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夢幻の果て  作者: 大田牛二
第二章 諸子百家鳴動
24/186

琴を持って謁見す

 紀元前358年

 

 秦が西山(韓領)で韓を破った。

 

 それに合わせるように魏が韓を攻めて釐を占領し、更に宅陽を包囲した。


 韓は堪らず、領地(平邱、戸牖、首垣と馳地)を魏に譲ることを条件に講和した。そして、会盟の結果、魏は釐を返還して宅陽から撤兵し、その代わりに上述の地および枳道を取った。

 

 趙の成公せいこうと魏の恵王けいおうが葛孼で会した。韓への侵攻をやめさせるためのものである。

 

 中原の三晋にとっての驚異の一つである斉では鄒忌すうきが琴によって斉の威王いおうに謁見していた。

 

 鄒忌が威王に謁見して琴を披露すると、音楽が好きな威王は喜んで彼を右室に住ませた。

 

 暫くして威王が琴を弾き始めると、鄒忌が戸を押して部屋に入り、すぐに、


「素晴らしい琴の演奏でございます」


 と言った。威王は不快になり、琴を退けて剣を手にした。


「あなたはまだ演奏を詳しく聞いていないにも関わらず、なぜ素晴らしいとわかったのか?」


 威王は彼の言葉が自分に媚び売る類のものであると判断したのだろう。そういった者を好まないのが威王という人物である。

 

 だが、鄒忌という男は口は大変上手かった。


「大弦の音が濁(低くて重い音。またはゆっくりした音)ですのは、春温(寛大で暖かいこと)であり、国君を象徴します。小弦の音が廉折(高くてはっきりしている音)ですのは清(清廉)であり、相(臣下)を象徴します。攫(指で弦を押さえて弾くこと)が深く、醳(弦から指を離すこと)が愉(緩やか)で弦を操る指の強弱、緩急の変化が適切であることは政令を象徴します。均衡がとれた音が鳴り、音の大小が影響しあって調和し、回邪(正しくないこと。ここでは恐らく複雑に変化する音)でありながら互いに害さないのは、四時(四季)を象徴します。これらのことから王の演奏が素晴らしいとわかったのでございます」

 

 彼は音楽を交えながら威王の政治運営を讃えている。


「汝は音(音楽)について善く語ることができる」


 威王がそう言うと鄒忌は言った。


「音について語るだけではございません。国家を治めて人民を養う方法も全てこの中にあります」


 彼は自分の琴を叩いた。

 

 威王はまた不快になり、


「五音の紀(規則。道理)を語るというのならば、あなたに優る者はいないだろう。しかし国家を治めて人民を養うことがどうして絲桐の間(琴の中)にあるというのか?」

 

 鄒忌はこう答えた。


「大弦の濁は春温であり、国君を象徴します。小弦の廉折は清であり、相を象徴します。演奏の緩急は政令を象徴します。均衡がとれた音が鳴り、大小の音が互いに影響し、回邪であっても害すことがない様子は四時を象徴します。それを繰り返したとしても乱れないのは政治が昌(盛んで明らかなこと)だからです。連なっても徑(軽快)ですのは、存亡(滅亡に瀕しても存続できること)だからです。だから琴音が調和していれば天下が治まるのです。国家を治めて人民を養う道理とは、五音ほど似通ったものはないと言えましょう」

 

 威王は彼の言葉に納得し、彼は威王に謁見してから三カ月で相印を拝受することになった。

 

 淳于髠じゅうこんがそんな大出世をした鄒忌に会って言った。


「あなたは弁舌に長けておられる。私に愚志(つまらない考え)があり、あなたの前で述べたいと思いますがいかがでしょうか?」

 

 鄒忌は、


「謹んで教えを受けます」


 と言った。

 

 淳于髠は彼に言った。


「人臣として国君に仕えながら全く過失がなければ、その身も名声も栄誉を受けることができるものです。逆に礼を失って過ちを犯せば、身も名も失うことになりましょう」

 

 鄒忌はそれに答えた。


「謹んで令(教え)を受け入れ、心目の前から離すことがありません。故に忠告を忘れることもございません」

 

 淳于髠は次にこう言った。


「狶膏(豚の脂)を棘の木で作った車軸に塗るのは滑りやすくするためのものです。しかし軸穴が四角であれば、車軸は回転できません」

 

「謹んで令を受け入れ、滑らかに回転する車輪のように従順な態度で国君にお仕えします」

 

 鄒忌の言葉に頷きながら淳于髠は言った。


「弓に膠を塗るのは古くなった弓幹の傷を埋めるためであるが、いつまでもそれだけで直せるわけではありません」


 つまりこれは古い礼制や規則に拘泥しているだけでは自分の短所を治すことができないから、広く人々の声を取り入れるべきだという意味である。

 

 鄒忌は頷き、


「謹んで令を受け入れ、自らを万民の中に属させることに努めます」

 

「狐裘(狐の毛皮で作った高級な服)が破れようとも、黄狗の皮(安い犬の皮)で補ってはなりません」

 

「謹んで令を受け入れ、慎重に君子を選びましょう。小人をその中に紛れ込ませることはございません」

 

「大車の性能を量らなければ、常任(正常な任務。ここでは正しい貨物の量)を載せることはできず、琴瑟を校正しなければ、正しい五音を成すことはできないのです」

 

「謹んで令を受け入れ、慎重に法律を修め、姦吏を監督しましょう」


 鄒忌がそう言うと淳于髠は小走りで退出した。貴人の前で小走りになるのは当時の礼である。そして、門まで来た時、淳于髠が僕(従者)に言った。


「あの方は、私が語った五つの微言(隠語)に対して響くように応答された。間もなく封じられるだろう」

 

 一年後、鄒忌は下邳に封じられ、成侯と号した。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 



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