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夢幻の果て  作者: 大田牛二
第六章 決定的一撃
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夢か幻か

本日一話目

 紀元前264年


 秦の白起はくきが韓を攻め、九城を取り五万を斬った。


「相変わらず、凄まじい男だ」


 戦場を眺める二人の男。一方は黄色い服を着ている。荘周そうしゅう黄石こうせきである。


「人を殺すことに何らの疑問を持たないくせに心が冷め切っているわけではない。逆に大きく激っている」


「快感を覚えているということでしょうか?」


 荘周に黄石は問いかける。


「違う。あれは愛だ。何への愛なのかは……私も知らんがね」


「愛……」


 愛故に数多の人を殺すのか……しかし、人というものはそういうものなのかもしれない。


「あれはある意味では純粋だ。自分の行うことを正当化しているわけでもなく、ただただ純粋に何かを愛し、そしてそれに対して奉仕している」


 荘周は目を細める。


「正直、羨ましくもある。誰よりも純粋に迷うことなく信じた道を歩み続けているあれがな」


「荘周も羨ましいと思うことがあるのですね」


「それはあるさ。迷いが無いということを裏ましがらないやつは中々いない」


「荘周にも迷いはあるのですか?」


「ある」


 黄石の言葉に荘周は背を向け、手を広げる。


「常に迷っているさ。あまりにも多くのことにな」


 荘周は言う。


「これから大きな惨劇が始まる」


「惨劇……」


 黄石はちらりと白起の軍の方を見る。


「白起によってですか?」


「ああ白起もだ。たくさんの者たちの想いが絡み合ってあの惨劇は起こるのだ」


「なぜ、荘周はそのことを知っているのですか?」


 ふと、黄石はそう聞いた。それに荘周はしばし無言になってからこう言った。


「私は多くの者たちに会ってきた」


 荘周は太陽を眺める。


「ある者は自らの信念に従った。ある者は己の名の意味に拘った。ある者は己の理想の中で生きることを選んだ。ある者は……そういった者たちに私は会ってきた。そして、問いかけてきた。それで良いのかと」


 その言葉はまるで悲しそうな声であり、同時にどこか嬉しそうな声にも聞こえた。


「皆、その問いかけに言葉などは違っても同じ答えを出してきた。まるでそれこそが己が成し遂げるべきものであるかの如く。その答えが悲劇であってもだ」


 荘周の言葉は嘆きでもあり、どこか安堵にも聞こえる。


「どれほど繰り返し問いかけたことだろうか。何百、何千と問いかけたことだろうか……」


 荘周の言葉に震えが交じる。


「それでも変わらない答えをそれぞれに発した。その答えを出すための流れに少しの違いが生まれてもだ。決して答えを変えることはなかった。その答えによって起こることを伝えたとしてもだ」


 彼は振り返った。


「どうしてだろうかと永遠に考え続けたこともある。問いかけることをやめようと思ったこともある。それでも私は問いかけることをやめなかった。彼等が行う一つ、一つのことがあまりにも眩しくて、羨ましくて、それでいて儚くて、だから思わず問いかけてしまう。その選択は間違っていないのかと」


 荘周はどんな感情で浮かべているのかわからない表情を浮かべ、言う。


「皆、間違っていることを知っていたとしても同じ答えを出す。その答えはそれぞれに違うにも関わらず、皆、答える答え方はそれぞれ違っても、同じ選択を選び答えを出している」


 黄石は聞きながら何か不安を抱いていく。


「そのうち私は気づいた。私は影なのだと」


「影?」


「そうだ。私たちは歴史の影だ。様々な輝きを放つ者たちの影なのだ。影は常にその輝きを受け、静かにじっと過ごしながら輝きが成し遂げることを見守り、そしてある者はそれを記し、それを描き、それを伝えていく」


 荘周は黄石の目を除き込む。


「お前は輝きに対してどのように関わるのだろうな」


「輝きに?」


「そうだ。もう私の傍にいる必要はないのだ」


 黄石の声が震える。


「それはどういう意味ですか……」


「言ったであろう?」


 荘周は微笑む。


「もうすぐ死ぬと」


「死ぬのですか?」


「死ぬというのは本来の意味としては語弊があるかもしれない」


 荘周は少し、黄石から離れる。


「私はお前の傍にいるかもしれないどこかにいるかもしれない。そんな場所に行くだけだ」


「待ってください。嫌です。そんな嫌です」


 彼は指を一本立てて、それを口元に持っていく。


「泣くな。喚くな。私は大いなる道の中に入るだけだ。騒がしいまま入っては道の中にいる者たちに迷惑であろう」


 そして彼は黄石の前で手を広げる。


「我らは歴史の影なり」


 右腕を曲げ胸に持っていき、そのまま頭を下げていく。


「歴史を舞台としたこの芝居を演じ切れたかどうかはわかりませんが」


 彼は頭を上げていき両手を再び広げて言った。


「このもしご満足いただけたのであれば、拍手喝采を」


 そして、白い布をどこぞと取り出し、


「もしお気に召さずは」


 その白い布はみるみるうちに広がっていく。


「一時の夢を見ましたと思い、お許しを」


 白い布は荘周を覆い、やがて段々と沈んでいき、地面へと到達し平たく広がっていく。


「荘周……」


 黄石の目から涙が溢れ出す。


 白い布かな一匹の蝶が抜け出して来た。そしてそのままひらひらと空へ向かって飛び去っていった。それを見ながら黄石は思う。


 自分がいつも隣にいた男は一体、何者だったのだろうか。夢か幻だったのだろうか……


「蝶よ。その空の果てに何があるだろうか」


 蝶はひらひらと空へ向かって飛ぶだけであった。








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