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夢幻の果て  作者: 大田牛二
第六章 決定的一撃

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白起

戦国四君それぞれのイメージ。


孟嘗君 怒らせると一番怖い。


信陵君 天才肌。打たれ弱い。


平原君 貴族のボンボン。理想家。


春申君 万能。脇が甘い。

 久しく趙の都・邯鄲を包囲していた秦軍であったが難しい状況となった。


 魏軍と楚軍の援軍がやって来たのである。ただでさえ、趙側の決死隊と楚軍の先行部隊による被害も大きく、王翦おうせんが負傷して帰国を余儀なくなってしまった。


 彼はこの軍の安定に不可欠であった。ただでさえ大将・王齕おうこつと副将・鄭安平ていあんぺいの相性が悪いのである。秦軍の陣内で不協和音が流れ始めていた。


「魏軍を率いるは信陵君しんりょうくん、楚軍を率いるのは春申君しゅんしんくんか」


 信陵君はかつて王齕もひどい目に合わされており、白起はくきも苦戦した相手である。


(しかし、逃げるわけにはいかない)


 王齕としてはなんとしても邯鄲を落としたい。そのためにも援軍に来た魏軍、楚軍と戦わねばならない。


「援軍に来た連中を叩き、邯鄲攻略を目指す」


「しかし、我が軍は既に疲弊しており、これ以上の戦闘は難しいのでは?」


 そう言ったのは鄭安平である。


(貴様が後方でもっと守備を固めておれば、もっと被害は少なかったのだ)


 王齕は彼の発言を無視した。


「さて、どうしますかな」


 春申君は信陵君に会うとそう言った。


「個人的には今の秦軍は連携が取れていないように思えます」


「そこで私が王齕を抑え、あなたが鄭安平の軍を叩けば良いと考えます」


 春申君はその意見に首を振った。


「今のあなたの立場は微妙だと聞いている。あなたが鄭安平の軍を遅い大功を挙げられよ」


 信陵君が無理やり魏軍を奪ってきたことは春申君の耳に届いている。


「感謝する」


「存分に叩いて見せましょう」


 信陵君は頭を下げた。


 こうして、秦軍と魏、楚軍はぶつかった。絶大なる武勇を発揮する王齕の軍に対して、楚軍がこれを対峙する間、信陵君は魏軍を持って、鄭安平の軍に襲いかかる。魏軍の猛攻に鄭安平の軍は崩れるため、王齕もそれに釣られて破れてしまう。


 このような事態を繰り返し、更に邯鄲からも趙軍が出てきて、秦軍を叩き、邯鄲に入っていた楚の先行部隊を率いる項燕こうえんによる突撃によっても被害を出してしまう。


 こうして何度も敗戦を繰り返す中、それを聞いた白起が、


「王は私の計(邯鄲を攻略するのは困難だという意見)をお聞きにならなかった。今の状況はどうであろうか」


 と言った。これに秦の昭襄王しょうじょうおうは激怒し、白起に出征を強要したが、白起は病が重くなったと称して頑なに拒否した。


 一方、魏軍が援軍に来ていることを咎めるため、秦は張唐ちょうとうに魏を攻めさせ、守りを固めていた蔡尉さいい(蔡が姓、尉が名)は守りを棄てて帰った。そのため魏は彼を処刑した。


 紀元前257年


 張唐が魏を攻めている中、秦は白起を罷免し、爵位を奪って士伍に落とした。


 更に昭襄王は趙を攻めている王齕を援けるため、更に多くの兵を動員して汾城の傍に駐軍させた。白起にも要請を出したが、彼は病と称して従軍しなかった。


 その間も魏、楚軍は王齕を攻撃し続けて、王齕は敗戦を重ねた。王齕の使者が毎日、秦都・咸陽に到着して援軍を求めた。


「また、負けたのか」


 昭襄王は思いっきり悔しがる。彼は敗戦が重なっている状況を恥とし、人を送って白起に咸陽から出ていくように伝えた。


 白起が咸陽西門を出て十里進み、杜郵に至った頃、昭襄王は范睢はんしょや群臣に言った。


「白起を遷した時、不満そうな様子で怨言があるようであった」


 群臣たちは冷や汗をかきはじめる。


「やつに剣を下賜する」


「承知しました」


 昭襄王は使者を送って白起に剣を下賜した。自殺せよということである。


 白起は一人、ある暗い部屋に入った。


 そこに一人の男が既にいた。


「おや、あの奇術師の元にいた人ですね」


 黄色い服を着た黄石こうせきは頷いた。


「あなたの死に様でも見ようと思いましてね」


 黄石は目を細める。


「どうですか。あれほどの虐殺を繰り返し、その名声は天下を轟かした。それにも関わらず、あなたは一つの剣を下賜され、自らの命を断とうとしている」


 白起は少し笑うと言った。


「私は主上の意思を果たし続けただけです」


 白起からすれば、虐殺をしているなどというつもりは全くはない。全ては主上の意思を、愛を広げるための行為でしかない。


「あなたは自分の行為を綺麗にしようとしているだけだ。皆はそのようには考えない。あなたのいう主上のためなどというものを理解はしない。だからこそあなたに死ねと申しているのだろう」


 黄石はそう告げる。


「あなたのしたことは虐殺でしかない」


「これは虐殺ではありません。これは慈悲なのです。それ主上の意思なのです」


「主上の意思ですか。もし、主上がいるのならば、こういうでしょう。あなたは大罪人なのだと」


 黄石の指摘に白起は首をかしげる。


「皆、人は罪を背負うもの。罪のないものなどいませんよ」


 白起は手を広げる。


「だからこそ、主上による救済が必要なのです」


「ならば、その救済はあなたにも与えられなければならないということだな」


 そう黄石は剣を下賜された白起のことを皮肉った。すると白起は言った。


「なるほど、この剣は主上による私の救済でしたか」


 黄石は何を言っているのかこいつと思った。この時まで実は白起は剣を下賜された意味を理解していなかった。


「それが主上の意思だというのであれば、私は従うまで」


 白起はそう言うとそのまま剣で自らの喉を斬って自決した。


「こいつ、最後の最後まで……」


 黄石が鮮血を布で防ぎ、倒れ伏した白起を見る。


「自己満足の中で死んだ」


 彼は部屋を抜け出し、空を仰いだ。


「何の反省もなく死んだ。あれほどのことを繰り返してだ。天よ。そんなことが許されるのですか」


 その後、白起の死を知った秦の人々は白起を憐れみ、各地の郷邑が祭祀を行われた。


「多くの者を虐殺していった男は己の死によりて、悲しまれ、神になるか……」


 それを見た黄石はそう呟いた。


 本来、昭襄王が白起に剣を下賜したのは彼の罪を咎めるはずのものであった。


 しかし、白起は罪への反省ではなく、己の信じる主上のために死んだ。そして、民衆にその死を惜しまれている。


「人を裁くというのは難しいものだ」


 黄石はそう呟いた。


 それからおよそ百年以上経って、司馬遷しばせんは白起の伝を作る際、彼の最後にこのような言葉を白起が発したとして書いた。


 白起は自殺する前に剣を持ってこう言った。


「私は天に対して何の罪があってこのようなことになってしまったのか」


 それからしばらくして、


「私が死ぬのは当然である。長平の戦いにおいて、趙の士卒で投降した者数十万を偽ってことごとく阬(生埋め)した。これだけでも死ぬのに充分であろう」


 と、言って彼は自決したと、書いた。司馬遷は白起の傲慢な部分をこのような言葉を発したとして演出したのかもしれない。



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