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夢幻の果て  作者: 大田牛二
最終章 天下統一

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勅命、下る

遅くなりました。

 紀元前241年


 秦に激震が走った。


 楚、魏、韓、趙、燕の五カ国による合従軍が結成させ、秦への侵攻を始めたのである。群臣たちは大いに動揺した。そのような動きを一切、気づいてなかったのである。


「なんと情けないことか」


 秦王・せいは廊下を歩きながら呟く。


「まあ流石に気づくのは難しいと言えましょうなあ。流石に相手の方が上手であったと思うべきでしょう」


 尉繚うつりょうは後ろでそう言った。


 廊下の左右には宦官が並ぶ。その中の一人を政は歩きざまに殴り飛ばす。


「はしたないと申しているだろうが」


「だが、あの宦官。頬を差し出していたぞ」


 政の言葉に尉繚は眉間を寄せて倒れ込んだ宦官を見た。


「なるほど、ご褒美というわけか」


 宦官・趙高ちょうこうは微笑んでいた。










 政が玉座に座ると群臣、諸将が立ち並ぶ中、一人が前に出て言った。


「報告します。合従軍の総大将兼楚の総大将は春申君しゅんしんくんです」


(最後の四君が総大将か)


 政の近くで報告を聞く尉繚はそう思った。


「楚軍の副将は周章しゅうしょう。先鋒は項燕こうえん


「副将はよくは知らないが、先鋒の項燕は邯鄲での戦いで参加していた男だな」


 尉繚は政にそう補足した。


「趙軍の総大将は龐煖ほうけん、副将は李牧りぼく、先鋒は司馬尚しばしょう、後軍は慶舍けいしゃです」


「燕との戦いでの評価から龐煖が総大将なのだろう。李牧の方が向いていると思うがな。まあ楚軍と趙軍が戦力は充実しているな」


 尉繚は楚と趙の将軍の名を聞いてそう評価した。


「魏軍の総大将は安陵君あんりょうくんです」


「誠実さだけが取り柄。信陵君しんりょうくんのような戦はできない」


「燕軍の総大将は将渠です」


「あれも誠実さで知られているだけのやつで奇想はない」


「韓軍の大将は開地かいちです」


「頭の悪くない老将だ。何せあの王齕おうこつを殺したやつだ」


「ほう」


 そのような報告は聞いたことがなかったため政はそう言った。


「まあ各国、考えられるだけの戦力を出している。それだけ本気ということだろうな」


 その尉繚の言葉を裏付けるように群臣、諸将から動揺が生まれている。


「まさかそれほどに本気で来るとは」


「そもそも我らをここまで出し抜いてやるとは」


 合従軍が迫ることに動揺するその姿に政は苛つき始めた。


「不甲斐ないことだ」


 政の言葉が朝廷に響いた。


「ああ、白起はくきがいれば、あのような合従軍をも打ち破ったであろうに」


 その言葉に群臣、諸将は顔を下げる。


「ああ不甲斐ない」


 政は激情を顕にしながら玉座を叩く。


「白起とは如何なる将軍であったか」


 彼は蒙驁もうごうに問いかけた。


「休むことなく、天下を駆け巡り、数多の城を落とし、数多の首を斬った名将でございました」


 それを聞いた政は言う。


「私は我が国がこれほど優れた国であるにも関わらず、なぜ、天下を得ることができていないのか。私は白起が存命であれば、天下を獲ていただろうと聞いたことがある」


(ありゃあ。それを言ったの私だわ)


 尉繚はそのことは言わないで欲しいと思いながら聞いていた。


「しかし、その白起はいない。蒙驁の言うとおり、休みなく天下を駆け巡ることをお前たちになかったのか。彼ほどに努力を行わなかったのか」


 政は諸将を見る。誰も反論を述べようとしない。


「不甲斐ない。反論一つさえできないとは……貴様らはこう述べるのか。白起を死に追いやった先君たちが悪かったと」


「いいえ違います」


 諸将は震えながらそう言う。


「いいんですか。このままで」


 尉繚にせんが言う。


「まあ成るようになるだろう」


(それよりも……)


 彼は呂不韋りょふいを見た。


(ここまで一切、発言をしていない。一体……)


「白起ほどの将はいない。お前たち自身がそう思っている。そして相手も思っている」


 政は立ち上がった。


「諸国は秦にもはや白起のような将軍はいないと考え、そして、幻想を抱いた。秦に勝てると、滅ぼせると」


 諸将の中には悔しさをにじませる者が出てきた。


「故にあのような合従軍を結成してきたのだ」


 政は諸将を見て、傍に置いてあった剣を手に取る。


「ここに勅命を下す」


 政は剣を抜く。


「我が国を滅ぼせるという幻想を抱いている愚者どもの幻想を完膚なきまでに叩き潰せ」


 剣を朝廷の床に叩きつけた。そして、そのまま剣を蒙驁に投げ渡した。


「貴様を大将軍に任じる。老骨と言えども断ることは許さん」


「承知しました」


 政は次に尉繚を見る。


「貴様は大将軍の副将に任じる。我が近臣としての実力を見せてみろ」


「承知しました」


 尉繚は拝礼を行う。それを横目で見ながら政は朝廷から去ろうとする。


「お帰りですかな」


「あとはお前たちに任せる。私がいなくとも軍議ぐらいはできよう。それに……」


 政は諸将を見る。


「貴様らの策。我が国の諸将の実力。それによって勝利という二文字が訪れることを、我は信じている」


 そう言って立ち去っていく。


「王の言葉は絶対だ」











「まあ信頼されたことですし、軍議の準備を始めますかな。大将軍殿。相国閣下もよろしいかな」


「ええ、あなた方に任せますよ。欲しいものがあれば言ってくだされ」


 そう言って呂不韋も朝廷を去った。


「王は若いながらも中々ですな」


「変わった方ですがね」


 尉繚は蒙驁にそう言った。すると蒙驁は首を振った。


「先ほどまで浮き足立っていた諸将らの動揺を押さえ込んだ。王の言葉を聞いて皆、奮い立ったことでしょう」


「そうですな。でもまあ、ああいう人ですので、王のお望みである勝利をもたらす策を練るとしましょう」


 尉繚はそう笑って言った。

 



合従軍陣営。


楚 春申君 周章 項燕


趙 龐煖 李牧 司馬尚 慶舍


魏 安陵君


燕 将渠


韓 開地





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