表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢幻の果て  作者: 大田牛二
第一章 戦国開幕
20/186

覇王に憧れて

遅くなりました

 かつて一人の少年は一人の英雄を、覇王を知った。


 彼のようになりたいと少年は思った。


 だから少年は国君となった時、彼が行ったことを真似ることにした。


 紀元前370年

 

 この頃の斉は諸国からの侵略が激しかった。しかし、斉の国君である斉の威王いおうは酒や女に溺れるだけで、何もしなかった。


 次第に群臣たちは諦めの表情を浮かべるだけであった。


 一方、威王はこう思っていた。


(なぜ、誰も諫言しに来ないのだろう……)


 彼は小さい頃、大いに尊敬した人がいた。その人の名は楚の荘王そうおうという。


 彼は蛮族として見られていた楚において、その強大さを天下に知らしめた覇王である。


 こんなすごい人がいたのかと少年の頃、思った彼はさっそく行動を起こして、世話係の者にこんなことを頼んだことがある。


「自分を誘拐しろ」


 というものである。流石に国君の太子のそんなことをするわけにはいかない世話係たちは断った。彼等は正常な判断をもって断っているが、少年時代の威王には不満であった。


 荘王は臣下に誘拐されるという目にあっており、自分が荘王になるためには自分もそういうことをされるべきだと思いながらも、皆してくれないため、子供ながら地団駄を踏む。


 誘拐されることなく、国君になると仕方ないと思って、荘王が行ったような酒と女に溺れる生活を送った。そして、三年後に諫言してくれる名臣が現れ、それと同時に国の改革を行う。それが彼が望んだ国君としての流れであった。


 しかしながらこの年で彼が政治を行ってから、九年も経ってしまっている。そして、未だにこの酒と女と過ごす生活を送ってしまっている。


 威王にとって想定外だったのは、誰も諫言しに来ないことであった。


 この時の斉に人材がいないかと言われるとそういうわけでもない。


 例えば、騶忌すうきや軍人で忠義心の篤い、 段干朋(または「段干綸」)や田忌でんきのような男たちがいる。


 しかし、騶忌は確かに能力はあるものの、彼自信は事なかれ主義なところがあり、諫言を積極的にやるような男ではない。


 では、忠義心の篤い、軍人連中はというと諫言しようにもできなかった。


 それは荘王が隠語(謎とき)を好んだことを知っている威王が真似て行う隠語があまりにも難しかったのである。よって軍人たちも諫言できなかった。


 このように九年間の間、誰も諫言しないという奇妙な状況が生まれてしまった。


 ならば、威王が自分から酒も女も捨てて、人材の一新を図れば良いと思うのだが、彼はそうはしなかった。


(荘王のようになるのだ)


 彼の頭にはこれしかない。荘王の真似をしておけば、国は良くなるということも考えていると同時に少年の頃、思い通りにいかなくて悔しい思いをしたことため、意固地になっている部分もあった。


 さて、この変わり者の男の元にこれまた変わり者がやってくるのである。







 

 淳于髠じゅんうこんは斉にやって来た。実はこの男の嫁は斉の人でしかも贅婿(斉の女性に婿入りした男)であった。


 斉の桓公かんこうの頃に妻を得たが愛も変わらず、諸国を遊説していた。そんな彼が斉に戻ってきたのは、ある不思議な男にあと、三年したら威王にあってみろと言われたことがきっかけである。


 しかしながら彼はこの言葉を信用しておらず、昨年まで忘れていた。そんな時、妻から書簡がきた。彼の妻は文字が書ける。その妻が書いた書簡を読むと、彼女の親戚にあたる娘が威王の女官であった。その女官がある日、威王が、


伍挙ごきょは来ないのか」


 と呟いたという。その伍挙とは誰のことなのか知らない女官は淳于髠の妻に聞いたという経緯である。


「伍挙……」


 この名前にはある逸話で有名であり、酒と女に溺れる威王、そして、三年経てば会えという男の言葉、


「なるほど、そういうことか」


 納得した淳于髠は威王に興味を覚え、威王に会うことにしたのである。








 さて、淳于髠が来たことを女官を通じて、知った威王は彼を招くことにした。


 そして、会ってみると彼は、


(醜い顔だ)


 淳于髠の顔は醜いことで有名であった。


「さて、先生は何が御用で参られたかな?」


 威王がそう聞くと彼はにっこりと笑い、答えた。


「国君に一つ、隠語をしたく」


「ほう」


 そう言いながら威王は彼の笑みを見る。醜い顔ではあるものの、その笑みにはどこか愛嬌があった。


(笑みに愛嬌がある男は良い男だ)


