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夢幻の果て  作者: 大田牛二
第六章 決定的一撃

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閼與の戦い

 紀元前270年


 呂不韋りょふいの屋敷で宴が開かれていた。


 ここで住んでているとはいえ、呂不韋は趙の人ではない。元々は衛の濮陽の人である。彼の父が商圏を広げるために若いながらも才能がある彼を趙に住まわせ、趙での商いをやらせていた。


 そんな彼の屋敷に集まったのは同業者たちである。彼は皆を招いて新年のお祝いをしていたのである。


 ふと、彼はあるものを見た。


 それはある楽団の一団であり、彼が今回の宴のために招いたものであった。その一団の中で美しい少女がいた。彼女の踊りや演奏は中々のものであり、一定上の教養を感じることができた。


 宴が終わると呂不韋はその楽団の団長の元に出向き、少女を指差すと言った。


「彼女を買いたい」


 こうして買った彼女に呂不韋は様々なことを教えていくことになり、彼によって大きな運命に翻弄され、悲劇に合うことになる。そして、呂不韋はその悲劇より生まれたものによって終わりを迎えることになるのだが、


(芸術は悲劇より生まれ、成り立つ)


 そう考える彼はにやりと笑うだけであった。















 

 この年、趙へ秦が侵攻してきた。総大将は胡傷こしょうである。彼は閼與を包囲した。

 

 この事態に対して、趙の恵文王けいぶんおう廉頗れんぱ楽乗がくじょうを招いた。楽乗は楽毅がくきの宗人である。


 恵文王は二人に問うた。


「秦に包囲された閼與を救援することは可能であろうか?」


 二人とも、


「道が遠く、険隘であるため困難でしょう」


 と答えた。

 

 救援するために行くには遠いためにたどり着く前に陥落している可能性もあり、その道自体があまりにも険隘であったためたどり着いても疲労で戦えないだろうというのが二人の考えであった。

 

「だが……」


 二人の意見が理解できないような恵文王ではないが、見捨てることは難しかった。そんな彼は何を考えたのか趙奢ちょうしゃに同じ質問をした。今の彼は国税を司る内政官である。武官ではない。しかし、趙奢はこう答えた。


「道が遠くて険隘であるため、二匹の鼠が穴の中で喧嘩するようなもので、勇敢な者が勝ちましょう」

 

 つまり、難しい土地であるから下手な小細工ができない地であるため力の強い方が勝つというのである。恵文王はこの言葉を信じて趙奢に援軍を率いて出陣させることにした。











 

 趙奢は邯鄲を出て三十里で行軍を止めると、軍中にこう命じた。


「軍事に関して諫める者は死刑に処す」

 

 そして、その場で戦鼓を叩かせてこう言わせた。


「援軍が来たぞ。援軍が来たぞ」


 これに包囲を受けている閼與は喜んだ。しかし、趙奢はこれ以上、動こうとしなかった。


「なんだ。援軍として来たのではないのか?」


 胡傷は援軍としてやって来たであろう趙軍が動かないことに疑問を持った。


「何かの策であろうか?」


 どちらかとしては策謀家である胡傷は考え込む。


「わからないが、確かめる必要があるだろう」


 彼はそう言うと軍を二つに分けて、武安西に一軍を移動させ、そこで援軍としてやって来た趙と戦うことにした。すると、


「進言」


 声が上がった。声の主は若い男であるがその表情はこれ以上に無表情ということがあるのかというぐらいに無表情で顔の部品、全てが固定されているかのような印象を受ける男である。


 男の名は王翦おうせんという。まだ十代という若さであったが、白起はくきが抜擢した人物である。


「それは必要のない策に思えます」


「必要がないとは?」


 胡傷が尋ねると彼は答えた。


「私たちの此度の目的は閼與を落とすこと。趙軍の目的はこれを救援すること。私たちは私たちの目的の達成を目指せばよく、なぜ相手の動きにこちらが合わせる必要がありましょうか?」


 余計なことをせずに閼與を攻め落とすことに集中するべきと彼は進言した。


「それにあそこからこちらまで今から動いても時間がかかります。その間に落としてしまえば、彼等の目的を潰すことができます」


 今、自分たちの目的を達成することに集中するだけで相手の目的を潰すことができるのである。


「戦というものは負ける要素をどれだけ減らすかであり、兵を率いる以上、彼等の命を預かっているのだ。ちょっとした油断が彼等の死を早めてしまう。その要因は排除しなければならない」


 胡傷はそう言って、彼の進言を退けた。

 

 秦軍は武安西に駐軍すると戦鼓を敲き、喚声を上げて兵を訓練し始めた。武安城内の家屋の瓦が全て震えるほどの勢いであったという。


 それでも趙奢は動かない。


「動かないのか……」


 胡傷はそう呟くと配下を呼んで、指示を出した。

 

