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夢幻の果て  作者: 大田牛二
第二章 諸子百家鳴動

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王号

 魏の宮中は荒れた。


 斉側からの提案に揉めに揉めたのである。


「予想以上に宮中が混乱しておりますなあ」


 淳于髡じゅうこん孫臏そんぴんにそう言った。


「まあ、王号を称するなどだいそれたことに違いありませんからね」


 孫臏は相変わらず、骸骨を撫でながらそう言う。


「王号を称することでもっとも強く反対しているのは、孟軻もうかという方のようだ」


「彼は王号を称することに反対しているわけではないでしょう」


 孟軻は革命を行うことを容認しているように王号を称するという行為にそこまでの問題を感じていない。


「その方が反対するのは、斉が主導して行っていることと、あくまでもその時ではないということでしょう」


 孟軻の革命はあくまでも天命を受けた徳の高い者によって行われるべきであるというものである。魏は近年における敗戦で国内は荒れている。


 先ずは国内の回復に力を入れる時期であり、とても王号を称するだけの力はないと彼は考えたのである。また、斉が主導的に行っているこれに従えは魏が斉の下にあることを自ら認める行為でもある。


「儒家の連中と言えば、理想論ばかりの連中と思っておりましたが、孟軻殿は現実も見ているように思えますなあ」


 現実的に王号を称する力は無いと言う彼の意見はわからなくはない。


「しかし、孟軻殿は魏君の性格を理解されておりませんなあ」


 淳于髡は笑いながらこう言った。


「数々の敗戦を行ったからこそ、魏君は王号を称する」


 魏の恵王けいおうは一言で言えば、見栄っ張りである。


 そんな彼が度々の敗戦を受けて、それによって精神的に追い込まれている時にその見栄を満たす手段として王号を称するという行為は魅力的に見えることだろう。


「さて、もう一度会うとしますか」


 淳于髡は再び、恵王と謁見した。


 二度目の謁見では彼は魏とだけでなく韓や趙にもこの話しを持ち込むかもしれないことを匂わせた話しをした。


 これによって、必ずしても魏だけ特別扱いをしているわけではないことを匂わせた。


「ほんの少し手を伸ばして手に入るものを手に入らないというのは、勿体無いですからなあ」


 淳于髡は笑う。


「では、私は反対意見を持つ者たちを煽るとしますか」


「何故、そのようなことを?」


 孫臏の言葉に彼が問うと、孫臏はにやりと答えた。


「魏には孟軻殿を始め、多くの方々が集まっているとか。彼等と魏君の間を裂きます」


「おお、怖い。怖い」


 二人は暗い笑みを浮かべる。


「いくらでも時間を掛けても良いと田嬰でんえい殿にも許可を得ております」


 この斉と魏の王号を称することについて提案を行ったのは、田嬰である。彼は今では斉の宰相となっていた。


「では、じっくりとやるとしましょうか」


「ええ」


 二人の謀略はゆっくりと進行し、約二年もの時間をかけた。


 紀元前334年


 恵王はついに王号を称することに同意をした。

 

 結果、斉の威王いおうと魏の恵王が徐州で会し、互いに王の尊称を名乗りあった。

 

 この諸侯が王位を認め合ったこの会合は、歴史的な大事件と言える。

 

 これまでに周王以外で王を名乗っていたのは楚・呉・越といった辺境の国だけであった。しかし徐州の会によって中原の諸侯である魏と斉も周王室と対等の権力を持つことを天下に認めさせたのである。

 

 この後、その他の国々も王を称し、周王室は完全にその存在を無視されるようになる。今までは形だけでも存在していた天子の地位が完全に意味を持たないものになった。

 

 戦国時代も既に半分以上が過ぎ、各国に生まれつつあった「周王室に代わって天下を治める」という意識が称王によって急速に浸透していくことになったのである。


 そんな中でも斉が主導したことは大きく、それに魏が従ったというのは天下の主導者の座から魏自ら降りたことを明確化したようなものである。


 田嬰は威王に王号を与え、魏には王号と共に天下の主導者の座を降りてもううという駆け引きを行った。これに淳于髡、孫臏によって恵王が集めた人材と恵王の間を裂くという謀略が付け加えられた。


 そもそもこのような動きになったのは恵王が人材集めを行っていることを田嬰が知ったことから始まる。それを威王に伝えると威王は人材によって国の力に変わることを誰よりも理解している。


 どうするべきかを彼が群臣に問うた時に田嬰が提案したのがこれであった。


 この田嬰の恐ろしいところは王号を釣りに使ったことだろう。


「新しく宰相になった人は戦で功績を上げようとか功績を手っ取り早いやり方で得ようとするんだけどね」


 孫臏は思う。恐らく田嬰という人は自分の戦の才覚がないことを誰よりも理解していた。


「彼の場合はできないことはできないと割り切ってしまっているのだろうね」


 田嬰は良くも悪くも物事を割り切ってしまっている。戦で格別な結果を出すことは無理ならば、それ以外の方法で、王号と言っても所詮は称号に過ぎない。それを利用できるやり方で、という風な判断なのだろう。


「細かいところはまだまだだけど、流石だねぇ」


 孫臏はくすくすと笑いながらも田嬰のことを褒めた。



 

 

 

 



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