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夢幻の果て  作者: 大田牛二
第一章 戦国開幕
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魯国

 紀元前409年


 魯の穆公ぼくこう子思しし孔子こうしの孫)に会ってこう言った。


「古の千乗の国君のような態度で士を友にしたとしたら如何であろうか?」

 

 子思は不快な表情を浮かべて言った。


「古の人にはこういう言葉があったと言います。『仕えることがどうして友のように接すると言えるのか』位(爵位。身分)においては、あなた様は国君であり、私は臣下に過ぎません。なぜ私が国君の友となれると言えるのでしょうか。徳においては、あなた様が私に仕える(教えを請う)立場にいるのです。なぜあなた様が私の友になれるというのでしょうか?」


 国君と臣下の間に礼儀がなければならないという考えの元の言葉である。

 

 またある日、こういうことがあった。


 穆公が子思に対して頻繁に慰労の使者を送り、鼎肉(肉料理)を与えた。しかしながら子思はこれを喜ばず、ついには使者を大門の外に追い出して訪問を拒絶するようになった。

 

 子思は北面して稽首再拝すると、こう言った。


「国君が私を犬馬とみなして養おうとしているのだ」

 

 彼の言葉を知った穆公は物を贈らなくなった。

 

 賢人を愛そうとしながら用いることができず、正しい礼を使って養うこともできないのでは、本当に賢人を愛していることにはならない。

 

 穆公が子思を訪れて問うた。


「私は不徳なため、先君の業を継いで二年(または三年)が経つにも関わらず、どうすれば令名(美名。名声)を得ることができるのかがわからない。私は先君の悪を隠し、先君の善を宣揚して、論者に先君を称えさせたいと思っている。私がどうするべきか、先生の教えを請いたい」

 

 子思はこう答えた。


「私が聞くところによれば、しゅんは自分の父の悪を隠して善を宣揚するようなことはしなかったと聞いています。それは、そうすることを望まなかったからではなく、私情(親子の情)とは些細なものであり、公義の大きさに及ばないと二君は考えたからです。だから私情の事を公事の上にしなかったのです。虚飾の教えを尋ねられても、私が話せる内容ではございません」

 

 穆公はなおも訪ねた。


「民の利になる事を考えてほしい」

 

「百姓に恩恵を与えようとする心があるのならば、一切の非法(不合理)な事を除くべきです。住むことがない室(家)を棄て、窮民に下賜し、嬖寵(寵臣)の禄を奪って困匱(困窮・貧困)を救済し、人々に悲怨を抱かすことがなければ、後世にも名が伝えられることでしょう」

 

 穆公は納得した。後世に名を残すほどの功績を立てていないということは彼は子思の意見を行わなかったということである。

 

 曾参そうしんの子・曾申そうしんが子思に言った。


「自分を屈して伸道するのが良いのでしょうか。抗志(高尚な志)によって貧賎になるべきでしょうか」


 伸道とは教えや考えを広くに伝えることである。


 つまり自分の意志に背く真似をしてでも、教えを拡めるために高官に就くべきか。志を守って貧賎なままでいるべきかということを彼は子思に聞いているのである。

 

 子思はこう答えた。


「伸道は私の願いです。しかし今の天下の王侯で、誰が道を全うできると言えるでしょうか。道を伝えようとしても無駄でしょう。このような状況で、自分を屈して富貴を得るくらいならば、抗志のために貧践となるべきです。自分を屈すれば、人に制されることになりますが、抗志を貫けば道に対して慙愧の思いを持つ必要がありません」


 孔子に比べると子思の言葉は辛さがある。


 彼の息子の子上しじょうが子思に雑(諸子百家)を学ぶことについて意見を請うたことがあった。

 

 子思はこう答えた。


「先人には訓(教え。教訓)がある。『学問とは必ずや聖人の教えに習わなければならないものだ。そうすれば立派な人材になることができる。物を磨く時は必ず砥(研ぎ石)を使わなければならない。そうすれば鋭利な刃を作ることができるからだ』故に夫子(孔子)の教えには必ず『詩』『書』から始まり、『礼』『楽』で終わるのだ。雑説に及ぶことはない。何の意見を請うというのか」







 

 さて、魯には公儀休こうぎきゅうという人物がいて、節を磨いて行いを正し、道を楽しみながら古事を愛し、栄利を軽んじて諸侯に仕えていないことで評判の男がいた。

 

 子思はこの公儀休の友であったため、穆公は子思を通じて公儀休を相に招きたいと思い、子思に言った。


「公儀休は私を援けるべきだ。もし同意すれば、我が国を三分してそのうちの一つを与えよう。あなたからこれを伝えてほしい」

 

