立ちました(武王は諡号であるが原文のまま)。張儀は魏に奔り、樗里疾と公孫衍(犀首)が用いられ、楚は秦に仕えようとしております」


 どうにも公孫衍は秦に戻ったようである。まあ張儀が魏に来たために秦に戻ったというべきだろうか?


 話しがそれた。続きを述べる。


「樗里疾は韓との関係を善くし、公孫衍は魏との関係を善くしております。楚が秦に仕えれば、韓・魏が秦・楚の同盟を恐れ、二人を通して秦との和を求めることでしょう。そうなれば、燕と趙も秦に仕えるようになります。四国が争って秦に仕えれば、秦にとって楚は郡県程度の価値しかなくなることでしょう。王はなぜ私と力を合わせて韓、魏、燕、趙を巻き込み、合従によって周室を尊び、兵を収めて民を休ませ、天下に号令しようとされないのでしょうか。天下には王の命に逆らう者がいないため王は名を成すことができます。その時、王が諸侯を率いて討伐すれば、必ずや秦を破り、武関、蜀、漢の地を取り、呉・越の富を自分の物とし、江海の利を独占することができます。韓と魏が上党を割譲し、楚の勢いは西の函谷関に迫り、楚の強盛は百万倍となることでしょう。そもそも王は張儀に偽られて漢中の地を失い、藍田で敗戦されました。天下は王に代わって憤怒しております。それにも関わらず、王は真っ先に秦に仕えようとしています。王の熟考を願います」

 

 懐王は秦との和親を考えていたが、この斉の書を見て躊躇した。群臣が集められたが、群臣の意見も分かれた。

 

 昭雎が言った。


「王は東の越の地を取られましたが、耻を雪ぐには充分ではございません。秦の地を奪ってこそ、諸侯の前で恥を雪いだことになります。王は斉・韓との関係を深く改善され、樗里疾を重んじるべきです。そうすれば、王は韓・斉に尊重されますので、土地を取り戻すこともできましょう。秦が韓の宜陽を破りましたが、韓はまだ秦に仕えています。これは韓の先王の墓が平陽にあり、平陽は秦の武遂から七十里しかないため、秦を畏れているのです。韓が秦に服していなければ、秦が三川を、趙が上党を、楚が河外を攻めて、韓は必ず亡ぼされることでしょう。秦と趙が韓を攻めた時、楚が韓を援けたとしても、韓の滅亡を防ぐことはできません。しかし韓を存続させようとしたのは楚でございます。韓は既に秦から武遂を得て河山(韓の西境)を塞とされました。韓が徳(恩)に報いる相手は、楚を置いて他にはございません。韓は早く王に仕えたいと思っていることでしょう。斉が韓を信用されているのは、韓の公子・昩が斉の宰相だからです。韓は既に秦から武遂を得ております。王はますます韓との関係を善くし、斉・韓に樗里疾を重んじさせるべきです。彼が斉・韓に重視されれば、その主(秦王)が彼を廃すことはありません。そこで楚がますます樗里子を重んじれば、樗里子は楚に感謝するため楚のために秦王に発言し、楚を侵して奪った地を返還することでしょう」

 

 懐王はこの意見を賛同し、秦との同盟を放棄して斉と結び(秦とは同盟をしていないが、樗里子とは秘かに連絡を取った)、韓との関係を改善した。

 

 

 紀元前308年

 

 秦と魏が応で会した。

 

 武王が甘茂にこう言った。


「私が三川に車道を通じさせて周室を窺うことができれば、死んでも悔いはない」

 

 甘茂は言った。


「私を魏に派遣して、韓討伐の約束をさせてください。また、向寿を補佐として従わせてください」

 

 武王はこれに同意した。向寿は秦の宣太后(昭襄王しょうじょうおうの母)の外族(親族)である。


「兄上、何故、甘茂殿は私と共に魏に行くと言ったのでしょうか?」


 向寿は兄である魏冄ぎぜんにそう言った。


「さあな私は軍事の専門ではないのでな」


 魏冄はそう答えつつもこう言った。


「取り敢えずは従っておれば良い。良いなあの方の言う全てに従うのだ」


「わかりました」


 弟が離れると魏冄は呟いた。


「人生とは天秤のようなものだ。何事も釣り合うようにできている」


 甘茂が行ったことにも釣り合う何かがあるはずである。


「さて、それは何か」






 

 甘茂が魏に入ると、向寿に言った。


「汝は帰って王にこう報告しろ。『魏は私の指示に従いました。しかし王は韓討伐を中止されるべきです』と、事が成れば全て汝の功績だ」

 

