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夢幻の果て  作者: 大田牛二
第五章 名将協奏曲

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淖歯

 楽毅がくき率いる燕軍による斉都・臨淄への侵攻によって逃れた斉の湣王びんおうは先ず、衛に亡命した。

 

 衛君は宮殿を彼に譲り、臣と称して必要な物を供給した。それほどに礼を尽くした衛に対して、湣王はまるで当たり前のことのような態度で、あまりにも不遜であった。


 それを知った衛の人々が怒って彼を攻撃したため湣王は衛を去った。その後、鄒や魯の地に奔ったが、やはり驕慢であったことから鄒も魯も受け入れなかった。

 

 湣王は莒に奔った。

 

 ここは楚と連絡が取りやすい土地であった。彼は楚に救援を求めたのである。


 合従軍が結成される前、楚は秦と会している。しかし、斉を失えば、楚にとっての外交関係の国を失うことと、反秦派の者たちからすれば、問題であるため、彼等は必至に斉を救うことを主張した。

 

 その結果、楚は淖歯を将にして斉を援けさせることにした。その際に楚は淖歯を斉の宰相にすることを条件としている。


 ここに楚の狡さがある。


 ともかく淖歯は湣王に会ってみて、


(なんと傲慢な男か)


 という悪感情を真っ先に抱いた。


「私はわざわざ助けに来たのだぞ」


 そう言った想いが強い彼からすると湣王の態度はあまりにも不遜であった。


「こんなやつを助けてどうするのか」


 彼は自国のくだらない政争に嫌気を差していた。そのため今回の楚のやり方に不満を持っており、自由になりたいと思った。


 そして。こう思った。自分は大きな兵力を有している。そして、斉はもはや壊滅同然、この兵と土地を得ることで、淖歯は燕と共に斉の地を分割することを考え始めた。


「それが良い」


 そう呟いたからは湣王を捕えて彼の不遜さ譴責した。淖歯が問うた。


「千乗と博昌(どちらも地名)の間の方数百里で血の雨が降り、人々の衣服を濡らしたという怪事を王は知っているだろうか?」

 

「知っている」

 

「嬴・博(どちらも地名)の間で地が裂けて泉が湧いたという怪事を王は知っているだろうか?」

 

「知っている」

 

「誰かが闕に向かって泣いているにも関わらず、泣いている者を探しても見つけることはできず、そこを去るとまた泣き声が聞こえてきたという怪事を王は知っているだろうか?」

 

「知っている」

 

 淖歯はふっと笑うと、


「天が血の雨を降らせ、民の衣を濡らすのは天の警告である。地が裂け、泉が湧いたのは地の警告である。誰かが闕に向かって泣いたのは人の警告である。天・地・人が全て警告したにも関わらず、王はそれを戒めとすることができなかった。誅を受けないわけにはいかないだろう」

 

 そう言って、淖歯は湣王を鼓里(莒の地名。斉廟の近く)で殺したのであった。


 それから彼は湣王の子供たちを殺害していった。


 この時、一人だけ逃れた者がいた。その者の名を法章という。


 あらかた殺した淖歯は楽毅の元に斉を二人で分け合おうではないかと伝えた。


 それに対して、楽毅は鼻で笑い、返信すら寄越さなかった。


 淖歯は激怒して、楽毅と戦おうとした時、年が明けた。


 紀元前283年

 

 王孫賈という十五歳の若者が実家に戻っていた。


 彼は元々湣王に従っていた人物なのだが、湣王とはぐれてしまったため家に帰ったのである。

 

 家にいた彼の母は彼を叱りつけた。


「あなたが朝早くに家を出て晚になって帰ってくる時、私はいつも門に身を寄せて外を眺めあなたの帰りを待ち望んでいます。あなたが暮に家を出て帰ってこない時は、私は閭(里門。街の門)に身を寄せて外を眺めています。何故なら安心できないためです。しかし、あなたは王に仕える身です。王が去って行方が分からなくなってしまったにも関わらず、汝はなぜ帰って来たのですか」

 

 母に叱られた王孫賈は家を出ると市に向かいそこで湣王が殺されたと知ると、人々に大声でこう呼びかけた。


「淖歯が斉に乱をもたらして王を殺した。私と共に淖歯を誅殺しようと思う者は右肩を出せ」

 

 市にいた四百人が右肩を出し、王孫賈に従った。


 王孫賈は彼等を引き連れ、淖歯を攻撃した。想定外の攻撃に淖歯は対応が間に合わず、誅殺された。

 

 王孫賈が淖歯を誅殺されたことを知った斉の亡臣たちは湣王の子を探して即位させようとした。


 そんな中、法章は姓名を変えて莒の太史・敫の家で傭(使用人)になっていた。そんな彼を見つめる者がいた。太史・敫の娘である。


 彼女は彼がここで働くようになってからその容貌を見て常人ではないと思っていた。


(きっと王の子に違いないわ)


 彼女は確信に似た想いを持ち、秘かに衣食を渡すなど、甲斐甲斐しく彼を世話した。やがて二人は男女の関係へと発展した。


 そんな頃に斉の大臣たちが湣王の子を探していることを知った。

 

 法章は誅殺されるのではないかと恐れて、彼等の前に現れようとしなかったが、


 太史・敫の娘に、


「王となるべきです」


 と勧められ、法章は、


「私は王の子である」


 と宣言して身分を明かした。

 

 莒の人々は法章を王に立てた。これを斉の襄王じょうおうという。

 

 襄王が莒城を保って燕に対抗し、国中に、


「王が莒で即位した」


 と宣言した。

 

 斉都・臨淄は楽毅に占拠されているため、斉の遺臣は莒に集まり始めた。


 しかし、この時点で斉の城で燕に降っていなかったのは聊、莒、即墨の三邑のみとなっており、他の城は全て燕に属すようになっていた。


 斉の滅亡はもうすぐ訪れることは誰の目にも明らかになろうとしていた中、趙の国で一つの星が輝こうとしていた。


 


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