 翌日、趙軍の中候(軍吏)が趙奢に武安救援を進言した。それを横目で見ると趙奢はすぐに彼を処刑してしまった。


「軍令違反である」


 その後、進言を行った者の懐を調べると秦のものが出てきた。


「胡傷の策であるな」

 

 趙奢はそう呟くと営塁の壁を固めるように指示を出して、二十八日間にわたって前進しようとせず、更に営塁を増築した。


「一体、何をしようとしているのか」


 心配性なのか胡傷はこの趙軍の動きが気になって気になって仕方ない。しかも相手はこちらが仕掛けたつり出しに気づいた。それだけの相手が動かずにいることが彼からしては奇妙であった。


「無視なさるべきです」


 王翦はそう進言を行うが、胡傷は間諜を派遣して調べることにした。


「来たな」


 趙奢はこれを直様知ると、兵士たちに労いのために美食を振る舞い、


「今後も営塁の増築に尽力してもらいたい」


 と言った。

 

 帰った間諜は胡傷にこのことを報告した。

 

 胡傷は喜んで言った。


「わずか三十里で行軍を中止し、しかも営塁を増築しているようならば、閼與はもう趙の地ではないと言えよう。趙には閼與を援けるつもりがないのだ」


 恐らくあの趙軍は邯鄲を守るための軍なのだと彼は判断して趙軍を気にせず、一気に閼與を攻め落とすことを決定した。


「進言、それはお待ちください」


 するとそれを王翦が止めた。


「汝はさっきまで、気にせずに閼與を落とすべきであると進言していたではないか」


「間諜の報告の中に陣内に入ると兵士たちに美食を振る舞い、増築の労いを行っていたとありました。あまりにも都合が良すぎるように思われます。敵軍がこちらを油断させようとする意図を感じることができます」


 王翦がそう言うと胡傷は眉をひそめて言った。


「油断を誘って敵は何を狙っているというのか?」


「それはわかりませんが……」


「わからぬことを申すのではない」


 そう言って胡傷は全軍を持って閼與を落とすために軍を動かした。


 一方の趙奢は秦の間諜が出て行ったことを見届けてから兵士たちに甲冑をしまって秘かに行軍を始めることにした。彼はここで一ヶ月ほど駐屯している間、営塁の増築を行いながら現地の民からこの地の険隘なる道をもっとも楽に通ることができる術を聞いていた。


 そして、その術を聞いてから胡傷の油断を誘うために彼から派遣された間諜に自分たちの動きをわざと見せた。


「急ぐぞ」


 彼は一気に閼與から五十里の場所に進軍させて、営塁を築かせた。


「何、趙軍が?」


 突然、現れた趙軍に驚いた胡傷は全軍を移動させて、対陣させることにした。


「進言、このまま一気に趙軍を攻めるべきです」


 王翦はそう言ったが、胡傷は聞き入れない。

 

 趙軍が移動し終えると許歴きょれきが進言した。


「秦人は元々趙軍がここに来るとは考えていませんでした。これからここに向かっている秦人の士気は盛んでしょうから、将軍は兵を集中して厚い陣で待ち構えるべきです。そうしなければ必ず敗れることでしょう」

 

 趙奢は頷き、


「教えを受け入れよう」


 と言った。

 

 進言を終えた許歴は刑を用いるように請うた。しかし趙奢は、


「待て。邯鄲の令より後のことである」


 と言って刑を用いなかった。


 邯鄲で行った命令であるため、今、この場では関係の無いことであるという意味であると思われるが、この発言の原文の邯鄲が誤字であるなどと言った説があるため、正確なものかは不明である。

 

 許歴が再び進言した。


「先に北山の上を占拠した者が勝ち、後から来た者が負けましょう」


「そのとおりだ」

 

 趙奢は同意してすぐに彼に一万人を委ねて派遣した。


 その動きは既に王翦は察知して進言を行ったが、胡傷は決断に迷った。それを見た王翦は、


(無理だな)


 ここから勝利まで行くのは難しいだろうと判断した。


「方針転換、どれだけ兵を死なせないかに尽力するとしよう」


 王翦は配下に指示を出した。


 胡傷が遅れて、秦軍が出した時には北山は趙軍が占領してしまった。秦軍はこれを奪おうと攻めかかったが許歴は固い守りで耐える。


 趙軍の固い守りに阻まれ、疲労し始めた秦軍に対して、


「突貫」


 趙奢は疲労した秦軍に向かって一気に襲いかかった。


 この戦いによって胡傷は戦死、秦軍は大敗を喫した。


 その間、王翦は閼與の包囲を行っている軍に包囲を解くように進言してから撤退した

 

 この結果を聞いた恵文王は大いに喜び、趙奢を馬服君に封じて廉頗、藺相如りんしょうじょと同位にした。また、許歴を国尉に任命した。

 

 馬服君は「馬服山を号にした」という説と、「馬は兵(戦)の首であるため、馬を服すことができるという意味で馬服を号にした」という説がある。





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