 向寿は兄に全て従うように言われていたため、帰国して甘茂の言葉を武王に伝えた。

 

 彼の報告を聞いた武王は、帰国した甘茂を息壤で迎えて出兵に反対する理由を問うた。

 

 甘茂はこう答えた。


「宜陽は大県であり、実際には郡に値します。今、王は数々の険(函谷関や三崤の険)に逆らい、千里を進み、難所を攻撃しようとされようとしています。以前、曾参そうしん孔子こうしの弟子)と同姓同名の魯人が人を殺したことがありました。ある人が曾参の母に『あなたの子が人を殺した』と伝えましたが、母は平然と機織りを続けました。ところがそれを伝える者が三人に達すると、母は杼(機織りの道具)を投げ捨てて機械から下り、壁を越えて走って出ていきました。私の賢才は曾参に及ばず、王の臣に対する信頼は曾参の母に及んではおりません。また、私を疑う者も三人ではすまないでしょう。私は王が杼を投げ捨てることを恐れているのです。かつて魏の文公ぶんこう楽羊がくように中山を攻めさせ、三年かけてやっと征服しました。しかし楽羊が帰国して論功した際、文公が一篋(竹の箱)を満たした謗書(楽羊を誹謗する書)を見せたため、楽羊は再拝稽首して、『これは私の功ではありません。国君の力によるものです』と言いました。今の私は羇旅の臣(寄生の臣。甘茂は楚の下蔡の人のため)です。樗里子や公孫奭が韓攻撃が長引いていることを理由に甘茂を誹謗すれば、王は必ずそれを聴くことでしょう。その結果、王は魏王を騙し、私は公仲侈(韓の宰相)の恨みを買うことになります」

 

 武王はこう言った。


「私がそのような意見を聴くことはない。汝と盟を結ぼう」

 

 二人は息壤で盟を結んだ

 

 秋、甘茂と庶長・封が宜陽を攻撃した。


「私は結局、何ら功績を立てることはありませんでした」


 向寿は兄・魏冄にそう言った。


「ちゃんと韓との関係修復の功績を立てている」


「しかし、彼は更に戦功を立てようとされています」


 魏冄はため息をついた。確かに甘茂が行う戦に向寿は参加できていない。


(恐らく王の叔母の親族である弟を使者とすることで、自分の言葉を聞き入れやすくするためというのもあったのだろう)


 向寿の不満を買っても王の信頼を勝ち取れば、十分、釣り合う結果である。


「そこまで言うのならば、王にこう申せ……」


 兄の言葉に向寿は頷いた。


「なるほど、流石は兄上です」











 甘茂が韓の宜陽を攻めた時、秦は樗里疾に車百乗を率いて周に向かわせた。


 これは向寿が武王に進言した結果である。つまり甘茂と樗里疾の功績を釣り合いを取らせることで、甘茂の一人勝ちをさせないようにしたのである。


 周は兵を出して樗里疾を迎え入れた。この時の周の態度が恭敬であったため、懐王が怒って周を譴責した。

 

 そこで游騰が周のために楚に赴き、懐王にこう言った。


「かつて知伯(晋)が仇猶(夷狄の国)を攻めた際、まず広車を贈り、その後ろに兵を従わせて仇猶を滅ぼしました。仇猶が滅んだのは備えがなかったためです。斉の桓公が蔡を討伐した時は、楚を誅すと称して蔡を襲いました。今の秦は虎狼の国というべきであり、その秦が車百乗を率いる樗里子に周を訪問させたのです。周は仇猶や蔡を教訓とし、長戟を持った兵を前に置き、強弩を持った兵を後に配置して樗里子を受け入れました。名目は彼を守るためとしましたが、実際は監視が目的です。周が自分の社稷を心配して手を打つのは当然のことでございます。もし国を亡ぼすことになれば、楚王にも憂いを及ぼすことでしょう」

 

 懐王は游騰の言を喜び、これ以上の追求をやめた。


「これで弟の不満も収まるだろう」


 魏冄はため息をつく。


「さて、ここまで王は他国に強硬に出ているがどうなることかな」


 武王は張儀を切り捨てたことで、諸国との外交を難しくしてしまっている。今は韓と繋がったがこの後はどうなるのか。


 そう姉が武王の妻の一人であることからそのことを心配していた。


 そんな彼にも翌年の事件は予想できなかった。戦国時代を通しても翌年ほど秦が危なかった時はなかっただろう。


 しかし、それが魏冄が権力を握り始めるきっかけとなるのである。




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