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夢幻の果て  作者: 大田牛二
第五章 名将協奏曲

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和氏の璧

大変遅くなりました。

 燕が斉を滅ぼす一歩手前までいっていることに天下の諸国は驚いた。


「そうか……斉王が死んだか……」


 孟嘗君もうしょうくんはそんな中、斉の湣王びんおうの死を知った。


(終わった)


 これで自分が成そうとしていた報復は終わった。


(自国がああなってしまったことは悲しいが仕方ないことだ)


 孟嘗君はそう思うことにした。


 一方、燕が大戦果を挙げようとしていることに驚く諸国は多くはなかった。


「まさか燕がな……」


 魏冄ぎぜんはそう呟いた。彼はあの強国である斉に燕が勝てるなど思ってはいなかった。


「全く、世の中というものは自分の思った通りには動かないものだ。しかし……」


 勝ち逃げは面白くない。


 彼は趙に脅しをかけ、燕が占領しつつある斉の国境沿いを狙うように指示を出した。斉の広範囲を支配しつつある燕といえども、国境沿いにはまだ、燕の支配下にしていない邑がいくつかあった。


 これを受けた趙の恵文王けいぶんおうは同意した。そして、すぐさまに廉頗れんぱを招き指示を出した。


「私は燕王にと会見を直ぐに開く。その間に斉の陽晋を取れ」


「燕に不義理では?」


 廉頗は不満そうにそう言うと恵文王は笑った。


「その不義理を犯さないために、燕王に会うんだ。それにこれは燕を助けることになる」


「それはどういうことですか?」


 彼が恵文王に尋ねると恵文王はこう答えた。


「理由は二つ。一つは燕は広大な斉の領地を取ろうとしているが、手を回せないところもある。そこを助けるというもの。もう一つは秦に余計な手出しをさせないということだ。秦は強国故、燕の成功を嬉しくはないだろう。そのため私たちを使って。それを邪魔しようとしている。ここでこれを断れば、秦は更に不満を大きくする。そうなれば、力に訴えてくるだろう。そうならないように小さな不満を吐き出させて、満足させるようにするのさ」


 恵文王は廉頗を見据えて言った。


「それができるのは君だけだと思っているよ廉頗」


 恵文王は秦の脅しに屈したように見えて、燕の助けを行おうというのである。それは楽毅がくきへの敬意なのか。国のための判断なのかわからない。


(だが、義に背いていない)


 廉頗は誇り高い男である。そのため誇りのある戦をしたいと思っている。少なくとも恵文王が行う戦には誇りに思える戦をさせてくれる。


「承知しました。直ぐに準備を行います」

 

 恵文王は直ぐに燕の昭王しょうおうと会見し、事情を説明した。


 王自ら事情を説明しに行く。昭王はその恵文王の誠実さに触れ、問題にしないと言った。


 廉頗は陽晋を攻めた。そこにいた斉軍に対して、廉頗は怯むことなく戦い、これを打ち破って占領した。


 その後、彼は上卿になった。


 それは趙があるものが持ち込まれる少し前のことであった。











 

 

 

 

 趙はあるものを楚から届いた。そのあるものとは楚の国宝というべきものの一つ、「和氏の璧」である。

 

 和氏の璧とはいかなるものかを説明しよう。

 

 かつて楚の卞和という者がおり、玉璞(加工する前の玉。原石)を得たため、楚の厲王れいおうに献上した。ところが、厲王が玉人(玉を加工する技術者)に見せると、玉人は、


「ただの石です」


 と答えた。

 

 それにより、厲王は卞和が嘘をついたと思って激怒した。そして、彼の左足を刖(足を切断する刑)に処した。

 

 楚の武王ぶおうが即位すると、卞和はまた玉璞を献上した。しかしやはり玉人が、


「ただの石です」


 と答えたため、武王も卞和の嘘だと思って右足を刖に処した。

 

 楚の文王(分納)が即位した時、卞和は玉璞を抱えて荊山の下で泣いた。


 それを聞いた文王は玉人を送って玉璞を磨かせた。すると磨かれた玉璞は素晴らしい輝きを発し綺麗な宝石となった。これが和氏の璧である。

 

 恵文王は和氏の璧を見る。


「なぜこのようなものを送ってきたのか……」


 彼としては突然、送られてきた贈り物に戸惑った。さて、それから数日して秦から使者が来た。


 なんでもこの和氏の璧と自国の十五城を交換したいと言うのである。


(もうこれの存在を知ったのか……)


