幕が上がる
大将軍に任命された蒙驁と作戦作成の任を受けた副将・尉繚を中心に軍議が開かれた。
ここにいる各将軍とそれぞれの副将を紹介する。
先ずは相変わらずの無表情である王翦。その彼を補佐する副将に任命されたのは章邯である。ここにいる諸将の中では最も若く、函谷関の兵からの叩き上げである。
次に筋骨隆々の大男である麃公。その補佐を務める副将は王賁である。彼は王翦の息子で若いが父譲りの才覚を有している。
麃公と同じような体格を持っている蒙驁の息子の蒙武。その補佐を務める副将は蒙恬である。蒙驁の孫であり、蒙武の息子である彼はまさに軍門一族の貴公子と言える人だ。
そしてその隣で花を手に持っているのは張唐である。その補佐は副将・内史・騰である。文官出身であるが戦才があるとして将軍とされた。
古参の将軍の一人である摎とその副将・楊端和。楊端和は鎧を二枚、三枚一緒に着込んでいる。理由は寒いからというもので凄まじいほどの寒がりである。
その隣で不真面目そうな表情なのは桓騎である。その副将を務めるのは羌瘣である。彼は狼の毛皮をつけており、元々羌族の出身という異色の経歴を持っている。
そんな彼らに尉繚が言った。
「今回の合従軍に各国の将軍については先の朝廷で述べた通りです。まあ楚と趙が軍の質において良いものであるということはお分かりのことと思います。しかしながら油断は大敵。他三カ国もそれぞれの全力を持って軍を出しています」
「なあ斉は参加しないのか?」
麃公がそう言った。今回の合従軍は楚、趙、燕、魏、韓の五カ国であるが、それに斉が参加しないとは限らないと思ったための発言である。
「斉には相国閣下の食客の蔡沢殿がいらっしゃっておいでです」
これは軍議を開く前、呂不韋が伝えてきたことである。
「まるで最初から知っていたような動きじゃないか」
桓騎がそう言った。
(まあ、あれならありえる)
尉繚は内心そう思った。
「美しくありませんね」
張唐は桓騎に向かってそう言った。
「今は一致団結の時、不必要な混乱をもたらすことはないでしょう」
けっと、舌打ちしながら桓騎は横を向く。
「取り敢えず、斉が合従軍に参加することはないと思われます。蔡沢殿は我が強いところが欠点ですが、才覚のある人ですので」
尉繚は地図を広げて作戦を話し始める。
「合従軍とどこで戦うかですが、当初、寿陵で戦おうと考えていましたが、正直、まともに戦うのはこちらの被害が大きくなると私は考えています」
彼は五カ国の侵攻道を指を差しながらそれぞれの到着日数を述べて言った。
「本来であれば楚軍が最も早くここ寿陵の地で到着しますが、間者によって知った兵数を考えると楚軍の到着はもう少しかかります。その結果、韓、魏、趙と早々に合流します。燕はその数日後です」
尉繚は諸将を見る。
「先ほどから楚、趙が合従軍の中で強力であると話させていただきました。そこで各一軍に楚、趙への奇襲を行おうと考えています。それによって撃破、もしくは合従軍の合流を阻止、または合流までの時間稼ぎを行います」
「韓、魏、燕はどうする?」
「彼らは残った軍のほとんどを持って王のご指示通り、完膚なきまでに叩きのめし、それから奇襲により傷つき、遅れてきた楚、趙も叩く。これで合従軍は破ることができましょう」
蒙驁は頷き、言った。
「この策で行くとしよう。楚軍への奇襲は麃公に任せる」
「応よ」
「承知しました」
麃公と副将の王賁が拝礼を行う。
「趙への奇襲は摎に任せる」
「承知しました」
「仰せのままに」
摎と副将の楊端和も拝礼した。
「後のものたちは決戦のための準備を行え、良いな」
「御意」
こうして諸将は慌ただしく準備を始め、麃公の軍、摎の軍はそれぞれ奇襲のため先行した。
「では先に行く」
摎は趙への奇襲のため途中で離れ、麃公は楚への奇襲のため寿陵に到達した。
「少し休んでから一気に楚軍に向かって進むぞ良いな」
そう言って休憩の準備を始めた時、麃公はふと風を感じた。
(なんだ?)
そのままある方向を見た時、楚の旗が見えた。
(楚の旗……楚の旗だと)
麃公は叫んだ。
「敵襲っ」
麃公軍に向かって項燕率いる騎兵隊が襲いかかった。
「楚人の魂を見せつけよ」
項燕の一閃によって秦兵は吹き飛ばされる。
「おい若造」
麃公は二本の矛を持って、項燕に襲いかかった。
「一人で遊んでいるんじゃねぇ」
「ふん」
開戦の幕は突然、上がり、そして……
同じ頃、秦にある一団が入国した。
その一団は一見、芸者集団であった。しかし、その長である女は六代目・盗跖である。
「さあ、お仕事を始めましょう」
彼女はそう微笑んだ。
これまた同じ頃、一人の男が秦に入国した。
「この行為が何の意味があるのか。それとも何の意味もないのか」
黄色い服を着た男はそう呟いた。
戦場は一つではなかった。




