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夢幻の果て  作者: 大田牛二
第三章 合従連衡
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食客集め

 やっぱサブタイトルは今までの感じでいきます。


 サブタイトル考えるのに苦労しているのに、ハードル上げるのはダメだね。

 紀元前322年


 秦の張儀ちょうぎが秦の宰相をやめ、魏の宰相に任命されたというとんでもない情報が各国に伝わった。


 中山でそのことを知った公孫衍は驚き、慌てて魏に帰国した。


(一体どういうことだ)


 秦の宰相であった張儀が魏の宰相に突然なるというのはとんでもないことなのである。そもそも魏を中心として反秦のための合従を結んだにも関わらず、その魏が真っ先に秦に通じるなどということがあってはならない。


 彼はそう思いながら宮中に入ると驚愕した。張儀がいないというのである。


「どういうことだ」


 困惑する彼に魏の群臣たちは説明を始めた。


 張儀は去年、魏にやって来て自分を宰相にして欲しいしてもらえなければ、秦はこの魏に攻め込むだろうと脅したため、宰相にすると、


「では、帰ります」


 と言って、秦に帰国してしまったのである。


「あいつは一体、何をしたかったのだ」


 公孫衍は張儀の行動の意味がわからなかった。


(だが、何かあるはずだ。何か……)


 この奇妙な張儀の行動から数ヵ月後、趙の武霊王ぶれいおうと韓の宣恵王せんけいおうに區鼠(河北の地)で会した。


 この翌年に武霊王が韓の公女と婚姻を行っていることからこの年の会談はそのことであろうと思われるが、このことを知った公孫衍は、


(まずい)


 彼はこの会談は魏への不信感の表れであると判断した。そのため彼は韓、趙に出向き合従の維持させるため、魏への不信感を小さくしようとした。


 しかしながらそれでも魏への不信感は中々消えることはなかった。


(このままでは合従が崩壊してしまう)


 そう考えた彼は楚の説得を始めた。楚は秦とは盟を結んでいる。だが、魏の代わりに盟主を努めさせるためには楚しかないと彼は考えたのである。


蘇秦そしんのいる斉よりはましだ)


 公孫衍は楚に向かった。

 






 紀元前321年

 

 周の顕王が死に、子の慎靚王が立ち、燕の易王も死に、子の燕王・噲が立った。

 

 天下が張儀の行動に対して、様々な感情を持つ中、斉の宰相・田嬰でんえいは斉の宣王せんおうより、靖郭君に封じられた。


 田嬰は薛に城を築くことにした(または薛城を修築しようとした)。しかし食客の一人が田嬰に言った。


「あなた様は海の大魚を見たことはないでしょうか。大魚は網を使っても捕まえることができず、鉤を使っても引き上げることができません。しかし一度陸に登って水を失えば、螻蟻(けらや蟻)でも制することができます。あなた様にとって今の斉は海の水です。あなたが長く斉を擁すことができるのならば、薛は必要ありません。しかしもし斉を失ったら、薛の城壁を天に届くほど高くしても助けにはならないでしょう」

 

 築城によってこの地の民を疲れさせるべきではないという意見である。田嬰はこれに納得して築城を中止した。

 

 このように田嬰のところには食客は助けれることが多く、彼の元には多くの食客がいた。その彼等を管理しているのが、息子の田文でんぶんである。


「皆さん。どうですか。何か不便なことはありませんか?」


 田文はそう言いながら食客たちがいる場所を見て回っていた。


「家に雨漏りがするのだが」


 と、食客の一人が言うと、


「そうですか。直ぐに修理させます」


 田嬰は直ぐに対応を行い、


「喧嘩が起きました」


 というようなことを言われれば、


「どこでですが、直ぐに向かいます」


 食客たちによる喧嘩も珍しくないため、彼自身が仲裁に入ることもあった。


「博打の金が欲しんだが」


 こんなことも、彼は直ぐに対応を行う。


「またですか。何金欲しいので?」


「十金」


「五金で我慢してください」


 このように田文は食客たちのわがままに触り回されながらも、次第に食客から支持を受けるようになった。

 

 やがて田嬰は家を主持させて賓客の対応を任せるようになった。すると賓客は争って田文を称賛し、田文の後嗣に立てるように勧めた。

 

「お前を後継者にしたいと思う」


「私をですか?」


 田嬰の言葉に田文は意外そうに言う。


「嫌か?」


「いえ、そういうことではなく」


 田嬰は書簡を読みながら言う。


「努力したとしても大志を果たすことができるわけではない。大志を果たすためには力が必要になることもある。お前は私の後に得られるものを使って、大志を果たす機会が与えられるのだ。まあ、お前次第だかな」


