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夢幻の果て  作者: 大田牛二
第二章 諸子百家鳴動
34/186

後継者

 紀元前340年


 秦の公孫鞅こうそんおうが秦の孝公こうこうに進言した。


「秦と魏の関係は人の腹心に疾(病)があるのと同じようなものです。魏が秦を併合しなければ秦が魏を併合することになりましょう。魏は嶺阨(険阻な山嶺)の西に位置し、安邑に都を置いて、秦とは河(黄河)を境にしております。魏は山東(崤山以東)の利を独占しており、利があれば西進して秦を侵し、病(困窮)となれば、東に戻って地を収縮することができます。今、主公の賢聖によって我が国は強盛を擁しています。逆に魏は昨年、斉に大敗し、諸侯も魏から離れております。この機に乗じて魏を討伐するべきです。魏が秦を支えることができなければ、必ず東に遷ることでしょう。そうなれば秦が河山(黄河と崤山)の固(堅固な守り)を利用し、東に向かって諸侯を制すことができます。これこそ帝王の業というものです」

 

 孝公はこれに従うことにした。公孫鞅が兵を率いて魏への侵攻を任せた。どうにも秦には他国への侵攻を任せられる人物がいなかったようである。

 

 対して、魏は公子・卬を将にして秦軍に対抗させた。

 

 両軍が対峙すると、公孫鞅は自分が将としての才覚に欠けていることを自覚していたため、公子・卬に書を送ってこう伝えた。


「以前、私は公子と交際がございましたが、今はこうして両国の将として対峙することになってしまいました。私には互いに戦いあうことが忍びないため、公子と直接会って盟を結び、酒宴を楽しんでから兵を退いて、秦・魏の民を安んじさせたいと思いますが如何でしょうか?」

 

 公子・卬はこれを信じて公孫鞅に会いに行った。そして、互いに盟を結んでから酒宴が始まった。だが、この時、公孫鞅は甲士を隠しており、公子・卬を捕らえてしまった。

 

 秦軍は将がいなくなった魏軍を襲って大勝した。


 明らかに詐術的な策である。

 

 魏の恵王けいおうはこれを聞くと大いに恐れた。前年、斉に大敗を喫してしまい更には寵愛していた太子まで戦死してしまった。


 そのため心がポッキリと折れてしまった部分もあった。


 結果、彼は秦に使者を送り、河西の地を献上することで講和した。かつて呉起ごきが守り抜いた土地であったところである。


 だが、魏はそれを失ってしまった。

 

 更に恵王は秦に近い安邑を去って大梁に遷都した。その際、彼は嘆いて言った。


公叔座こうしゅくざの言を用いなかったためにこうなってしまった」

 

 秦は公孫鞅の功績を称え、商於十五邑を与えた。この後、彼は商君と号した。このことから公孫鞅は商鞅しょうおうと呼ばれるようになる。


 楚の宣王せんおうが死に、子の威王いおうが立った。


 それにより秦は南の楚を侵した。










 一方、斉は趙と共同して、魏を攻め勝利した。


 斉軍を率いるのは、田嬰でんえいである。これに孫臏そんぴんも同行した。


「戦において、なんのご助言もされないのですね」


 田嬰は孫臏に向かってそう言った。


「そこまで策を巡らしてまで勝つという戦ではございませんのでね」


 孫臏は骸骨を撫でながら肩を竦ませてそう言った。


田忌でんき殿との方がよろしかったですかな?」


 どこか煽っているような言葉である。


「さあ、どうでしょうか」


 孫臏はくすくすと笑う。もし同意するようなことを言えば、彼は直ぐに報告を行い、田忌のように危険分子として国を追い出すだろう。


「そうですか。ならば構いません」


 田嬰は直ぐに興味を失ったかのようにそう言った。


「そう言えば、田嬰殿には三十人を超える御子息がおられるとか」


「ええ」


「何故、後継者を未だに選んでいないのですか?」


 田嬰という人は万事そつなくこなすという人物で、よく言えば完璧主義、悪く言えば頭が固いという人である。


 そんな彼が三十人を超える息子たちから中々後継者を選ばないことは皆、疑問に思っていた。更に彼は多くの食客を養っていた。それも奇妙であったが、彼等がもし後継者争いに手を出すようなことになれば、泥沼と化しかねない。


 そのため食客の中には早く後継者を決めるよう進言する者もいたが、田嬰は聞き入れることはなかった。


(あれだけ完璧にしようとしている人が何故だろう)


 この戦での進軍中にも行軍の道はここで良いか。兵の規律はこれで良いか。指揮はこのようで良いのかと、この戦中、何度も何度も聞かれていただけにそう思ったのである。


(正直、鬱陶しかった)


 正直な感想と共に疑問を覚えたために聞いたのである。


「孫臏殿の元に何人か息子を通わしていますがどうですか?」


 田嬰は質問への返答をせずにそう聞いてきた。


「礼儀正しく良い御子息方かと、しかしながら些か応用力に欠けておりますね」


「そうですか……」


 孫臏の元に何人か兵法を習わせるために田嬰は通わしていた。そんな彼等を取り敢えずは指導する孫臏であったが、どうにも面白みの無い者たちばかりであった。


 例えば、兵の動かし方を一つ教えてもそれを覚えるのは上手いが応用することができないのである。


(よくもまあ軍人向きではない者をこれほど多く……)


 そう思いながら指導していたのを孫臏は思い出していた。


「家をこれから先保つためにも万全を尽くしたいと思うばかりに、後継者を決められていないのです」


「戦の才はともかく彼等は政治の能力は高いように見受けられますよ」


「これから先を思えば、戦の才も欲しく思うのです。それに食客たちをまとめる技量も……完全に任せるに足る後継者を見つけたいのです」


 田嬰は斉に対して強い忠誠心を抱いていた。国を成長させるためにも努力を欠かさず、国のために能力を発揮していくべきだと考えていた。その考えで息子たちを見ると物足りなさを感じる。


 そのため孫臏の元で息子を学ばせたりと他でも学ばせているが、しっくりくることはなかった。


「国家を支えるのが我が家の使命です。そのため国家を支える器量がなければ……後継者に任命することができないのです」


 彼はそう言ってため息をついた。


 後のことを覚えば、彼には素晴らしい後継者が現れることになる。しかし、その後継者は彼の元ではなく、別の彼の知らないところで育てられ育った人物である。


 皮肉としか言いようがないだろう。







 

 

 

 

 


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