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夢幻の果て  作者: 大田牛二
第四章 天秤傾く

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張儀

大変遅れました。


蛇足伝の方も投稿しました。伯楽についてです。

 紀元前313年

 

 秦の樗里疾が趙を攻めて藺(または「藺陽」)を占領し、趙将・荘豹を捕えた。


 秦の恵文王はこの頃、斉を討伐しようと考えていた。斉だけが秦によって何も被害を受けていなかったためである。


 しかしながら斉は楚と同盟を結んでいたため、手を出しづらかった。


「王様、私を宰相から罷免させてください。王様のお望みの結果を出して見せましょう」


 張儀ちょうぎがそう言ったため、彼の言うとおりにして、楚に派遣した。

 

 楚にやって来た張儀は楚の懐王かいおうに言った。


「我が国の王が最も好きな方は楚王しかおりません。私が最もなりたいのは楚王に仕える門闌の厮(門を守る小官)です。逆に、我が国の王が最も憎むのは斉王しかおらず、私が最も憎むのも斉王の他にいません。ところが、楚王は斉王と和しておりますので、我が国の王は楚王に仕えることができず、私も楚王の門闌の厮になることができません。楚王が私のために関を閉じて(斉との国境を封鎖し)斉との盟約を絶ち、使者を私に従わせて西に送るようならば、かつて秦が楚から奪った商於の地六百里を献上し、秦女に命じて楚王の箕帚の妾(家事をする妾婢)とさせましょう。秦と楚が互いに婦人を娶り、長く兄弟の国となることを約束致します。こうすれば斉は弱くなります。楚王は北の斉を弱くし、西の秦に徳(恩)を与え、しかも商於の富を自分の物にできるのです。この一計によって三利もたらすことができるのです」

 

 喜んだ懐王は斉との断絶に同意し、相璽(相の印章)を張儀に与えて厚遇した。

 

 その後、懐王は日々酒宴を開いて、


「商於の地を回復できた」


 と公言した。群臣も合わせるように懐王を祝賀する中、陳軫だけが哀痛の情を示した。

 

 その態度に怒った懐王が陳軫に言った。


「私は兵を興すことなく六百里の地を得られたにも関わらず、お前はなぜ弔すのだ」

 

 陳軫は首を振り言った。


「恐らく王は商於の地を得ることはできず、斉と秦が同盟することになりましょう。斉と秦が同盟すれば、必ず患が訪れます」

 

 懐王がその理由を問うと陳軫はこう説明した。


「秦が楚を重視するのは斉がいるためです。まだ領土を得ていないにも関わらず、先に関を閉ざして斉との盟約を絶ってしまえば、楚は孤立し、秦に軽視されることになります。どうして秦が孤立した国を大切にして商於の地六百里を譲ると思われるのでしょうか。逆に先に領土を得てから斉との関係を絶つという方法は、秦が同意しません。斉との関係を絶ってから領土を求めようとも、秦に帰った張儀は必ずや王を裏切ることでしょう。その結果、王は張儀を怨むことになり、張儀を怨めば西の秦が楚の憂患となります。北の斉と交わりを絶ち、西の秦も憂患となれば、両国の兵が協力して楚に至ることになりましょう。王のために計るとすれば、陰で斉と結んだまま表面上は斉との交わりを絶つべきです。張儀に人を従わせ、土地を受け取ってから斉との関係を絶っても遅くはございません」

 

 しかし懐王は不快な表情で、


「お前は口を閉じていろ。もう何も言うな。私が地を得るのを見ておれ」

 

 楚は斉に通じる国境を閉ざして同盟を破棄したうえで、張儀が秦に帰る時、一人の将軍を遂行させた。

 

 秦に帰った張儀はわざと車から落ちたふりをすると怪我を理由に三か月間も入朝しなかった。

 

 それを聞いた懐王は、


「張儀は私がまだ徹底して斉との関係を絶っていないと思っているのか」


 と言い、勇士・宋遺を派遣した。そして、宋遺は宋国の符節を借りて北上し、斉の湣王びんおうを罵った。

 

 楚の態度に激怒した湣王は腰を低くして秦に通じた。こうして斉と秦は同盟することになった。


(思った以上の成果だ)

 

 楚が孤立したのを確認した張儀はやっと入朝し、楚の将軍(使者)に会って言った。


「あなたはなぜ土地を受け取らないのでしょうか。某地から某地まで、広袤(東西南北)六里を与えましょう」

 

 楚の将軍は怒った。


「私が命を受けたのは六百里であり、六里ではございません」


「それはそれは、お言葉を間違えて言ったしまいましたかなあ?」


 けらけらと張儀は笑う。それに腹を立てたまま楚の将軍は帰国して懐王に報告した。

 

