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夢幻の果て  作者: 大田牛二
第三章 合従連衡
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詐欺師の最後

 紀元前317年

 

 合従軍を破った秦はその勢いのまま韓に侵攻し、脩魚で韓軍を破り、八万級を斬首した。更に、濁沢でも韓軍を破り、率いていた韓将・䱸(または「鯁」)と申差を捕え、斬った。

 

 一方、合従軍の敗北を聞いた斉の宣王せんおうは宋と共に魏へ侵攻することにした。


「宋めは、忌々しいが……」


 宣王はそう呟いた。前年、宋君・偃が王号を称したのである。後世では宋の康王こうおうと呼ばれるが、当時では彼のことは、


「宋の桀」


 と呼ばれ、憎悪されていた。


 だが、利用できるのならば、利用しなければならない。


 斉と宋は魏を攻めた。魏は趙に応援を求め、趙は援軍を出した。しかし、田忌でんき率いる斉軍を前に魏・趙連合軍は前年での秦との戦いで傷ついていたとうのもある、観沢で破れた。


 破れた韓は秦を恐れた。そんな中、相国・公仲(名は侈)が韓の宣恵王せんけいおうに進言した。


「他の国は頼りになりません。秦が楚を討とうとして久しくなりますので、王は張儀を通じて秦と和を結び、名都(名城)を一つ贈るべきです。併せて甲兵を準備し、秦と共に南の楚を攻撃すれば、一を二に変える計となりましょう」


 宣恵王はこれに同意し、公仲を西の秦に向かわせた。

 

 これを知った楚の懐王かいおうは恐れると陳軫を召した。

 

 陳軫が言った。


「秦が楚を攻撃しようとして久しくなります。しかも最近、韓が名都を譲って甲兵の準備もしております。秦と韓が共に楚を攻撃しようとするのは、秦にとっては祷祀(祈祷)してでも実現させたかったことです。今、既にそれを得たのですから、楚は必ずや攻伐を受けることになります。王は臣下の意見に従い、四境の警戒を強め、軍を起こし、韓を秦の攻撃から救うと宣言されるべきです。戦車を道路に満たし、信臣(使者)を派遣し、多数の車を使者に従わせ、厚く幣(賄賂)を贈れば、韓は王が自分(韓)を救うつもりだと信じるでしょう。たとえ韓王が我々を信じなかったとしても、韓の人々はに恩を感じますので、秦のために雁行(進軍)してくることはなくなります。秦・韓が不和ならば、その兵が至ったとしても楚の大病(危難)にはなりません。もし韓が我が国の言を聞いて秦との和を絶つようならば、秦は必ずや大怒し、韓を強く怨むようになりましょう。また、韓は南の楚と結んだことによって秦を軽視します。秦を軽視すれば秦に対して不敬になります。これが秦・韓の兵を利用して楚の患を除く策です」

 

 懐王はこの陳軫の策に従い、四境の警戒を厳しくして韓救援を宣言した。戦車が道を満たし、信臣が多数の車を従えて韓に向かった。

 

 楚の使者が厚い幣物を贈り、宣恵王に懐王の言葉を伝えた。


「我が国(楚)は小さいものの、全ての財力を動員した。大国(韓)が秦に対して志をほしいままにするというのならば(秦と思う存分戦うのなら)、私は国を挙げて韓に殉じることでしょう(命を懸けて韓を援けることでしょう)」

 

 大喜びした韓王は秦に向かっていた公仲を帰国させることにした。

 

 驚いた公仲は、


「いけません。実際に我が国を攻撃しようとしているのは秦で、虚名によって我が国を救うと言っているのは楚です。王は楚の虚名に頼って強秦の敵(実在する相手)と関係を絶つのですか。王は間違いなく天下の笑い者になりましょう。そもそも、楚と韓は兄弟の国ではなく、以前から秦討伐を約束していたわけでもございません。楚が攻撃されそうになれば、兵を発して韓を救うと言い出したのです。これは陳軫の謀だと思われます。しかも王は既に人を送って秦に(協力して楚を攻撃することを)伝えているのです。今になって実行しなければ、秦を騙したことになります。秦を軽んじて騙し、楚の謀臣を信用すれば、王は必ずや後悔することになりましょう」

 

 しかし宣恵王は諫言を聞かず、秦との関係を絶った。

 

 怒った秦は甲兵を増やして韓を攻めた。両国が戦う中、楚は韓を援けることはなかった。











 

 

 

 斉にいる蘇秦そしんは斉の宣王せんおうの寵愛を受けていたが、そのことに嫉妬する大夫も多かった。


 彼の屋敷のある自室で、


「はあ」


 蘇秦はため息をついた。


(疲れた)


