嘘か誠か
大変遅くなりました。
信陵君の話の前に政たちの話
「信陵君とはそれほどの相手なのか?」
政は尉繚にそう聞いた。
「ええ、この時代における英雄の一人と言えましょう」
「秦には英雄はいないのか?」
「以前は白起という偉大な男がいたが、今はいないな」
「その白起がいれば、勝てたのか?」
政は純粋な気持ちでそう問いかけた。
「記録によれば、白起と信陵君は一回、戦闘を行っている。決着は付かなかったようだ。だが、最初は白起の旗下の者たちに指揮させており、彼自身は指揮をしていなかったという話しだ。そのため純粋な戦闘というわけではなかったようだ」
「ふむ、白起の他に我が国に英雄はいないのか?」
「いないと言えましょうな」
「では、信陵君に勝てる者はいないということか」
「ええ、戦場で勝てる者はいないでしょうな」
その会話を隣で聞いていた旃が首をかしげる。
「戦場以外なら勝てるということですか?」
「白起の軍が信陵君に苦戦をしたと聞いたかつての宰相・魏冄は強引な手を使って信陵君を失脚に追い込んでいる」
尉繚は笑う。
「戦場だけが勝ち負けの場ではないということだ」
「では、先生よ」
政は彼を見据えながら言った。
「それを実践してみよと言ったらどうする?」
「それが主の望みと言うのであれば、答えましょう」
尉繚はそう言うと旃の首根っこを掴んだ。
「旃を借りるぞ」
「必要ならば良かろう」
旃を連れて尉繚はあるところへと向かった。
「どこへ行くのです?」
「主様のご要望に応えられる場所に行くための場所」
やがてたどり着いたのは……
「相国……呂不韋の部屋……」
政の敵であるという認識を持っている旃は尉繚を睨む。
「そんな目をするな。ぞくぞくするだろ」
彼は部屋の扉を開けた。部屋の中には呂不韋が木簡を見ていた。
「政様にお仕えしている尉繚と申す。相国閣下にお話があり参上致した」
「突然来るとは、礼儀もしらぬやつらしいが、太子の臣下であるならば無下にはできまい。何かな?」
呂不韋がそう言うと尉繚は言った。
「話しと言いますのは、相国閣下のお力をお借りし、管(地名)の地の守備に私を着かせて頂きたく参りました」
「よくもわからない君を土地の守りを任せろと?」
「ええ左様でございます」
尉繚は言葉こそ丁寧だが、ふてぶてしい態度でそう言う。それに対し、呂不韋は木簡を起いて彼を見る。
「無名と言っても良い君を国の要所の一つを守らせる。それで私にどのような利益があるというのか?」
「政様の情報を逐一閣下に私がお知らせするというのはいかがでしょうか?」
その言葉を後ろで聞いていた旃は一気に目が鋭くなる。
(この人は政様を裏切るつもりなのではないか?)
「太子の情報を……」
呂不韋は目を細める。
「ええ何を考え、何を話し、何をしているかそれら全てを閣下に伝えるのです。私は常に政様の近くでお仕えしておりますので、閣下の望みのことを全てお話しましょう」
尉繚の言葉に呂不韋は髭を撫でて、考え始める。
「それで……なぜ、君は管を守りたいと言うのか?」
「閣下のお役に立てることを証明するためにです」
「証明……管を守るだけで?」
「ええ、信陵君から守ることで」
呂不韋と尉繚は互いに笑った。
「信陵君はもうすぐ管へ侵攻しようとしています。そこで私が守り抜けば、起用しました閣下の名声は上がることでしょう。そうかつて白起を起用し、己の権力を高めた魏冄の如く」
「汝を白起の如くにか……大した自身だ。良かろうやってみよ」
「感謝します」
そう言うと尉繚を出た。その後ろを旃が歩く。
「あなたは誰の味方なのですか?」
「誰の味方か。そんなことを考えていると後ろから刺されるぞ」
(あなたが今からやられることでは?)
旃はちらりと自分の持っていた小剣を見る。
「さて、旃よ。お前にはある者の書簡を見て、筆跡を真似てもらうぞ。他にも仕込みが必要であるから、急ぎで頼むぞ」
「仕込み?」
「ああ、信陵君の侵攻先を管にするとかな」
「管を攻めるというのは嘘だったのですか?」
つまりこの男は呂不韋の前で堂々と嘘をついていたことになる。
「そうだ。信陵君に勝つという主のお達しだからな。先ずは負けない戦をしなければならないのだよ」
「政様のために……なんですね」
「そうやって信じていると騙されるぞ」
尉繚の言葉に旃は口をへの字にする。
「さて、信陵君と戦うために仕込むぞ」
「さっき筆跡を真似ろと言ってましたが、それが信陵君と戦う仕込みになるんですか?」
「ああなる。信陵君と魏の間に毒を仕込むためにな」
部屋の中、呂不韋は木簡に尉繚を管を守らせる旨を書いていた。
「愛しい人の臣下だ。実力があるかどうかを見なければな。その試験と考えるとしよう」
呂不韋は笑う。
「実力がなければ消えてもらう。実力があれば……ふっふふふ」
(全ては良き終幕のため)