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夢幻の果て  作者: 大田牛二
第六章 決定的一撃

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趙奢

 紀元前272年


 この年、燕で事件が起きた。燕の恵王けいおうが成安君・公孫操こうそんそうによって刺殺されたのである。


 この燕の混乱に乗じて、秦、魏、韓、楚の四カ国連合によってこの混乱の鎮圧が行われ、乱の発端を成した成安君・公孫操は殺され、恵王の子である武成王ぶせいおうが即位した。


 秦軍が帰国した頃、秦である噂が流れた。秦の昭襄王しょうじょうおうの母である宣太后せんたいごうが義渠戎王と姦通し、既に二子が産まれているというものである。


 自国の王の母が、ということから人々は面白がって噂し合った。何せ、彼女は早くに夫である恵文王けいぶんおうを失っているのだから、男に飢えていたのだろうなどというものである。


 このような噂が賑わしていることに頭を抱えた宰相・魏冄ぎぜんの元にこういう一報が届いた。例の義渠戎王が朝見に来るというものであった。


「こんな時に来なくとも」


 そう思った魏冄であったが、


「いや、良いと思うべきか」


 と、考え直してしっかりともてなすように指示を出してから私兵を集めてある指示を出した。


 義渠戎王が甘泉にやってくると魏冄は最初はもてなした後に甘泉で彼を殺害した。そしてそのまま義渠に軍を派遣して滅ぼしてしまった。


 これで噂もなくなるだろうと考えた魏冄であったが、後世においてこの話しは宣太后が義渠戎王を誘い出して殺したと記された。


 記録されるというのは本当に嫌なものである。











 紀元前271年


 趙の藺相如りんしょうじょが斉を攻めて平邑に至った頃、都・邯鄲で戦国四君の一人であり、清濁の貴公子・平原君へいげんくん趙勝ちょうしょうはあるとても若い男に会っていた。


「お申し付けにありました。玉人たちを集めました。どうでしょうか?」


 男がそう言うと平原君は頷く。


「ふむ、ふむ。あいやぁ。良さそうな者たちばかりですなぁ」


「喜んでいただいたのであれば、嬉しく思います」


 男はにこにこしながらいうと平原君は言った。


「誠に汝のとこに頼んで良かったのう」


「いえいえ、下さった金品分の仕事をしただけでございます」


 謙遜する男に平原君は大いに笑う。


「しかし、助かったのう。何せあの和氏の璧を磨くのだからのう。そんじょそこらのやつには任せられない」


 そう平原君が男を通じて、玉人を集めていたのは和氏の璧のためである。


「和氏の璧ですか」


「ああそうだ。楚からもらい、完璧のあれじゃ」


 若い男はすっと笑みを浮かべるとこう言った。


「平原君は和氏の璧が何故、国の宝と呼ばれる芸術品になったとお思いでしょうか?」


 奇妙な問いかけに平原君は首を傾げつつ言った。


「綺麗だからではないかのう」


「ええ、綺麗であることもそうでしょうが、それ以上に私はこう思っています」


 その時、僅かに平原君は彼から奇妙な不気味さを感じた。


「和氏の璧に卞和という男の悲劇があったから芸術品となったのです。もしそのような悲劇がなければ、和氏の璧はおろか、他の全ての芸術も芸術足り得なかったことでしょう」


「お、おう。そうか」


 若い男の言葉に平原君は思わず頷く。その時、そこに報告が来た。


「平原君。あなた様の屋敷で何やら騒ぎが起きております」


「なんと、では、戻るとしよう」


 平原君は立ち上がると若い男を見て言った。


「あとは、お願いしてもよろしいかな」


「ええ、構いません」


「では、頼む」


「これからもご贔屓に」


 平原君は若い男の屋敷を去っていった。


 若い男は下の者にある程度指示を出して、自身の部屋に戻っていった。


(芸術は悲劇を持って芸術足り得る)