 あまりにも情報を得るのが早すぎると思いながら、なぜ、秦がこのようなことをしたのかを恵文王は考え始めた。


(そうか……斉が滅びかかっているからか)


 つまり楚にとって有力な外交相手は秦と斉である。しかし、今回の燕の大侵攻により、斉は滅びかけている。それは楚にとっては有力な外交相手を失うことに等しかった。


 そのため斉救援の軍を出したが、その軍の総大将が反乱を起こそうとし、更に斉王を殺したことにより、もはや修正が効くことができなくなった。楚は秦以外の外交を結べる存在を探した。そして、それによって選出されたのが趙だったのである。


 そこでこれを送った。しかし、秦からすると趙と楚が連携することは困る。そのため手を打ってきたのである。


(それならば、突き返しておけば良かった)


 恵文王はこの事態の元凶である和氏の璧を見た。これの扱いが本当に難しい。これを秦に贈っても秦が城を譲らない恐れがあり、しかしながらこれを贈らなければ、秦の攻撃を招くかもしれない。


 彼は大臣たちと相談するが、方針が決まらず、秦に送る使者の人選もできないありさまであった。


 そんな中、宦者令・繆賢が進み出た。


「私の舍人に藺相如りんしょうじょという者がおります。彼ならば秦への使者にできましょう」


 恵文王が、


「なぜそれが分かる?」


 と問うと、繆賢はこう言った。


「私はかつて罪を犯し、燕に逃走しようとしたことがありました。その時、彼が私を止めてこう言いました。『あなたはなぜ燕王を知っているのでしょうか?』私はこう答えました。『私はかつて王に従って燕王と境上で会した。その時、燕王は私の手を握り、「友として交わりを結びたい」と言った。こうして燕王と交わることができたため、会いに行こうと思うのだ』すると彼は私にこう言いました。『趙は強国で燕は弱国です。あなたは趙王の幸を受けていたために燕王はあなたと結ぼうとしたのです。今、あなたは趙を去って燕に奔ろうとされていますが、燕は趙を恐れていますので、あなたを留めようとはせず、逆にあなたを捕えて趙に送り返すことでしょう。あなたは肉袒(上半身を裸にすること)して斧を背負い、王に謝罪されるべきです。うまくいけば罪から逃れることができるでしょう』私はこれに従ったので、幸いにも王の赦しを得ることができました。私が見るに、彼は勇士であり、智謀もありますので、使者にすることができます」


 恵文王は人を見る目を持っている。そのため彼の言葉を聞いて、会ってみたいと思って招くよう指示を出した。


 少しして、男がやって来た。細身の男である。しかし、その眼光は鋭く。そして、力強さがあった。


「汝が藺相如か?」


「左様でございます」


 藺相如は拝礼した。


 恵文王は藺相如に問うた。


「秦王は十五城を私の璧と交換しようとしているが、与えないですむ方法があるだろうか?」


「秦は強く趙は弱いために同意しないわけにはいかないでしょう」


 その言葉に周りの大臣の中にはむっとするものがいたが、恵文王は怒らなかった。事実だからである。


「私の璧を取って城を譲らなければ、どうするだろうか?」


「秦が城と璧の交換を要求して趙が断れば、曲(否)は趙にあります。趙が璧を与えても秦が趙に城を譲らなければ、曲は秦にあります。二策を較べれば、同意して秦に曲の悪名を負わせた方がましでしょう」


 そもそも和氏の璧など受け取らなければ、良かったのであると言いたげな言葉である。しかし、恵文王はそのとおりだと内心頷いた。


(外交の使者に夢想家はいらない。現実を直視し、清廉潔白を持って、言葉を述べるものが良い)


 恵文王はそう思っている。


「では、誰を使者にするべきだろうか?」


 すでに心は決まっているがそう問いかけた。


 藺相如は拝礼し、


「王に人がいないと申されますのであれば、私が璧を奉じて使者になることを願います。城が趙に渡されれば、璧を秦に留めましょう。しかし、城が趙に渡されないようならば、璧を損なうことなく趙に持って帰って見せましょう」


 と、力強い言葉で言った。


「良かろう。汝に任せる」


 恵文王は彼を使者として、璧を渡して秦に派遣した。


 趙の無名の男・藺相如の名が天下に轟こうとしていた。


 


 


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