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夢幻の果て  作者: 大田牛二
第六章 決定的一撃
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駆け引き

 紀元前261年


「上党が趙にだと」


 宰相・范睢はんしょは激怒した。


「こちらが苦労して取ろうとしたものを横から掻っ攫いおって……」


 それを趙の孝成王こうせいおうに勧めた中には平原君へいげんくんがいたという。


(あの魏斉ぎせいを庇うやつだけになんという奴か)


 既に韓からは上党を譲り渡ることは決定されており、一地方役人がそれを変えて他国に帰順するなどあってはならないことである。


「おのれ、許さんぞ」


 この彼の感情が先ず向けられたのは韓である。上党を譲るとしながらも趙に上党を取られることを許したことへのウサ晴らしである。同時に韓への牽制でもある。


 派遣されたのは王翦おうせん麃公ひょうこうである。


「久しぶりに楚以外のやつを相手するぜ」


 麃公は笑いながらそう言うと一気呵成に攻めて緱氏を取った。そして、王翦は相変わらず淡々としながら藺(または「綸」)を落とした。


「趙の不義は許すわけにはいかない。なんとしても趙に大打撃を与える」


 范睢は王齕おうこつを上党に派遣することを決定した。


 紀元前260年


 王齕は上党に侵攻した。


 上党守・馮亭ふうていがこれを守ろうとするが、趙から援軍が来ず、彼は民を引き連れて長平の廉頗れんぱの元へ逃れた。


 上党を攻略した王齕はそのまま長平へ侵攻した。


 王齕の侵攻に対し、廉頗は守りを固め直接戦おうとはしなかった。そのため無理矢理にでも王齕が攻めたが、守りを崩すことはできず、一裨将と四尉を失った。裨将というのは軍の副将で、尉は軍中諸部の都尉(武官名)である。


 しかしながら趙軍側も被害は大きく。未だに守りの戦をし続ける意味があるのかと抗議するものも出たが、廉頗は守りを固めるのみで直接、秦と戦おうとしなかった。


 その頃、孝成王と楼昌ろうしょう虞卿ぐけいが秦にどう対処するかを相談していた。孝成王としてはここまで秦が怒るとは思ってなかったようである。


 楼昌が秦に重使(身分が高い使者)を送って講和するように主張した。


 しかし虞卿が反対した。この虞卿という人は苦労人である。因みに虞卿の卿は名前ではなく敬称である。そのため彼の本名はわからない。


 前半生はほぼ不明で、草鞋を履き長傘をさし諸国を旅して遊説するようなかつての蘇秦そしんと同じような貧しい身分であり、楚の鐸椒の門下生だったともいう。


 あるとき孝成王の前で弁舌を振るう機会を得て、一度の謁見で黄金百鎰と白玉一対を、二度目の謁見で趙の上卿(上級大臣)の位を賜ったため、「卿」の名で呼ばれるようになったと言われており、そしてたった三度目の謁見で、宰相・万戸侯に封ぜられ、趙の政治家としての最高位に登り詰めたという。


 しかし、趙の宰相はころころと変わるため今、宰相かと言われると微妙である。


 その彼がこう言った。


「講和するかどうかの主導権を握っているのは秦です。秦は王の軍を破りたいと思っていますので、こちらが講和を求めても聴くはずはございません。使者に重宝を持たせて楚と魏に送るべきです。楚と魏が受け入れば、秦は天下の合従を疑うことでしょう。そこで講和を求めれば成功する見込みがあると思います」


 現状、趙一国で秦に対抗している状態であり、その状態で秦より弱い趙の申し入れを受け入れるとは思えない。そこで魏、楚との結びつきがあることを示唆することで秦に考えさせるべきだと彼は考えたのである。


 しかしながら孝成王はこの回りくどいやり方を好まず、虞卿の意見を聞かずに鄭朱ていしゅを秦に派遣した。


 秦は鄭朱を受け入れた。


 それを聞いた孝成王が虞卿に言った。


「秦が鄭朱を受け入れたぞ」


 虞卿はこう言った。


「王は講和を成功することができず、しかも軍が破れることでしょう。なぜならば、戦勝(上党攻略)を祝賀するために天下から派遣された使者が秦に集まっております。鄭朱は我が国の貴人であるために秦王と応侯(范睢)は必ず鄭朱を重んじて天下から集まった者に示すことでしょう。天下は王(趙王)が秦と講和したと判断し、王を援けようとはしなくなります。天下が王を援けなくなったと秦が知れば、講和が成功するはずはないでしょう」


 秦と趙の戦線が膠着していることも厄介なことで戦線が膠着しており、このまま講和がされるのだなと諸国が思い、もう戦いが終わると思うだろう。


 そうなればもはや趙を助ける国はなく、秦は諸国を気にしなくとも良くなってしまう。もしかすればこの時の趙の宰相は虞卿であり、この進言に不快になった孝成王は彼を宰相職を辞めさせて、平原君を宰相にしたかもしれない。


 しかしながら虞卿の言うとおり、確かに秦は鄭朱が講和を求めに来たことを宣揚するだけで、趙との講和の話は進めなかった。


 秦は趙の貴人一人をもてなすだけで趙を外交的に孤立させたのである。


「趙も外交というものがわからないようだ」


 范睢としては趙の動きがあまりにも拙く見えて、笑う。趙の不幸は外交的駆け引きのできる人材が虞卿と藺相如りんしょうじょしかおらず、虞卿は成り上がり者故に意見があまり通らず、藺相如は病に伏している。


「さて、こちらも勝負に出るとするか」


 彼は趙を破るために策謀を巡らすため白起はくきを読んだ。


「あなたの出番だ。趙は不義を行った。秦の正義を証明するため、徹底的に趙軍をたたきつぶし、決定的な一撃を与えよ」


 白起は拝礼して答えた。


「承知しました。主上のご意志を見事に果たして見せましょう」


 










 一方、その頃……呂不韋りょふいは趙の都・邯鄲で面白いものを見つけていた。


「秦の公子か……」


 趙で人質となっている秦の公子・異人いじんをたまたま見かけたのである。


「これ奇貨居くべし (これは、掘り出し物だ。手元におくべきだ)」


 と呟いた。


 運命が絡み合っていく。
















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