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夢幻の果て  作者: 大田牛二
第三章 合従連衡
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合従軍

「遅かったか」


 田文でんぶんは楚の宮中を歩きながらため息をついた。


 合従に参加しないよう楚の懐王かいおうに進言しようとしたが、既に懐王は公孫衍の説得に応じて合従の盟主になることを決めていた。


「どうなさいますか?」


 鶏鳴が問うと、田文は難しい表情を浮かべながらも、


「父上にお伝えし、判断を仰ぐとしよう」


 と言って斉に帰国した。


 帰国した田文でんぶんから事情を聞いた田嬰でんえいは彼を労った。


張儀ちょうぎという男の恐ろしさが改めてわかったが、これ以上は手を出すことはできない」


「そうですか」


「あとは合従が秦とまともに戦えることを願うばかりだ」













 張儀の元に合従の盟主に楚がなったことが伝えられた。


「良きかな良きかな」


 本来、脅威が増したように思えるこの報告を受けても彼はにこにこしていた。次の報告を受けると流石に渋い表情を浮かべた。


「斉の田嬰の使者か……」


 恐らく合従に参加させないための一手であろうことは彼にも理解できた。


 田嬰は反秦の斉の宰相である。


「そろそろこの方の退場も考えなければな」


 余計なことをされる前に何とかするべきであろう。


「まあ先ずは祭りを楽しまねば」


 彼はけらけら笑った。










 紀元前319年


 魏の恵王けいおうが死んだ。魏という強国の地位を引き継ぎながらもそれを活用するべき術を持たないまま、魏を傾かせたのは彼である。


 だが、恵王に関しては、太子を失ってしまってからは彼の心のどこかは壊れた部分があるように思える。


 この結果、魏の襄王じょうおうが立った。

 

 さて、この襄王に孟軻もうかが会ったが、退出してから弟子たちにこう言った。


「新王は遠くから見ても人君のようには見えず、実際に会っても畏敬の気持ちは起きなかった。王は突然、私にこう聞いた。『どうすれば天下を定めることができるか』と、私はこう答えた。『統一すれば安定させることができるでしょう』すると王が、『誰が統一できるか?』と聞いてきたため、私は『殺人を好まない者が統一できるでしょう』と答えた。魏王はそれを聞いてから、『誰がそれを望んでいるか?』と聞いてきたそのため私は『天下にそれを望まない者はいません。王も苗をご存知のことかと思いますが、七、八月(周暦。夏暦なら五月から六月)の間に旱害があれば、苗は枯れてしまいます。しかし天が雲を密集させ、激しく雨を降らせれば、苗は勢い盛んに育つことになります。そうなったら誰も勢いを止めることができません』と答えた」


 彼はため息をついた。

 

 孟軻は仁義の思想を説いた人物である。彼の言う仁義とは夏に潤いをもたらす雨と同じである。しかし襄王は実利しか頭になかった。それを見た孟軻はさっさと彼を見限ってしまった。



 