 長いあいだ、そう思うようになった。いつからだろうか。こんなにも疲れるようになったのは……


「これが私が欲していたものだったのだろうか」


 夢を叶えるために鬼谷子きこくしに教えを請い、天下に六国合従を成し遂げてみせた。それにも関わらず、今では斉一国で保身のためだけに生きている。


「どこで間違えてしまったのか……」


 その時、後ろの戸が開いた。


「なんだ」


 戸から男が入ってきて、彼の胸を剣で貫いた。蘇秦の口からは血が噴き出す。

 

「貴様ぁ」


 蘇秦は倒れ込みながらも男に手を伸ばすが、掴むことはできないまま男はどこぞと立ち去った。


「誰か、誰か来いぃ」


 家臣が蘇秦の状況を見つけると慌てて、駆け寄り、彼の傷を塞ごうとした。

 

 宣王はこの事件を知ると激怒し、犯人を捜したが、捕まえることができなかった。


 蘇秦は傷が治る様子はなかった。


「王を」


 彼が呼んでいると聞いた宣王は彼の元に訪れた。蘇秦は宣王に言った。


「私が死んだ後、私の体に車裂の刑に処して市に晒して、『蘇秦は燕のために斉で乱を成した』と発表してください。そうすれば賊を得ることができましょう」


 それが最後の彼の弁術であった。彼は世を去った。

 

 己の弁術で六国合従を成し遂げたほどの男にしてはなんと無様な死であろうことか。


 宣王は彼の死を見届け、その通りにすると、蘇秦を暗殺した者が名乗り出た。賞を与えられるためである。

 

 宣王は犯人を捕らえ、処刑した。


 その後、犯人の身元を確認する作業が行われた。その時、田嬰でんえいの食客の一人ということが判明した。


 宣王は彼を捕らえ、処刑しようとしたが、田忌と淳于髠じゅんうこんが取りなしたため、宰相職を辞するに留まった。


「文よ」


「はい」


 田嬰は田文でんぶんを呼んで言った。


「家はもうお前のものだ。思う存分やると良い。私は隠居する」


 そう言うと彼は立ち去ろうとするのを田文は止めた。


「まだ、私が家を継ぐには早すぎると思います」


 だが、田嬰は首を振った。


「未熟でも食客たちがお前を支えてくれる。大丈夫であろう」


 そう言うと彼は部屋を出た。田文は頭を下げ続けた。


 田嬰は引退し、田文が家を継いだ。












 

「最高だね」


 張儀ちょうぎは報告を受けて、けらけらと笑った。


「ああ、蘇秦。君は最高の友人だったぁ」


 蘇秦を殺した男は田嬰の食客であったのだが、男に依頼したのは蘇秦の寵愛に嫉妬した大夫によるものである。


 張儀はそれを利用し、大夫に田嬰の食客を紹介し、蘇秦を暗殺させた。


 結果、蘇秦は死に、田嬰は食客がその事件を行ったことでその責任を取って失職した。


 彼の狙い通りであった。


「さて、行くとするか」


 今、張儀は魏にいた。


「おお、懐かしきの祖国~懐かしきの宮中~」


 張儀は魏の襄王じょうおう謁見すると言った。


「魏の地は四方が千里にも及ばず、卒(兵)も三十万を越えておりません。土地は四面とも平らであり、名山大川の守りもございません」


(まあ全部、秦のせいだがね)


「兵は楚(南)、韓(西)、斉(東)、趙(北)との境を守っておりますが、亭や障(防衛の要所。亭は街路に設けられた拠点。障は要塞)を守る者は十万に満ちておりません。このような状況であるために、魏の地は各国が狙う戦場となっております。諸侯は約従(合従)のために洹水の上で盟を結び、兄弟のように互いに守りを堅くされました。しかし今は、父母を同じくする兄弟でも銭財を争って殺傷しております。各国の間においては、反覆(言動が一定ではないこと。裏切りが多いこと)が多い蘇秦が残した謀に頼ろうとしておりますが、それがうまくいくはずがないのは明らかでございます。王が秦に仕えなければ、秦は兵を送って河外を攻め、巻、衍、酸棗を席巻してから衛を襲い、陽晋を取ることでしょう。その時、趙は南下できず、魏は北上できず、南北の道が絶たれることになります。従道(南北に通じる縦の道。または合従の道)が絶たれたら、王の国が危難から逃れたいと思っても逃れられなくなるのです。大王は慎重に計議を定めてくださいませ」

 

 恐れた襄王は合従を裏切って秦に従うことにした。張儀を通じて秦に和を請うた。


 合従はもはや形だけとなったと言えよう。



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