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夢幻の果て  作者: 大田牛二
第五章 名将協奏曲

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済西の戦い

 燕軍を率いる楽毅がくきは魏、韓、趙、秦の軍勢と合流した。


「私の指揮の元で動くそれでよろしいか」


 楽毅は各国の将軍を招いてそう問いかけた。


「異議なし」


 そう言ったのは魏、韓の将軍である。彼等は孟嘗君もうしょうくんから楽毅に従うように指示されている。


「既に我が国の相国の印を受け取られている。我らも異存は無い」


 趙軍を率いている若き将軍である廉頗れんぱが答えた。


(さて)


 魏、韓、趙の三カ国がそう言ってくれることは既にわかっていたが、問題は秦であった。


「私も問題は無い」


 秦軍を率いている尉・斯離はそう答えた。


 彼は元々白起はくきの部下だった人物である。そのため出陣前に、白起から


『燕の将軍の言うことはしっかりと聞くことだ。主上のご期待に答えるのにはそれが良い』


 と言われていた。


「皆様、感謝する」


「それで楽将軍はどこで斉軍と対峙なさるとお考えでしょうか?」


 廉頗がそう聞くと楽毅は斉の地図を広げ言った。


「ここ済西(済水の西。斉地)であろう」


「では、どのように戦いますか」


 続けて廉頗が問いかけると楽毅は言った。


「戦わない」


「どういう意味ですかな」


 燕の斉討伐を助けるためにわざわざやって来たのである。それにも関わらず、戦わないとはどういうことか。彼はそう思って不機嫌になった。


「斉軍の精兵がほとんど揃うまで戦わず、守りを固める」


「それは……」


 意味のわからない策略である。わざわざ相手が強くなるのを待つというのである。


「不服か?」


 楽毅がそう問いかけた。


「いえ……」


「心配なさるな。趙王の兵は大切にする」


 彼はそう言ってから布陣について詳しい説明を行った。


 その後、斯離は秦に使者を出した。正確に言えば、白起に使者を出した。


 数日後、使者から合従軍の布陣を見た白起は、


「合従軍が勝った。それも決定的一撃だ」


 と言った。










 燕ら五カ国合従軍とそれに相対する斉軍は済西に集まり、対陣した。


 斉軍を率いるのは触子である。副将は達子である。


 触子は目の前の合従軍の陣形を見て唸った。


「完璧な陣だ」


「そうでしょうか?」


 達子が合従軍の右翼、韓と魏の陣を指さした。


「あそこには隙があります。あそこを襲えば、合従軍の陣を食い破ることができましょう」


「わからないのか」


 触子は言った。


「あれは罠なのだ」


 楽毅と廉頗は連れ立って歩いていた。


「斉軍は動きませんね」


「完璧な陣だと思っているためであろう」


 廉頗は言った。


「魏、韓の陣には隙があります。完璧とは言えないでしょう」


「私の指示によるものだ。もしあなたがこの陣を前にしてそこを攻めますかな?」


 楽毅の言葉にしばし無言になると廉頗は首を振った。


「いいえ攻めませんね」


 罠だとわかって飛び込むに勇気以上のものが必要である。


「しかし、段々と斉軍の兵は増えています。これでは私たちが勝つのも難しくなりませんかな」


 そう問うと楽毅は言った。


「ただ勝つならその前で仕掛けなければならない。だが、国を滅ぼすならば、もっといてもらわなければならない」


 彼はそう言うと斉軍を見た。


「あと数日といったところかな」


 斉軍は合従軍と対決するために斉はどんどん兵をそこへ集結させていた。


 しかし、それほどの大軍勢を有していても触子は動かなかった。合従軍の陣形に手を出すことができなかったためである。


 彼は凡庸な将軍であった。しかし、兵術はある程度嗜んでおり、そのため楽毅の陣形に中々手出しできなかった。


 だが、そのような消極的な態度にいらついたのは斉の湣王びんおうである。


 彼は使者を送って燕軍と対峙している触子を罵倒し、


「戦わなければ汝の親族を滅ぼし、墓を掘り起こしてやる」


 と伝えた。


「なんという愚王か」


 触子は湣王を罵った。


「そろそろだな」


 楽毅は全軍に斉軍へ攻撃を仕掛けるように命じた。


「将軍。合従軍が動きました」


「そうか……」


 達子の言葉に頷きつつも触子は心ここにあらずだった。


「前方の戦線を維持せよ」


「はっ」


 達子が去ると触子は戦場を眺める。


(あんな愚王に従っていられるか)


 彼は銅鑼を持って叩いた。その音は退却を意味する。


 合従軍に向かって攻めようとした斉兵たちは呆気にとられる。


「完膚なきまでにたたきつぶせ」


 楽毅は瞬時に斉兵の様子を見ると一斉攻撃を命じた。


 こうなるともはや戦場は合従軍の独壇場となり、斉軍は逃走を始める。それを合従軍が追撃する。斉軍の大将・触子は一乗の車に乗ってどこぞへと去っていった。

 

 一方、斉の副将・達子は残った兵を率いて秦周(地名)に駐軍した。しかし兵を労う物資がなく、とても合従軍と戦うのは難しかった。


 そこで彼は人を送って湣王に金銭を請うた。すると湣王は激怒し、


「汝等のように生き残った豎子の類に金銭を与えられると思っているのか」

 

 と言って金銭の援助を行わなかった。


「なんということか。今が国の危機であるというのに」


 それでも達子は戦うことを選んだ。


「ここからは燕がやる」


 楽毅は副将の劇辛げきしんに騎兵で攻めさせ、斉軍を粉砕させた。


「斉国、万歳」


 達子は戦死し、斉軍の精兵はほぼ全滅した。


 合従軍の大勝利である。


 戦勝後、楽毅は秦・韓の兵を還らせ、魏軍を分けて旧宋の地を攻略させ、趙軍には河間の地を取らせることにした。


 秦・韓の兵を還らせたのは本国が斉から遠いためである。魏に宋地を、趙に河間を取らせたのは、それぞれの国に近いためである。


 だが、秦は直ぐには還らず、宋の旧領地の一つである定陶を取ってから還った。


「良し、次は斉都を落とす」


 楽毅は燕軍に向かってそう宣言した。



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