 田文が悩んでいるぞ。


「後継者となれば、お前に自由に食客を集める権利を与えても良いぞ」


 田文は驚きながらも、拝礼し、


「謹んでお受けします」


 と言った。


「そうか。既に招きたちものでもいるのか?」


「はい」


「では、早速招いてみると良い」


「ありがとうございます」









 田文は早速、出かけた。彼の傍には何人かの家臣が付き従う。


「どなたを招かれるのですか?」


 家臣の一人がそう尋ねるが、田文は市場の中をキョロキョロと見回すだけで答えない。


「ここに招きたい方がいらっしゃるのですか?」


 今度は答えた。


「初めてお会いした時はここであったのだが」


「どこに住んでいるのかわからないのですか?」


 家臣は驚いてそう言った。


「そうだ」


 田文が同意したため、家臣たちは顔を見合わせる。


「浮浪者を招こうというのか?」


「おいおい流石にそれは……」


 食客と言えば、基本的にはある程度、身なりの良いものだったりする。特にこの斉では学者が多いため、学者を食客にするのが主流である。


「仕方ありません。他の場所を見て回りましょう」


 こうして田文は至るところを隈なく探すが、彼が探している人には出会えないまま、日が落ち始めた。


「もう帰りましょう。日が暮れ始めました」


 その時、突然、田文は走り始めた。家臣たちは驚いて彼の後を追う。やがて門を出て、森の近くまで来た。


「もう森ですよ。これ以上は」


 家臣が止めようとするが、田文は止まらず、森の中へどんどん入っていく。


 やがて、森の中を進むと広い空間が広がっていた。そこで一人の男が寝そべっている。


 田文はその男の傍で膝を下ろし、座るとそのまま無言で拝礼を行った。すると男は口を開いた。


「何の用だ。田文?」


 田文は拝礼したまま答えた。


「先生をお招きしたく参りました」


「食客になれと?」


「はい」


 男はからからと笑う。


「可笑しなことよ。私を招こうとは」


「私は今日、食客を招いても良いと許可が出され、最初に招こうと思ったのが、先生だったのです」


 田文の言葉に男は振り向き、彼を見た。真剣な目をしている男は、荘周そうしゅうは目を細めながら思いながらも、


「断る」


 と言った。するとその言葉を聞いた田文の家臣たちが怒った。


「無礼であるぞ。この方は斉の宰相の御子息に在られるぞ」


 荘周はからからと笑う中、田文は言った。


「汝らは黙っていろ。今、私は先生の言葉の一つ一つを聞き逃さぬようにしているのだ」


 家臣は彼の激怒を受け、黙る。その様子にますます荘周は笑う。


「前に会った時よりも成長したではないか」


「あれだけの食客に関わってきましたから」


 二人は笑う。


「食客の件だが、私はお前の食客にはならない」


「そうですか。残念です」


 田文は肩を落とす。


「だが、お前は食客を集めるとなった時、真っ先に来たことに対しては誠意を見せなければならん」


 荘周は指を一本立てる。


「そこで一言だけお前に助言をしよう」


「ありがたきお言葉です」


 田文は聞き逃さないとばかりに前のめりになる。


「お前の元にいる食客たちは未だ真の多様性に至っていない」


 家臣たちは何を言っているのかと思った。なぜならば、田嬰のところにいる食客は多様な価値観を主張する学者など多種多様である。


 だが、田文はその言葉を受けると頭を下げた。


「その教え、謹んでお受けします」


 彼は立ち上がると再び、一礼し、都の方に戻ろうとした。それを家臣たちが追いかける。


 その様子に荘周は再び、からからと笑った。










 田文は屋敷に戻ると家臣たちに命じた。


「明日までに食客の中で腕っ節の良いものと屈強な兵を借りたい」


 翌日、家臣によって屈強な男たちが集まった。


「では、出発する」


 田文は彼等を率いて、都を出た。どこに行くのかは誰にも教えてもらいないままである。


「何故、このような屈強な者を集めたのです」


 周りは田文にそう言ったが、彼は詳しいことを言わず、


「行き先が危険なのです」


 と答えるだけであった。


 そんなこんなで数日に渡り、この一団は田文に率いられ、移動を続けるとついに目的地に近づき始めた。


 すると屈強な兵たちが怪訝そうな表情を浮かべ、家臣たちは青ざめる。


「まさかとは思いますが……この先に向かうのですか?」


「そうだ」


 周りは驚き、慌てて彼を止めようとする。


「いけません。あまりにも危険です」


「知っている。だが、私は彼等から逃げ切ったことがある。心配はいらない」


 田文は特に表情を変えずに言うが、周りは青ざめるばかりであった。