 奇妙な感想を持ちながら、彼は言った。


「言ってみよ」


「では、国内に大鳥がおり、国君の庭にとまっておりますが、その鳥は不思議と三年間、飛ぶことも鳴くこともございませんでした。さて、この鳥はどのような鳥でしょうか?」


 威王は飛び上がらんほどに喜んだ。まさしく荘王が受けた隠語である。


 彼は気取ったように言った。

 

「その鳥は、飛ばない時は飛ばないが、一度飛べば、天を衝き。鳴かない時は鳴かないが、一度鳴けば、大いに人を驚かせることだろう」


 威王は淳于髠の手を取った。


「あなたを九年間待っていた」


 さて、ここからは話しが早い。

 

 威王はさっそく、全県の令・長(長官)七十二人を招いた。


 彼は先ず、即墨大夫を招いて言った。


「汝が即墨を治めるようになってから、毀言(批難の声)を聞かない日はなかった。そこで私は人を送って即墨を視察させた。その結果、わかったのは、田野が開拓され、人民が自給自足し、官(政府)には事(事件)がなく、東方に安寧をもたらしているということであった。汝が私の左右の者に仕えようとせず、助けを求めなかったのが誹謗中傷の原因である」

 

 威王は即墨大夫に万家を封じた。

 

 次に阿大夫を招いて言った。


「汝が阿を守ってから、誉言(称賛の声)を聞かない日はなかった。そこで私は人を送って阿を視察させた。その結果、わかったのは、田野は開拓されず、人民は貧餒(貧困のため飢えていること)しているということであった。以前、趙が鄄を攻めたが汝は援けなかった。衛が薛陵を取った時も汝は無視した。汝が厚幣によって私の左右の者に仕え、誉を求めたのが称賛の原因である」

 

 威王は憤怒の表情を浮かべ、阿大夫を煮殺した。他のものたちも尽く処罰を下し、斉の群臣たちは恐れて粉飾をしなくなった。


 官員全員が職務を全うし、斉は大いに治まり始めたのである。


「では、次だ」


 彼は段干朋や田忌に兵を与え、それぞれ衛、魯を攻めさせて、失った領地を取り戻し、自らは魏に向かった。

 

 魏軍が挑んできたが、これを難なく突破すると魏から抗議文が来た。喪中である我が国を襲うとはどういうことかというものである。


「それもそうだ」


 そう納得したところに威王の単純さがある。


「楚の荘王ならば、こういう時、どうするだろうか?」


 彼は淳于髠にそう聞くと、


「ならば、領地でなく道を貸すよう魏におっしゃってください」


「道を?」


「はい、楚の荘王がその名を轟かしたのには、周に鼎の軽重を問うたがだめです」


 威王はなるほどと思い言った。


「つまり、魏に道を借りて周に行けということだな」


「そうです。しかし、周に鼎の軽重を問うわけではありません」


「なぜだ。楚の荘王はそうしたぞ」


 楚の荘王のやった通りに動きたい威王がそう言うと淳于髠は、


「その頃の周はまだ、実は失っても名は失っていませんでした。しかし、今の周はもはや名すらもありません。そこに鼎の軽重を問うてば、国君こそ鼎の軽重を問われかねません」


「では?」


「周を助けるべきです。つまりかつての覇者が行ったことをなさるのです。そうすれば、天下の主導者はあなた様となりましょう」


「しかし、荘王はそんなことはしてはいなかった」


 威王の言葉に淳于髠は言った。


「同じことをする必要はありません。あなた様は荘王を師とされるのであれば、弟子は師を越えなければならないのです」


 だからこそ、弟子に自分を超えさせた孔子こうしは偉大であったのである。


「なるほど、そのとおりだ。では、魏と交渉するとしよう」


「そこはこの淳于髠にお任せあれ」


 淳于髠はそう言って魏に向かい、説得した。魏の恵王けいおうは喪中であることから戦争を好まなかった。そのためこれを許した。


「では、周へ」


 こうして威王は周王室に来朝した。

 

 当時、周王室が微弱になり、諸侯で朝見する者がいなかった。


 そんな中、来朝した威王に天下の人々は驚き、賢徳の君主として称えた。


 天下の主導者の座が変わろうとしていた。



 

 

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