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夢幻の果て  作者: 大田牛二
第四章 天秤傾く

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愛国と理性の狭間で

大変遅れました

 この年、趙の武霊王ぶれいおうが大陵で遊んだ。

 

 後日、武霊王は夢を見た。


 少女が琴を弾きながら詩を歌っている夢である。その内容は以下のようである。


「光り輝く美しい人がいる。その様子は苕花のようだ。これは天命か。私を知る者は誰もいない」

 

 別の日、武霊王が酒を楽しみながら夢の話をし、夢で出てきた少女の様子を詳しく語った。それを聞いた呉広ごこうが夫人(妻)を使って娘の娃嬴を後宮に入れた。


 娃嬴は孟姚ともいう。


 孟姚は夢で出てきた少女そっくりであったため武霊王の寵愛を得た。そして、後に王后に立てられることになる。


 こういう経緯で生まれてくる子というものは、時々とんでもない奴が出てくるのだが、二人の間に生まれた子は何と言った。後に趙の恵文王けいぶんおうと呼ばれる名君である。父の負の遺産と向き合うことになる人物とも言えるだろう。


 武霊王は郊外に野台を作り、そこから中山を眺めた。


「かつて先君は夏屋山に登り、代を眺めた」


 彼はそう呟いた。


 先君とは趙無恤ちょうむじゅつの逸話のことである。それと同じことを行うということは中山を望むということである。












 この頃、中山には冬が来ていた。


 一面、雪景色となる中を一人の男が馬に乗って駆けていた。やがて駆けるのをやめると白い息を吐く。


(寒い)


 体が震えるような寒さである。


(この国は寒すぎる)


 男の名を楽毅がくきという。先祖は魏の将軍であり、中山を占領した楽羊がくようである。


『お前は私とは違う』


 幼い頃に言われた父の言葉である。


『お前には私には無い戦の才がある。それを活かすための術も持っている。正しい心を持っている』


 父は自分を抱き寄せる。


『その才と心でこの国に尽くし、多くの者を幸せにするのだ』


 最後に父はこう言った。


『お前のような強き者の父になれたことを私は誇りに思う』


 優しい父であった。そんな父ももういない。


「父上、私は……」


 父は誰よりもこの中山という国を愛した。そんな父の思いのためにも楽毅はより良い国を作る力となろうとした。


 そのため軍事、政治、外交、様々な分野において改革案を提示したが、中山は聞き入れることはなかった。それだけ中山という国は排他的な国であった。


 中山という国は一度、春秋時代から戦国時代に入った頃に建国されたが一度、魏の将軍・楽羊によって滅ぼされた。


 その後、中山は努力を重ねた結果、復国を果たしたがそこで中山という国はそこで満足してしまった。そのためこの国には未来への理想も方針もなかった。


 そのことを楽毅は問題視していた。特に外交面を一番の問題としていた。


 かつて中山は公孫衍の行った合従に参加したことがあった。後に合従軍を結成され、秦と戦ったが中山はそこに参加しなかった。


 確かに合従軍に参加していれば、秦に破れるという危険性はあったが、こういった国際的関係の構築を行う上で参加しないというのは外交的に失敗だったと言って良いだろう。


 そのため中山は他国から信頼を受けていない。小国ならば尚更致命的と言えるだろう。


 楽毅はそれを問題視したが、中山の誰も聞き入れることはなかった。それでも諦めずにいた楽毅も数年経って、意見を言わなくなっていった。


(この国は……もう駄目だろう)


 中山は近い将来、滅びることになる。楽毅はそう思った。しかし、


(それでも父上にこの国を良くするように言われた)


 父から受け継いだ愛国の思いと元々持っている才覚による冷静な判断、その間の中で楽毅は苦しんでいた。


「寒い」


 その寒さは父といた時には感じなかったものである。あの頃は誰よりも情熱に燃えていたにも関わらず、いつしかこんなにも寒さを感じるようになった。


「せめてこの国に命を賭けても値するものがあれば良いというのに……」











 斉の宮中の中で、田文でんぶんは懐かしい顔を見た。


蘇代そだい蘇厲それい


 彼の声に二人は振り向く。


「これはこれは」


「田文、懐かしいねぇ」


「今は孟嘗君もうしょうくんとお呼びするべきですかな」


 この頃、田文は孟嘗君と呼ばれるようになっていた。


「昔のように呼んでもらって構わない」


「そう、まあ良いけどね」


 田文は訪ねた。


「何故、ここに?」


「斉君が私たちを招いたのですよ」


「そう、斉君に招かれたのさ」


 二人の言葉に田文は目を細める。


「何故、招かれたのか?」


「そりゃ他国との外交故にでしょう」


「そう僕たちの仕事はそれだからねぇ」


「そうか……昔のようにはもうなれないのだな」


 蘇代と蘇厲が嘘をついていることを知っているためである。


「人は変わるものです」


「どんな人でもね」


 二人の言葉に田文はため息をつくと、


「燕君はどのような方だ?」


 と聞いた。


 田文は二人が燕に仕えていることを知っていた。故にそう言ったのである。


「名君ですよ」


「そう勝たせたいと思うほどに」


 二人の言葉に意外そうにしながら田文は言った。


「そうか」


「では、これで」


「じゃあ」


 二人は立ち去っていった。


「二人を仕えさせたほどの名君か……」


 田文はため息をついた。

















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