 やがて深い森の中を進んでいく。すると周りから多くの男たちが表れ、田文らを囲む。


「言わんこっちゃない」


 家臣たちは剣を構え、田文を守る陣形を取る。一方、田文は周りを見回し、二人の男を見ると言った。


「そこのお二人、私のことを覚えておいででしょうか?」


 二人の男は怪訝そうな表情を浮かべる。田文は自分の首を手で叩きながら言った。


「かつてあなた方の首領がついに殺すことのできなかった子供ですよ」


 二人はその言葉を受け、驚く。


「私はあなた方の首領にお会いしたい。お願いできないでしょうか?」


 田文は拝礼した。二人は、困ったように顔を見合わせ、


「首領に聞いてみよう」


「取り敢えず、この一団を襲ってはならん」


 二人のうち、鶏鳴がそう言って、去ると狗盗が周りの連中に武器を下ろすように指示を出す。


 そして、しばらくすると鶏鳴が返ってきて言った。


「お会いになるとのことだ」


「感謝する」


 二人の案内の元、田文らは大盗賊・盗跖とうせきの根城に入った。










「で、何しにあんたは来たんだい」


 盗跖(三代目)は横になりながらそう言った。


「あんたたちを食客として迎え入れるために参りました」


 家臣たちは田文の言葉にギョッとする中、盗跖は笑う。


「あんた頭おかしいんじゃない?」


「そうでしょうか?」


「そうさ。こんな私たちのようなものを食客に招こうなんてさ」


 盗跖は目を細めながら力なく笑う。


「調子が悪いのですか?」


 田文が訪ねた。


「あんた知らないんだね」


 田文が怪訝そうな表情を浮かべると家臣の一人が言った。


「そう言えば、盗跖率いる盗賊団の中で争いがあったとか」


 そう盗跖率いる盗賊団の中で方針を巡って争いが起きたのである。その結果、盗跖は負傷し、多くの部下たちがそれぞれの下っ端を率いて離れてしまったのである。


「だからここにいる連中は、もう長くない私のところにいるという変人たちばかりさ」


 盗跖は笑う。それにはかつて田文を追い回したような恐怖を与えるほどのものはなく、もうすぐ世を去る人のものである。


(この人もこういう時が来るのか)


 田文は目の前の人の弱さを見ながらそう思った。同時に彼は言った。


「では、その変人たちを私にお任せ頂けませんか?」


「こいつら全員、食客にすると愉快だね」


 貴族の食客集めは所詮は道楽の延長でしかないそれが盗跖らの考えであり、それなのにこんなこの世の中に顔向けできないような者たちを入れるというのが理解できない。


「私はあなた方のような者もこの天下に必要だと思っています。あなた方の力が私は欲しいのです」


 田文は頭を下げた。


「どうかここにいる者たちを私にお任せできないだろうか?」


「あんたみたいなやつをどう信じろというのか」


「信じられないのはわかります。食客となっても私の元にいたくないと思えば、去ってもらっても構いません。だからどうかお任せできませんか?」


 盗跖は目を細め、横にしていた体を起こし、彼に近くによるように手招きをする。


「あんた変わっているね。本当に、変わっている。でも、あんたの言葉は嬉しく思う。ここにいる連中はあたしみたいなやつに最後まで従ってくれている連中ばかり。こいつらを蔑ろにしたら私は許さないよ」


「では」


 田文は膝を進める。


「あんたにこいつらのこと任せるよ」


 その盗跖の言葉に鶏鳴、狗盗らは、


「お頭……」


 と、中には泣くものもいる。


「あんたやがては家を継ぐんだろ」


「はい」


「何かを受け継ぐというのは難しいもんさ」


 盗跖は言う。


「私の先代、親父は最高の大盗賊だった。どんなものも盗んでみせて、仲間を大切にした。私はそんな大盗賊になりたかった」


 盗跖は肩を落とす。


「私は後継者となったが、先代のようにはなれなかった。それでもなろうとして、盗跖として悪の限りを尽くした。だが、次第にここにいる連中や離れていった連中の心が私に向かわなくなった」


 彼女はため息をつく。


「それで焦りながらも何をしていいのかわからないまま。この様さ。あんたも気をつけな。きっとあんたは色んなものを受け継いで、抱え込むことになるんだろうね、だからそれに押しつぶされないようにしなよ」


 盗跖は笑う。


「私みたいになるからね」


 そして、そのまま頭が下がった。体全体から力が抜けたように見える。田文は拝礼した。


「あなたの教え、あなたの通告。あなたとの約束全てを守ることを私は誓います。だから、ゆっくりとお休み下さい」


 こうして田文は盗跖の根城を去った。かつての盗跖の部下たちと共に。








 

 

 

 

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