道化
紀元前375年
韓が鄭を滅ぼした。
かつて韓の都は平陽にあったが、陽翟に遷り、今回、鄭を滅ぼした韓は新鄭を都とした。そのため韓は鄭とも呼ばれることがある。
趙の敬公が死に、子の成公が立った。
前年、越で内乱が発生していたが。越の大夫・寺区が越の乱を平定し、初無余を立てた。これを莽安という。
紀元前374年
前年、即位した成公の即位に納得していなかった趙の公子・勝(趙の武公の子)が成公と国君の位を争った。
周の太史・儋(一説では太史・儋は老子と同一人物とも言われている)が秦の献公に会って言った。
「かつて周と秦は合しておりましたが、後に別れました。別れて五百載(五百年)で再び合します。合して十七歳で覇王となる者が現れましょう」
一種の予言なのだが、この予言にはいくつかの解釈がある。しかし、どのような解釈もできるため、敢えて解釈を行わない。
秦は鄭を滅ぼした韓へ将軍・胡蘇に兵を与えて攻めさせた。しかし韓の将・韓襄が胡蘇を酸水で破ってみせた。
この頃、魏の武公が范台で宴を開いて諸侯をもてなした。魏の力を見せるためである。
酒がまわってから、武公は觴(杯)を持って魯の共公に酒を進めた。すると共公は立ち上がって席を離れ、顔色を厳しくして言った。
「昔、帝(舜。もしくは夏王・禹)の娘が儀狄に酒を作らせ、その酒が美味であったために、禹に献上しました。酒を飲んだ禹も甘(美味)だと思いましたが、儀狄を遠ざけ、酒を絶ち、こう申されたのです。『後世、必ず酒によって国を亡ぼす者が現れるだろう』」
次に彼は斉の逸話を話し始めた。
「斉の桓公がある晩、空腹で眠れなかったため、易牙が煎敖燔炙(肉や魚を焼いた料理)を準備し、五味を調えて献上しました。満腹になった桓公は熟睡し、朝になっても目が覚めることはありませんでした。その後、桓公はこう申されました。『後世、必ず味(美味)によって国を亡ぼす者が現れるだろう』」
次に晋の逸話を話し始める。
「晋の文公は美女・南之威を得たために三日の間、朝政を聴くことはありませんでした。しかし後に南之威を遠ざけてこう申されました。『後世、必ずや色(女色)によって国を亡ぼす者が現れるだろう』」
次に楚の逸話を話し始めた。
「楚王(誰かは不明)が強台に登って崩山を眺めました。左には江(長江)、右には湖(大きな湖泊)があり、山水に臨んで徘徊し、楽しむ様子は死も忘れるほどであったと言います。しかし後に二度と強台に登らないことを誓い、こう申されました。『後世、必ず高台や陂池(山水)によって国を亡ぼす者が現れるだろう』」
共公はまとめとした述べた。
「今、魏君の尊(杯)は儀狄の酒で満たされており、主君の味は易牙の調(料理)で満たされており、左に侍る白台と右に侍る閭須(どちらも美女の名)には南威(南之威)の美があり、前に夾林、後ろに藍台がある范台は強台の楽(楽しみ)に匹敵すると言えましょう。このうち一つでもあれば充分、国を亡ぼすことができるというのに、今、魏君は四者とも兼ね備えております。戒めなければなりません」
武公は彼の諫言を褒め称え続けたという。
紀元前373年
燕が林狐(または「林営」)で斉軍を破った。それに合わせるように魯も斉を攻めて陽関に入り、魏も斉を攻めて博陵(または「鱄陵」)に至った。
斉の威王が政治に見向きもせず、遊び呆けている隙を突いたものである。これほど攻め込まれ領地が取られても何もしない彼に大臣たちも苛立ったが、彼は気にしない。
女と酒に溺れるだけであった。
そんな威王の噂は色んなところに伝わった。それを聞いた一人が淳于髠である。
「暗君と言えば良いのかねぇ。こういうのは……」
そんなことをある酒場で呟いているとそこに髪の長い男が見えた。
「あと、三年してから会ってみるといい」
男はそう言うとそのままどこかへと行ってしまった。
「おい、あんた……行っちまった。三年ねぇ……」
ふとある逸話が頭に浮かんだが、まさかあと思って頭から振り払った。
この年、燕、宋、衛の国君が代替わりした。それぞれ燕の桓公、宋の辟公(ただ辟は諡として使われない文字とされている)、衛の声公という。
紀元前372年
趙が太戊午(または「太成午」)を宰相にした。その新たな宰相の意思により、衛を攻めた。すると魏が衛を救援し、北藺で趙軍を破った。
趙からの攻撃が和らいだ衛は斉を攻めた。それでも斉は大したことを行わなかった。
紀元前371年
魏は楚を攻めて魯陽を取った。
韓の厳遂子が自分を重用しないため、政敵を殺した時のように刺客を放って、韓の哀公を殺害した。韓の国人たちは哀公の子・荘公を立てた。
一方、魏では魏の武公が死に魏の恵王が即位した。天下の主導者である魏を衰えさせていく人物である。
その代わり台頭するのは、暗君の噂が絶えない斉の威王であることはなんの皮肉であろうか。
一方、威王は今日も女を抱き、酒を飲んでいた。
「主公は大変、物真似が上手でございますわあ」
女が威王に言う。
「そうだろう。声真似も得意だぞ。鳥や牛の声とかなあ」
女たちはくすくすと笑う。
「他にはどんなことができますの?」
威王は言った。
「後は、覇王の声とかかな……」
彼はにやりと笑った。
「さてと行きますか」
淳于髠は荷物をもって、斉に出かけることにした。
「自分の勘を信じて、さあ斉君はどうしようもない暗君か。それとも覇王か。いっちょこの舌で確かめてみるとしよう」
二人の道化が出会うまであと、少し……