 彼はそう思っている。


(しかし、悲劇は決して芸術だけに関係しているのではない)


 この世の中は数多の悲劇によって成り立っている。


(そして、その悲劇の先にある終焉こそが世界の真理である)


 この若い男の名を呂不韋りょふいと言う。
















 平原君の屋敷で怒号が飛び交っていた。


 そのようなことが起きたきっかけは男が屋敷にやって来たことが理由である。男は田部吏(田地の租税を徴収する官)・趙奢ちょうしゃという。彼は平原君から租税を集めるためにやってきたのだが、平原君は留守であり、屋敷には彼の食客を始め、屋敷を管理する者たちしかいなかった。


「何の用だ」


 屋敷の者が趙奢にそう尋ねると趙奢は答えた。


「私は田部吏の趙奢と申す者。この度は田地の租税を徴収したく参りました」


 すると屋敷の者たちは笑った。


「ここを誰の屋敷か存じているのか?」


「平原君の屋敷であることは重々承知しております」


「ならばわかるであろう。平原君は王の弟君であり、なぜ国へ税を納める必要があるのか」


 優遇されるべき存在であるにも関わらず、なぜ、他の者と同じように税を納めなければならないのかということである。


「では、税を納めないと申されるのでしょうか?」


「ああ、その必要がなかろう」


「国に属する者として、国に税を納めるのは法である。それに反する者には罰を与えるのもまた、法である」

 

 趙奢は淡々と述べると部下たちに彼等を捕らえるように指示を出し、その場で彼等がどのような法を犯し、罰するのかを法に則って処理していくとそのまま平原君の家を管理する者たち九人を殺した。


「おいおい、こりゃどういうこだぁ」


 そこにちょうど平原君が帰ってきた。


 屋敷の惨状を見た平原君は趙奢は睨みつけると怒りながら言った。


「貴様、ここが誰の屋敷で、誰の食客を殺したのか。わかっていような」


「存じております」


「貴様、この平原君を軽んじるか」


 平原君がそう怒鳴った瞬間、趙奢はキッと目を開かせ、大声で言った。


「あなた様は趙の貴公子でありながら、家の者を自由にさせておられる。公を奉じなければ法が削られ、法が削られば国が弱くなり、国が弱くなれば諸侯が兵を加える。こうなってしまえば、趙は存在できなくなります。その時、あなた様はどうしてこの富を擁すことができましょうか。尊貴な地位にいるあなた様が率先して、公を奉じて法に則れば、上下の心は一つとなり、上下が平になれば、国は強くなります。国が強くなれば趙は安泰となりましょう。その時、貴戚(王族)であるあなた様が天下に軽んじられると申されますか?」


 どれだけ、怒りで頭に血が登ろうとも冷静な耳を持っている平原君は、


(これほどの男がいたのか)

 

 平原君は直ぐに趙奢の賢能を認めて、兄である趙の恵文王けいぶんおうに彼を推挙した。


「良し、会って確かめてみよう」


 弟の言葉だけで判断しないところが恵文王の良さであり、思いっきりの良さも彼の良さである。

 

 恵文王は趙奢に国の賦税を管理させることにした。すると彼は無駄な部分を削り、国の税を全て公平なものとし、民は富んで府庫にも蓄えができるほどであった。


「あなたほどのお人をあのような低い身分に置いておりましたのは、我が国の罪でございます。謝罪申し上げる」


 平原君がそう言うと趙奢は、


「如何なる地位であろうとも国家のため尽くすのみでございます」


 と答えた。


「見事ですなあ」


 平原君はただただ彼に拝礼し、称えた。


「そういえば、王が平原君をお呼びでございました」


「そうでしたか。では、私はここで」


 その後、恵文王の元に行った平原君は趙奢から報告を受けて、彼がここ数年に渡り、税を納めずにいたことを恵文王自ら平原君を叱りつけた。


「とほほ……」


 平原君はただただ平謝りして許しを乞うた。





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