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夢幻の果て  作者: 大田牛二
第五章 名将協奏曲
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武安君

「本当にやるのですか?」


 念を押すように蒙驁もうごう白起はくきに尋ねる。


「やるよ。それが主上のご意志だからね」


「はあ……承知しました」


 一回、ため息してから兵に指示を出した。


「やれ」


 火が上がった。











「なんだ。なんだ」


 楚の都・郢から煙が見え、人々は何があったのかと騒ぎ始める。


 それは楚の宮中も同じようであった。


「煙が出て、民衆が騒ぎ出している」


「一体、どうしたというのか」


 その中で老臣が震えながら言った。


「なんということか。あの方角は……」


 その様子を見た若い男が呟いた。


「秦の白起……そこまでやるのか」


「あそこには楚王の陵墓があるのだぞ」


 老臣が叫ぶと楚の群臣たちは瞠目した。そう白起が燃やしたのは歴代の楚王の陵墓のある夷陵であったのだ。そのことを知った群臣たちは唇を噛み締め、そこから血を流す。


「白起っ」


 群臣たちは怒りで足を踏み鳴らす。


「白起っ、なんたる不遜か」


 群臣たちは一斉に朝廷から飛び出していく。


「待て……ああ行ってしまったか」


 若い男はため息をつく。


「白起、恐ろしい男だ。誰よりも楚人を理解している」


 若い男は楚の頃襄王けいじょうおうに跪くと言った、


「願わくば、私のお言葉を聞き届けますことを」


 彼……後に春申君・黄歇こうあつが言った。












 恐ろしい人だ。


 郢から楚軍が出て来るのを見ながら蒙驁は思う。


「来ましたね」


「ああ」


 白起は笑う。


 この人の笑みには純粋な子供のような幼さを感じる。


 白起という人は楽しそうに戦をする。だが、それは快楽のためではない。もっと純粋なものへの奉仕によるものであるところがこの人の恐ろしさである。


「では、行ってくるよ」


「承知しました。お気を付けを」


 白起は白馬に乗って、軍の前方に向かった。


「さあ、練習していたのを本番でやるぞ」


 蒙驁は兵たちにそう言った。










「おいあれを見ろ」


 楚軍の一人が前方に見えた男を指さした。男は白馬の上で両腕を組んで、立っている。まるで自分は白起であると言うがの如くであった。


「白起っ」


 楚軍は怒りに任せて、一斉に白起へと襲いかかった。


「後退」


 白起は手を挙げるとそう指示を出して、そのまま前を向きながら後ろに下がっていく。


 それは静かでありながら早かった。


「白起を逃がすな。追え、追えぇ」


 楚軍の大将が叫ぶ。


 それを静かに白起は見つめつつも両腕を組みながら後ろを振り向くこともなく、前方の軍と共に下がっていく。それを楚軍が追いかけていく。


(そうだ。それで良い)


 白起は満足げに戦場を見る。前のめりに自分を殺そうとする楚軍を見る。


「さあ、主上よ。これより見せましょうぞ。あなた様に捧げます賛美歌を」


 後ろに下がりながら白起は両腕を広げた。すると少しずつ楚軍の両面に翼を広げるように展開していた秦軍が楚軍を包囲し始める。


「そう、静かにそれでいて力強さもあり、それでいてふわりと包み込む」


 白起は両腕を静かに閉じていく。それに合わせるように秦軍も楚軍を包囲していく。


 この状況に流石の楚軍も気づき始めるが、両面からの脱出を蒙驁が許さない。


「おのれ、白起さえ、白起さえ討ち取れば良いのだ。前進せよ。前進せよ」


 楚軍は白起一人を殺すために前進を続ける。しかし、白起が両腕を閉じた。


「聖母の抱擁のように囲め。そして、罪深き者たちに慈悲を」


 完全包囲が完了した合図が出て、一斉に秦兵は包囲されている楚兵に襲いかかった。


「おのれ、白起」


 楚の一将が白起に向かって走り出し、斬ろうとしたが、白起の横から一斉に槍が伸び、その一将を貫いた。口からは血を吐く。


 その時、その楚の一将はにやりと笑った。その瞬間、胸から槍が飛び出した。


「死ね、白起」


「将軍っ」


 秦兵たちが驚き、思わず叫ぶ。


 白起の胸元に槍が迫る。しかし、それを白起は左手で掴み。そのまま握力によって握りつぶすと槍に貫かれている目の前の楚の将軍の首を飛ばす。


「くそ、白起。我らが死すとも貴様を呪い続けてやるぞ」


 殺されていく楚軍の将軍たちが白起への呪いの声を挙げていく。


 それを聞きながら白起は言う。


「さあ、見ておいでですか主上。あなた様への賛美を、称賛を」


 白起は両腕を上げて血と剣が舞う中を進み続ける。


「報告します」


 そこに蒙驁から伝令が来た。


「一部、包囲から脱出しました楚軍の兵がおります。大変、申し訳なく思います。あと、楚の都・郢ですが、楚王がここを放棄したとの報告がきました」


 楚の頃襄王は春申君の進言により、都から脱出していたのである。


「そうですか……」


(中々完璧な策というものは作れない)


 そう主上への捧げる完全なる策。


(申し訳ございません。主上)


 日々、努力はしているが、反省の毎日である。


「負傷者は?」


「少なく済んでおります」


「そうですか。では、少し休んでから入場しましょう」


「御意」


 こうして、楚の都・郢は陥落した。


 頃襄王は陳へと逃れ、ここが楚の新たな都となった。


 白起によって楚は西側の大部分を削られたことになる。秦はこの白起の功績を称え、武安君に封じられた。武安君の武安は軍士を養い、戦えば必ず勝利し、百姓を安定させることができるというものである。















 都が陥落するという情報が天下を駆け巡る中、荘周そうしゅう黄石こうせきは一人の男に会っていた。


 その男の名を屈原くつげんと言う。



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