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夢幻の果て  作者: 大田牛二
第一章 戦国開幕
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盗跖

外伝の蛇足伝も更新しました。

 紀元前425年


 理由はわからないが、秦の庶長・鼂と大臣たちによってが秦の懐公かいこうは包囲され、懐公は自殺に追い込まれた。懐公には昭子という太子がいたが早逝しまった。


 そのため大臣達は昭子の子を擁立した。これを秦の霊公れいこうという。

 

 この年、趙無恤ちょうむじゅつが世を去った。

 

 彼は空同氏の女性を妻とし、五人の息子がいたが、彼は兄・伯魯はくろが趙氏を継がなかったため、自分の子ではなく、伯魯の子である代を治めている成君・しゅうに趙氏を継がせたいと常々考えていた。

 

 しかし成君・周は趙無恤よりも先に死んでしまったため、彼は成君の子・浣(または「晩」。伯魯の孫)を太子に立てた。

 

 趙無恤の死後、趙浣が立った。これを献公けんこうという。

 

 即位した献侯は中牟を都にした。

 

 しかし、これに黙っていなかったのは、趙無恤の息子たちである。彼等は献侯がまだ若かいことを主張し、父の弟である桓子を擁立し、献侯を駆逐してしまったのである。


 翌年、紀元前424年なると献公を放逐してから趙氏の主となった桓子が死んでしまった。

 

 国人は趙無恤の意志を受け継ぎ、桓子の子を殺して献公を迎え入れた。趙無恤への国民の信望と、代の人々が彼を支持したのが大きかった。


 この趙での混乱に対して、晋の他の二氏、韓氏、魏氏の両氏の当主もこの頃、世を去ってしまったことは趙氏への下手な介入がなかったという意味では、趙氏にとって幸運だったかもしれない。

 

 韓では韓虔の子・啓章が立ち、魏では魏駒の孫または子の魏斯(または「魏都」)が立った。これを魏の文公ぶんこうという。


 紀元前423年


 この年、韓啓章が鄭を攻撃して鄭の幽公ゆうこうを殺害したため、鄭人は幽公の弟・駘を立てた。これを繻公(または「繚公」)という。










 紀元前420年


 この頃の晋の国君は晋の幽公ゆうこうであった。彼は政治に興味はなく、常々色事ばかりに熱中し、度々宮中を抜け出すことが多かった。


 そのため彼の臣下たちはそれをやめるよう諌めていたが、それでも彼は聞き入れなかった。


 ある日のこと、いつもどおり夜になってから幽公は宮中を抜け出し、都邑の外にまで出るとそこにある一団が近づいてきた。


 春秋時代から戦国時代に移り変わる頃、各国は絶え間の無い戦争が続いたことや戦争による国君と国君の戦いだけでなく、卿大夫の間でも争いが繰り返されることから、軍事の支出が膨大になり、国政は財政難に苦しむようになっていった。


 一方、経済の発展によって奢侈品や嗜好品の普及を促したことにより、領主貴族の貪欲な欲求は日増しに拡大し、宮殿は美しく飾られ、衣服は錦繍が選ばれ、食事は肉や魚の御馳走が好まれ、大国では百器の料理が、小国でも十器の料理が並べられるようになった。


 一方、このような奢侈贅沢は統治者階級の財政状況を更に悪化させることになり、そのしわ寄せは庶民(主に農民)に及ぼされるようになった。


 国君や貴族は財政難を改善し、しかも奢侈な生活を満足させるために、民に対する搾取を強化するようになった。それだけでなく戦争にまで巻き込まれる民衆は命を落とし、財産を略奪される危険に常に曝されるようになっていったのである。


 このような状況下において、多くの民が路頭に迷って乞食・物乞いとなるか、盗賊として活路を見出すようになった。そして盗賊となった者達は統治者に対抗する闘争を繰り広げ始めていた。


 その数多の盗賊の中で、いや古代中国史上において最も有名な盗賊が現れた。その盗賊の名を盗跖とうせきという。


 しかしながら彼は学の無い庶民ではないようである。彼は部下を率いる上で、聖・勇・義・智・仁という五つをもって、部下たちをまとめていた。


 この五つが具体的に何かというと室内に隠された物を推測し、実際に当てることを聖(事理に精通していること。聡明)。人よりも先に入ることを勇。後から出ることを義。時を知ることを智。均等に分けることを仁。この五つに通じていないにも関わらず、大盗と成れた者は、今まで天下に存在したことがないのだと盗跖は言ったとされている。


 つまり、彼はやみくもに盗みをはたらくのではなく、狙った物がどこにあり、行動するべき時かどうか(成功の機会があるかどうか)を見極めてから動くようにし、実際に行動する時は、先に進んで後から退くことを奨励し、成功すれば、部下たちに利益を分け合うというやり方をとった。