 しかし子思はこう言った。


「国君の言の通りに伝えれば、公儀休はますます来なくなりましょう。国君が飢渇した時のように賢人を待ち望み、その謀を受け入れて用いるというのならば、たとえ蔬菜を食べて水を飲む生活を送るようになったとしても、私もその風下に立つことを望むことでしょう。しかし高官厚禄を餌にして君子を釣るようでは、用いる意思があるのかどうか信用できません。公儀休の智が魚や鳥と同じならば、それでも構いませんが、そうでないというのならば、終生、国君の庭を踏むことはないでしょう。そもそも、私も佞臣ではございませんので、国君の釣竿となって節を守る士を妨害するつもりはございません」

 

 その後、公儀休は魯の愽士として招かれ、高弟(成績が優秀な人材。能力があり品行が優れている人材)として魯の相になった。

 

 法を奉じて理に則り、その姿勢を変えることがなかったため、百官の品行が自然に正されたという。また、禄を受けている者(官員)が下民(庶民)と利を争うことを禁止し、大官が小官を虐げることも禁止した。

 

 このように名臣というべき話の多い彼はとても魚が誰よりも好きということで有名であった。


 そのため公儀休の客が魚を贈ったことがあったが、公儀休は受け取ることはなかった。

 

 客が言った。


「あなたが魚を好むと聞いたため、私はあなたのために魚を贈りに来たのです。なぜ受け取ってくれないのですか?」

 

 公儀休は首を振って言った。


「魚が好きだから受け取らないのだ。私は今、国相として自分で魚を手に入れることができる立場にいる。しかしもし今回、魚を受け取って罷免されれば、今後、誰が私に魚をくれるというのか。だから私は受け取らないのだ」

 

 また、こんな話がある。


 公儀休が自分の菜園で採れた野菜を食べた時、美味しいと思った。すると菜園に残っていた野菜を全て引き抜いて捨ててしまった。

 

 また、自分の家で織った布が美しいのを見て、すぐさま、家婦(妻)を追い出して、機織り機を焼き棄ててしまった。

 

 公儀休は自分の行動について言った。


「農士(農民)や工女(機織りの婦女)から物を売る機会を奪ってはならないのだ」

 

 

 

 

 

 

 辛櫟という者が穆公に会って言った。


「周公(魯の祖)は太公(斉の祖)の賢に及びません」

 

 穆公がその理由を問うと、彼は言った。


「周公は曲阜の地を選び封じられ、太公は営丘の地を選んで封じられました。爵土(爵位と封地)は同等にも関わらず、周公の地は営丘の美に及ばず、人民は営丘の衆(数)に及びませんでした。それだけでなく、営丘には天固(海や山等、自然の守り)があるのです」

 

 穆公は悔しいと思ったが、彼の言葉に言い返せなかった。よくもまあ国君の先祖よりも他国の先祖がすごいと一臣下の身で言えたものである。

 

 辛櫟が出ていくと、南宮辺子が来た。穆公は辛櫟の言を南宮辺子に語った。すると彼はこう言った。


「昔、周の成王せいおうが成周の居城を建てる際、命亀(亀を使って卜うこと)でこう告げました。『私は天下を兼併した。百姓に近づくには、中土(天下の中央)にいなければならない。私に罪があれば、四方がこれを伐つのも困難ではない(この地に居れば、徳があれば長く存続し、徳がなければ容易に滅ぶのだ)』こうして成周の場所が選ばれたのです。周公は曲阜を建てる際、命亀でこう言いました。『山の陽(南)に邑を造り、賢ならば栄え、不賢ならば速やかに亡ぶ』こうして曲阜が選ばれたのです。季孫行父きそんこうほは自分の子を戒めてこう言いました。『私は室(家)を両社(周社と亳社。朝廷がある場所)の間に置きたいものだ。後世、国君に仕えることができない者が現れれば、速やかに替えさせるためだ(両社の力によって不肖な子孫を取り除くという意味)』故に『賢ならば栄え、不賢なら速く亡ぶものだ』と申すのです。敢えて美しい地を選んで封じたのではありません。善政を行えば天によって守られるのです。辛櫟の言は小人のものと言えます。再びこの事について語る必要はございません」

 

 穆公の頃、こういった臣下が魯には多かった。しかし、もはや魯が立ち直り、戦国の世を生き残るには国君の地位は衰退し過ぎており、三桓の勢力はあまりにも強かった。


 

 

 

 

 

 




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