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夢幻の果て  作者: 大田牛二
最終章 天下統一

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策を聞かせて

「ほう、降伏すると」


 龐煖ほうけんは拝礼を行うせんを見据えながらそう言った。


「はい、左様でございます」


 旃の様子を見ながら龐煖は自分の髭を撫でる。


(罠ではないか?)


 彼の中で浮かんだのはそのことであった。しかし、ただでさえ山越えを行い、攻城戦に突入しているだけあり、兵たちの疲労は大きい。


(楽に落とせるというのであれば、それはそれで構わない)


 そもそも今回の奇策は秦に動揺を生じさせ、函谷関の諸将をこちらにおびき出して、合従軍がその隙に函谷関を陥落させるというものであった。しかし。同時に蕞城の攻略も行えれば、奇策の効果は更に良いものになるのではないかと龐煖は考え始めた。


(ここだな)


 その様子に元々人間観察に自身を持っている旃は龐煖に欲が生じ始めたのを理解した。


「将軍、実は恥ずかしい限りではございますが、城の中には降伏することに反対する者たちが多くおります」


「ほう、それでは降伏するという汝の言を信用できないな」


「そのとおりでございましょう」


 龐煖の言葉に旃は同意しながら悲しそうに言った。


「我が城の者たちは秦の圧政による苛烈な刑罰があり、降伏することで家族が処罰されることを皆、恐れているのです」


 確かに秦では敵国に降伏した者の家族は容赦なく処刑される。


「そのため降伏を躊躇するものが多いのです」


 秦の法の苛烈さは本当のことであり、そのことは諸国に知れ渡っている。


「そうか」


「ですので、将軍にお願いがございます」


 旃は頭を下げる、


「三日ほど、降伏に足踏みしているものたちの説得するお時間を頂きたいのです」


 龐煖は彼をじっと見つめる。


「良かろう」


「感謝致します」


「それに三里ばかり後退もしてやろう」


 龐煖の言葉に傍で聞いていた趙の諸将は驚く。


「将軍、それは流石に……」


「これは決定である。不服があるのか?」


「いえ……」


 旃は関心したように言った。


「将軍の大度なるお心、誠に感服致した。我が身命を賭してでも説得してみせます」


「良い。お前のような将兵を思いやる者の言葉を信じたまでだ」


 そう言った龐煖は彼が戻った後、本当に三里、軍を後退させた。


「将軍、本当に彼は説得に成功するでしょうか?」


 龐煖は諸将の言葉に答えず、ただこう言った。


「兵たちを休ませよ。良いな」


「承知しました」


 翌日の夜。


 龐煖は諸将をたたき起こし宣言した。


「これより蕞への夜襲をかける」


「将軍、約束では三日の猶予を与えているはずです」


「何を言おうか。相手は虎狼の国、秦であるぞ。あやつらのやって来たことを考えてみればわかることだ」


 かつての長平の戦いで息子たちを失った龐煖にとって秦は仇なのである。


「いくぞ、この一撃を持って秦の滅びをもたらすのだ」


 趙兵は彼の言葉に一気に高揚し、夜襲を行った。


 完全に油断している蕞城への夜襲を持って門を突破するとそこには大きな穴が開いていた。


「と、止まれ」


 先頭の兵がそう叫んだが、勢いよく駆け込んできた後の兵たちによって穴へと落ちていく。


「構えぇ」


 その時、蒙毅もうきが叫び、蕞城の穴の周辺から秦兵が現れた。そして彼らは一斉に矢を構える。


「放てぇ」


 蒙毅が再び叫んで指示を出すと秦兵たちは矢を放ち、穴へ落ちていった趙兵たちに無数の矢が刺さっていく。


「まさか読まれていたのか」


 予想外の事態に龐煖は驚く。


「いやいやそこまで驚いてくれると嬉しいですね」


 にやにやと趙の鎧を着た男が龐煖に近づいていく。


「貴様、何者か」


 龐煖が叫ぶと男はけらけらと笑い、喉を撫でながら、ごほごほと咳をして言った。


「これならばわかりますかな?」


 先ほどまでとは違う男の声、しかも龐煖はこの声を知っている。


「貴様、ここの城主か」


「ご名答。龐煖将軍」


 手を叩きながら旃は笑い、


「大正解の記念に小剣でも如何?」


 小剣を龐煖に投げつけた。それを龐煖は矛で弾き、そのまま旃に向かって矛を振り下ろす。それを旃が避けると、まだ城の中に入っていない趙軍の横っ腹に秦の騎兵が突撃を仕掛けた。そして、そのまま突き抜けるように趙軍の中を横断し、その先頭にいた李信りしんに向かって旃は手を伸ばす。


 李信は彼の手を手に取るとそのまま引き上げ、後ろに座らせた。


「流石、良い時に来てくれたね」


「無茶をしないでください。あなたは王の近臣なのですから」


「まあ王様の近臣も無茶をしないといけないからさ」


 二人はそのままぐるりと蕞城を回ると後方の門に入った。


 一方、龐煖は傷ついた趙軍を率いて三里後退した。


「いやあ、相手さんが約束守って三里下がってくれたから降伏してあげたいけど、難しいよね」


 それを城壁から旃は眺める。


「相手はあなたに策を読まれたことで警戒して、不用意に戦おうとはしないでしょう」


 蒙毅はそう言った。


「読みきったわけではないのに、恥ずかしいことこの上ないよね」


 そう旃は相手の策を読みきったわけではない。最初、旃はせいに言われたとおり、諸将の真似を行おうとした。しかし、上手くいかなかった。


(変装や声を変えるようには上手くいかないよね)


 身体的特徴の真似などはできるが流石に戦の思考力を真似ることは無理である。


 旃は早々に諦めて、本来の自分のやり方に立ち戻った。


 そこで彼は龐煖に会った後、城に戻った見せかけてから変装して趙軍に侵入した。そして、龐煖が策の説明を近くで聞き、城に戻ってから相手の策の内容を伝えてその対策を行うように指示を出した。


 そのため策への実際の対策の立案を行ったのは蒙毅である。穴を掘ったのは鄭国ていこくである。そして、相手の横っ腹に突撃を仕掛けて被害を甚大にしたのは李信である。


 そう旃がやったことと言えば、ただ相手の策の内容を聞いて報告しただけであるのだ。


「まあこの間に、鄭国に城壁の修理を行ってもらおう。これで指示どおり、時間稼ぎができるんじゃないかな?」


 旃はそう言った。武人の戦ではない彼の戦を前に龐煖率いる趙軍はついに蕞を攻略することはできなかった。


 一方、その頃、函谷関では合従軍の総大将・春申君しゅんしんくん率いる楚軍が合流し、函谷関を守る秦軍と合従軍の最後の戦いが始まろうとしていた。








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