 このようにして、部下たちをまとめたのである。


 明らかに庶民の出の言葉でも考え方でもない。学のある者の考え方である。








 盗跖の率いる盗賊集団は各地の至るところに出没し、役所などを遅い金品を奪っていた。そんな集団の一人が、高貴な服装のまま一人で出歩く幽公を見つけ、殺害してしまった。


 男は幽公の身につけている金品を奪うと盗跖に差し出した。他の部下たちが金品に喜び中、盗跖は目を細め、幽公を殺した場所に案内するように男に命じた。


 男が連れて行き、幽公の死体を見た盗跖は舌打ちをすると、男を切り捨てた。


「首領、何をなさるので」


「この間抜けな死体はな。国君よ。こいつはとんでもないやつを殺しやがった」


 国君を殺した。それを聞いた部下たちは青ざめた。流石に国君を殺したとなれば、国は本気で自分たちを追いかけるだろう。


「しかし、なぜ、こんなところに国君がいるんですかい?」


 部下がそう言うと、盗跖は指を一つ立てて言った。


「そうだ。それが重要だ。そういえば、ここは晋だったな」


「へい。そうです」


 盗跖は顎に手を当ててにやりと笑うと周囲を目で見回し始めた。そして、近くにある村を見つけた。


「あれだな。おい野郎どもあそこの村を襲うぞ」


「何の旨みもねぇ。村ですぜ」


「いいから行くぞ」


 盗跖らは村に向かった。


「いいか野郎ども。誰ひとり生かさず、殺せ」


「女もですか?」


「そうだ。ひとり残らず、全て殺せ」


 彼の部下たちは彼の考えが理解できてはいなかったが、彼に逆らうものはいない。皆、一斉に村に襲いかかった。


 阿鼻叫喚となる村を盗跖は歩く。それで何かを探すかのように目を見回していた。


「おっ」


 彼は目を細めた。彼の目線の先には一人の女の死体があった。


「おい、あそこの死体を運び出せ」


「へい」


 部下に命じて、その死体を村から運び出す。


「全員、殺したか?」


「へい」


「良し、ならば村を燃やせ」


 部下に村を燃やさした後、彼は運び出した女の死体が身につけている服を脱がさせ、高貴な服を着させた後に至るところに切れ目を入れ、破れたような後をつけた。


「さっきの国君の死体とこの死体をこことは違うところに捨ててこい」


「へい」


 数人の部下が死体を別の場所へと運ぶ。


「首領、なぜこんな面倒なことをされるんで?」


 盗跖は今まで、効率的なことを行い、無駄なことを嫌ってきただけに今回の仕事の意味がわからなかった。


「晋の国君は評判が悪い。そこで外に女を捕らえ、犯しているところを賊が殺したように見せかけたのさ」


「賊に殺されてしまっているのは、隠すべきでは?」


 もし自分たちの仕業と見られれば、どうなるのか。しかし盗跖は言った。


「死因というものは隠そうとすれば、するほど浮き彫りになるものさ。下手に隠そうとすれば、逆に疑いの目を向けさせることになる」


「しかし」


「だが、同じ死因でも殺された状況が、状況であった場合、話は変わる」


 部下たちは首を傾げる。


「一国の長が外で女を犯しているところを賊に殺される。これが他国に知られてみろ。外聞が悪すぎるとは思わないか?」


 彼の言葉に部下たちは納得するが、一人だけ言った。


「それでも私たちを追おうとされれば、どうなさいますか?」


「臆病だな。だが、その臆病さは大事にするべきだ」


 盗跖は発言した部下を褒めながら言った。


「大丈夫さ。少し、俺に考えがある。ちょっとした伝手を使えば、何とかなるさ」


「首領、死体を置いてきました」


「良し、ずらかるぞ。おめぇら」


「へい」


 まるで風のように彼等はその場を離れた。盗跖は足の速い者、頭の良い者、口の固い者しか仲間にしないようにしている。


 それだけに彼等一派は盗賊ながら、規律正しく素早く動くことができた。









「なんだと」


 幽公がいなくなったと数日、大騒ぎになっていた宮中において、捜索を行っていた晋の大夫・秦嬴しんえいが驚きの声を上げた。なんと幽公が女と共に外で遺体となって転がっているというのである。


「まるで女を犯したかのような姿をしておりまして」


「このことは秘密にせよ。良いな」


「はい」


 秦嬴が臣下にそう命じてから彼は部屋の中、歩き回る。


「主公がこのような形で死ぬとはますます晋は弱体化してしまう」


 今の晋は趙、魏、韓氏の三氏によって牛耳られており、もはや晋の公室の力はなかった。


「だが、主公は評判も良くなく政治にも興味はなかった。そうだ。これは天の采配なのだ」


 秦嬴はそう考えた。碌でもない暗君であった幽公が天によって裁かれたのである。ならば、これを利用して、政治的能力のある者を立てれば……


「どうしたというのだ?」


「報告します。只今、魏氏がこちらに参られました」


「なんだと」


 秦嬴は愕然とした。





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