 この年、秦が韓を攻めて鄢(鄢陵)を取った。これを受け、公孫衍は懐王に合従軍を集めることを進言し、許可を得ると檄文を飛ばした。


 紀元前318年


 魏・趙・韓・燕・楚の五国による合従軍が秦に迫った。


 これは公孫衍の努力によるものであると言って良いだろう。蘇秦そしんによる合従が一年も持たなかったことを思えば、ここまで保ちついに秦に侵攻させることに成功した。


 その点において、彼は蘇秦の功績を超えたと言って良いだろう。


 また、彼はここまで油断をせずに更に秦の内部にいる義渠の元に出向き彼らに秦を襲わせるように説得した。


 彼の説得に答え、義渠は秦に反乱を起こし、李帛で秦軍を破った。


 更に公孫衍は匈奴を趙を通じて参戦させている。


 ここまで彼は周到に用意を行い、合従軍をまとめて秦に侵攻したのである。


 さて、この合従軍が秦の函谷關にまで迫る中、秦の宮中はそこまで慌てている様子はなかった。


 静かに群臣、諸将が集まる中、張儀が笑いながら言う。


「さあさあ皆様方。お祭りの時間が参ってまいりました。楽しみですねぇ」


 まるで彼一人の演目を見せられているように思えるほどに彼だけが宮中の中で騒がしかった。


「皆様、もっと楽しみましょうよ。折角、この祭りにあれほどの方々が参ってくださったのですよ」


 それに全くというほどに反応を見せない秦の群臣、諸将たちに張儀はやれやれと首を振る。


「張儀よ。話しを進めよ」


 秦の恵文王けいぶんおうだけは苦笑しながらそう言った。


「承知しました。ではでは」


 張儀は演技がかったように恵文王に一礼すると群臣、諸将の方を向き言った。


「皆様方、万事、抜かり無き様」


 皆、一斉に拝礼を行った。


「御意」












 秦軍、接近せり。


 その報告を受けると、秦軍に備えるため合従軍は陣を構えた。


 そんな中、魏軍は他の国々の陣よりも後方に陣を構えた。


 それを見て、諸国は思った。


(魏と張儀の間で密約があるのではないか)


 だからこそ、魏は後方に陣を置き、秦に挑もうとしないのではないかと諸国は思い、魏軍にもっと前に陣を構えるように言った。


 だが、襄王はこれを断った。しかしながらこれは張儀との密約のためというようなものがあるわけではない。


 そもそも襄王はこの合従軍に興味はなかった。先代の時に結んだ約束を守っただけに過ぎないのである。


 そのため彼からするとあまりこの戦は気が乗らなかった。


 だが、そんな感情など知るよしの無い、諸国からすると魏のこの動きは、


(張儀と密約があるのだ)


 と見えてしまっていた。前から魏が張儀を一度、宰相に任じた時点で、密約があるのではないかと考え不信感のあった諸国はますます魏への不信感を募らせた。


 よって諸国の陣は可笑しな陣となった。秦に対して備えをする陣をしつつも同時に魏への備えも行うという陣を組んだのである。


 だが、このような陣を作るということは秦への備えの部分は必然と薄くなる。











「宰相殿の申せのようになったか」


 秦の名将・司馬錯しばさくは合従軍の陣形を見ながらそう呟いた。


「ええ、そうですね」


 彼の言葉に答えたのは、今回の秦軍の大将であり、恵文王の弟でもある樗里疾である。


「さて、勝つとしましょう」


 樗里疾はそういうと兵に向かって言った。


「勇猛なる兵士の皆さん。これより敵軍の陣を遅います。その際には決して慌てることなく、冷静に行動し、各諸将の命令に逆らうことなく、行ってください」


 彼はいつの時も他者に対して、丁寧な言葉を好む。


「そして、丁寧に、丁寧に、一人残らず、敵兵を殺しなさい」


 傍に控えていた司馬錯が大声で命令を出した。


「全軍、出陣」


 兵は矛を天に向かって、突き出しながら合従軍に向かって突撃を仕掛けた。












 秦の兵の強さは本物であり、普通の守りでは安々突破されてしまう。


 ただでさえ、本来よりも脆くなっている守りの陣形を作っている合従軍の各国は秦の勢いを前に押されていく。


「敵軍の引いたぞ。更に強烈な一撃を叩き込め」


 司馬錯が矛を振り回しながら指示を出す。


 秦のこの戦における戦術は単純である。相手の脆い守りを攻め立てるというものである。


 そんな単純な戦法でありながら、合従軍は対応できないまま秦軍の前に多くの兵を失っていく。だが、彼等はこの状況でも秦に対して死力を尽くせていない。なぜならば、後方の魏の存在である。


 秦軍は何故か魏軍に対しては各国ほどに攻撃を受けなかったのである。


(いつ後方から襲いかかってこられるか)


 そのような心理的な不安が正面の敵である秦軍に集中できなかった。


「そろそろ良いでしょう。魏軍にも諸国と同じように襲いなさい」


 樗里疾は手を振り、指示を出した。秦の兵は指示通りに魏軍に一斉に襲いかかる。


 魏もまともに秦軍に遅いかかっていく様子に各国はついに気づいた。


(魏と秦に密約がなかった)


 張儀は本当に魏で宰相になって帰っただけなのである。


 そのことから各国は勝手に張儀が何かを行ったと勘違いしただけに過ぎないのである。


 そのことに気づいた時には遅く、韓、趙の総大将は戦死してしまい。燕、楚、魏も秦軍にずたぼろに敗れていく。


 ついに合従軍は退却していった。


 五国によって侵攻されてしまった秦は一国のみでこの五国を打ち破ってしまった。


 秦を滅ぼすどころか秦の圧倒的な強さが天下に轟いた。


 最初の合従軍は失敗に終わった。












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