 報告を受けた懐王は激怒して秦を攻撃しようとした。それを陳軫が諫めた。


「私が口を開いても問題ないでしょうか。秦を攻めるよりも、秦に一つの名都(大邑)を譲り、協力して斉を攻めるべきです。秦に対しては土地を失うことになるものの、斉の地を奪ってそれを補い、我が領土を保つことができます。既に王は斉との関係を絶ったのです。ここで更に秦の詐術を責めれば、斉と秦の関係を強化させ、天下の兵を招くことになります。これでは我が国に大傷を負わせることになるでしょう」


 つまり、秦の詐術を利用してしまおうということである。秦に対して、一緒に斉を攻めましょうと言ってしまえば、秦としても無下にはできない。また、秦は斉と繋がったのだから秦に斉を攻めさせれば、秦の不誠実さを天下に示すことができる。

 

 しかし懐王はこの諫言を聞かず、屈匄(または「屈丐」)に秦を攻撃させた。一方、楚の出兵を知った秦も兵を発し、庶長・章(「魏章」)に迎え撃たせることにした。


 紀元前312年


 春、秦の将・庶長・章と楚の将・屈匄が丹陽(漢中)で激突した。楚の兵は強兵である。しかし、秦の兵は統率がしっかりとしていた。


 楚の攻撃に秦軍はしばらく耐えてから楚の兵が疲れたところで攻勢をかけ、楚軍を大いに破った。


 楚の甲士八万が斬られ、楚将・屈匄、裨将軍・逢侯丑や列侯、執圭(どちらも楚の爵位)七十余人が捕虜になった。


 この結果に激怒した懐王は国内の兵を総動員して再び秦に侵攻した。ここで致命的なことを彼は行った。国境の守備の兵まで動かしたのである。

 

 楚軍が秦領の藍田まで進攻すると韓と魏が手薄になった楚に対して、侵攻して鄧に至った。それを聞いた楚軍の士気は下がってしまい、秦軍と戦うと再び大敗した。

 

 韓・魏の動きを受け、懐王は秦から兵を還し、二城を秦に譲って和を請うた。そして、そのまま韓・魏に兵を動かした。


「二城受け取りましたが、和を結ぶとは一言も言っていないのですがねぇ」


 張儀は秦の諸将に向かって言った。


「樗里疾殿は韓を、到満(または「到蒲」)殿は魏を援護なされよ」


 二人は承知と言うと軍を率いて、二カ国を援護した。


 それによって楚は二カ国に対して、ほとんど勝利をもぎ取ることができなかった。


 楚は多くの兵だけを失い、ほとんど得られるものがなかった。これらを仕掛けたのは張儀である。しかし、ここまでの動きを見ると、どうにもこの男、本当に鬼谷子きこくしの元で学んだ男なのかという疑問を覚える。


 鬼谷子は国際情勢における謀略における術を教えたという。この術というのはどういったものなのかという具体的な部分はわからないが、教え子であった蘇秦そしんを地面に埋めて、首だけの状態にしてから弁術のみで自分を説得させてみせろという逸話があることから、弁術に重きを持っていると思われる。


 では、張儀はどうだろうか?


 彼の弁術は決して、蘇秦に劣らないが、弁術だけで六国合従まで行うまでいけるかと言うと、そこまではいかないのではないか。そもそも張儀は強大な秦の後ろ盾にしながらの交渉であり、後ろ盾がほとんどなかったというべき蘇秦とは交渉に臨む条件が違い過ぎる。


 また、張儀は交渉を行う上で弁術だけでなく、自分の動きも計算に入れている。例えば、対合従軍との戦いにおいて、結成される前に突然、魏の宰相になったかと思えば、帰国するという不可解な動きをした。


 その動きによって各国は疑心暗鬼に陥り、結果、秦軍に真っ向から破れることとなった。また、彼は軍を率いることもあり、戦果を挙げていることから愚将ではないようである。


 これらを踏まえて考えてみると彼は鬼谷子の弟子ではなかったのではなかったか。もしくは弟子ではあったが、他の誰かに教えを受けたことがあるのではないか?


 張儀という人物は各分野における能力に関しては突出した長所は無いが、短所もないという人物である。一方、蘇秦は弁術という一点特価型であると思われる。


 張儀の凄さはそのそれぞれの能力を総合させて勝負することが上手い。


 交渉において、弁術の他に自分の一挙一足の動き、後ろ盾である秦の強さ、軍事的な視点など言葉だけに頼らないやり方を持って、交渉に出る。時には自分の命すらも交渉の場に持っていくこともある。そこが彼の怖さである。


 このような混沌の世でなければ、現れることのなかった男であり、怪物と言えるだろう。







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